素手で戦争に触れる恐怖……「戦場でワルツを」

 ――イスラエルの映画監督、アリ・フォルマンは旧友と再会し、レバノン紛争の話を聞かされた際に自分がその戦争に従軍した時の記憶を忘れている事に気がつく。親友の勧めもあり、自分の記憶を探す旅に出かけたアリは当時従軍していた兵士たち、戦争の関係者から話を聞いていく内に忘れかけていた記憶を徐々に取り戻し、忌わしい戦争の記憶に足を踏み入れていく――


 イスラエルで作られたアニメーションのドキュメンタリー映画。監督のアリ・フォルマンを筆頭に、登場する人物の多くは実在人物であり、架空の人物も「映画への出演を拒否したため架空の人物として出演した」という事になってありモデルの人物がいるという。


 話の大筋は前述したとおり、レバノン紛争を監督=主人公の視点から振り返り、当事者たちから話を聞いていくという筋書きだ。かつてイスラエル軍兵士として従軍した人たちは生々しい話を続けていく。

 ある兵士は奇襲作戦で何の罪もない一般人の家族を蜂の巣にした事を独白し、また、ある兵士は自身の乗る戦車が攻撃を受け撃破され、仲間を失い友軍に見捨てられながらも、海を渡ってかろうじて生還した事を独白する。

 目を覆いたくなるような話だが、それは幻想的なアニメーションという表現技法でぼかされている。


 主人公であるアリ監督の視点からも、当時の出来事が語られていく。だが、レバノン紛争の重要な記憶がほとんど抜け落ちている彼は、断片的に、それも順番に話を思い出していく。

 友軍兵士の遺体を装甲車で運んだり、一時帰国して彼女にフラれただの、ヘリで前線で戻る中で「今ここで自分が死んだら元カノに一生心の傷を負わす事が出来るだろうか?」と考えたりと、彼は前述のインタビューをした元兵士とあまり変わらない話を続けていく。

 だが、話が進むに連れてレバノン紛争で起こった忌まわしい虐殺事件について触れた瞬間、なぜ記憶が抜け落ちたのか、そして忘れ去った記憶の恐ろしい真相に触れていく事になる。


 ここで、アニメーションによるドキュメンタリーという一風変わった技法が映画のクライマックスで猛烈な牙を剥く。

 劇中、ある心理学者の話がある。紛争に従軍し、悲惨な光景を撮り続けたカメラマンの話である。ファインダーの中で戦争を撮影し続けた彼は恐ろしい光景をフィルムに納め続けていた、それこそ兵士がPTSDに悩まされるような光景であっても、だ。

 しかし、彼のカメラはある日壊れてしまった。その瞬間、彼は「素手で戦場に触れてしまった」のだ、と。


 ファインダーの中から客観的に見ていた戦争に直接触れる事になってしまった彼と、観客は擬似的に追体験する事になる。恐らくこの強烈さは、他の戦争映画と比較しても最大の衝撃であろう。

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