1-6 執事ものなんて……!

お茶の後はまた、仕事部屋に籠もっていた。

籠もっているからといって、仕事は全くしていなかったが。


だって、家に知らない人、しかも男がいるんだよ!?

集中できるわけがない。


「ゆくゆくはこの部屋も片付けてもらわないといけないわけだけど……」


書きながら菓子パンを囓ったりコーヒー牛乳を飲んだりするから当然、そのゴミがそこら中に散らかっている。

いや、そのゴミは問題ないのだ。

問題なのは。


「原稿、どうしよう……。

あと、本棚も……」


散らばるゴミの中には当然、プリントアウトした原稿も含まれている。

そして本棚には大量のTLノベル。

自書はもちろん、いただいた物や自分で買った物まで含めると、かなりの割合を占めている。


家政婦紹介所には小説家だということは伝えてある。

ただし書いているのはTLだというのは隠していた。


別にTLノベルを書いているのが恥ずかしいわけじゃない。

むしろ、誇りにすら思っている。


けれど世間の目は怖い。

父ですらいまだに、低俗なエロ小説だと莫迦にしているし。


「ほんと、どうしよう」


もうこの部屋の掃除は諦めるしかないだろう。

それに、ここがいくら散らかっていたって、閉じ込められる危険はない。

それに絶対立ち入り禁止にしてしまった方が、危険が少なくていい。

あとはこの部屋以外に原稿や本を放置しないように気をつければ。


「家政婦さんひとり雇うだけで、ほんと面倒……」


はぁーっと、口から大きなため息が落ちるが、これは自業自得だし、この家を守るためには必要なんだから仕方ない。


ぼーっとしている時間ももったいないので、デジタルメモを立ち上げる。

私はアイディアや執筆はデジタルメモで行い、パソコンで推敲する派だ。


「次回作のアイディア練っとかないと……」


適当に本棚から抜き出した資料をぱらぱらめくりながら妄想に耽る。


王子はこの間、書いたしなー。

領主とメイドもいいよね。

メイドといえば執事だよね。

執事だったらお嬢様との禁断の恋、とか萌える……って!

執事はない、ない!


あたまを振って浮かんできた妄想を慌てて打ち消す。

だって妄想の執事は、松岡さんだったから。


「執事物なんてぜーったいに書かない!!」


「よろしいでしょうか」


「はいっ!?」


雄叫びを上げているところに声をかけられ、心臓が一瞬、胸がから飛び出た。


「な、なんでしょうか……?」


……まさか、聞かれていないよね?


こわごわふすまを開ける。

けれど立っていた松岡さんはポーカーフェイスで、どうだったかは判断できない。


「夕食の買い物に行って参りますが、食べられないものや苦手なものなど、ありますでしょうか」


「と、特にない、……です」


「では、行って参ります」


ふすまが閉まる際、くすりと小さく笑い声が耳に届いた。

途端に顔がボッと熱くなる。

絶対に聞いていた癖に、なにも言わないなんてたちが悪い。


ガラガラピシャンと玄関の戸が開いて閉まった音がして、そーっと部屋の外をうかがう。


……いない、よね。


部屋を出るとあれだけ廊下に積んであった本や物が完全に撤去されていた。

これならもう二度と、閉じ込められるなんてことは起きそうもない。


茶の間のゴミも全部まとめてあった。

廊下にあった本はまとめて一カ所に積んである。

心なしか棚に飾ってある写真の祖母が、いつもより嬉しそうに笑って見えた。


「お祖母ちゃんだってゴミ屋敷は嫌だったよね」


この家は二十歳のとき、亡くなった祖母から譲り受けた。


祖父が病気で亡くなり、ようやく四十九日が済んだかと思ったら、あとを追うように祖母も亡くなった。

祖母にとって祖父は王子様で、死ぬまでずっと祖父を名前で呼んでいたほどだ。

そういう関係は本当にうらやましくて、私の憧れだったのだけど。


祖母が死んで、父はこの家を壊して更地にして売りに出すと言いだした。

けれどここは祖母が最愛の人と過ごした想い出の家なのだ。


当然、私は反対して父と大喧嘩になった。

しかしいつもは引っ込み思案な私が珍しく、大声を出したりしたもんだから父が折れた。


そして私が住むことを条件に、家の存続が認められている。


「戻りました」


しみじみと祖母との思い出を思いだしていたところに松岡さんが帰ってきて、びくんと背中が震える。


「お、おかえりなさい……」


振り返るとエコバッグを提げた松岡さんが目に入ってきた。


百歩譲って趣味の執事服は認めるとする。

エコバッグもいまは環境問題なんかあるし、お店によっては袋が有料のところもあるからわかる。

でも、その組み合わせはどうかと思うんですが……。

しかもエコバッグが猫柄、とか。


「どうかいたしましたか」


「……なんでもないです」


松岡さんは怪訝そうだけど、私には突っ込む勇気はない。


「すぐに夕食の準備をいたします。

少々お待ちください」


「よろしくお願いします」


松岡さんが台所に消えていき、私ももう仕事をする気になれずにテレビをつけた。


「よろしければどうぞ」


視界の隅をなにかが横切った気がして顔を上げる。

レンズ越しに松岡さんと目があった。


「あ、ありがとう……ございます」


「いえ」


ふっ、と薄く笑って松岡さんが離れる。

どきどきと速い心臓の鼓動を落ち着けようと、置かれたグラスに刺さっているストローを咥えた。


……び、びっくりしたー。


松岡さんの顔が思いのほか、近くにあった。

吐息さえもかかってしまいそうな距離で。

男性とあんなに顔を近づけたことがない私としては、動揺しないわけがない。


うん、やっぱり家政婦さんならともかく、家政夫は無理。

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