そうだ、火星でイモを作ろう……「オデッセイ」

 ――火星有人探査計画として火星に送られたアレス4クルーを強力な砂嵐が襲う、撤退を試みるクルーだったがその最中に飛んできたアンテナが直撃した宇宙飛行士ワトニーは彼方へと飛ばされ、生存を絶望視したクルーはワトニーを置き去りに火星を後にする。しかし、ワトニーは生きていた。火星に取り残されたワトニーは何とか生き延びる術を模索し、絶望の大地である火星でサバイバルを試みる――


 アンディ・ウィアーによる大ベストセラーSF小説の映画化作品。原作はネット小説ながら、主人公の軽妙な語り口や科学考証をフル回転させた緻密な描写、そして「宇宙からの脱出」「ゼロ・グラビティ」を彷彿するかのような宇宙サバイバル作品であり、ヒットするのも頷ける名著である。

 今作の監督はリドリー・スコット、主演にマット・デイモンを用意するという豪華絢爛な映像化作品だが、原作既読の身としては、かなりよく練られた作品に仕上がっている。またマット・デイモンが救出される映画か……


 火星に置き去りにされ1人ぼっちになった宇宙飛行士、残りわずかの食料、頼りなく限りある装備の数々、かろうじて生き長らえるだけの住処、助けが来るのは4年も先という絶望フルハウスな展開からどう生き延びるのか?という物語であるが、深刻さは勿論匂わせつつも主人公ワトニーの底抜けなポジティブとユーモアが炸裂し、「よっしゃ!生き延びて絶対帰ったるぜ!待ってろ地球!見てろよ火星め!」という明るい映画に仕上がっている。

 深刻すぎないというのは結構大切で、一歩間違えれば2時間ずっと葬式ムードな絶望的サバイブで神や運命を罵りながらもがき苦しむような物語を、楽しくかつワクワクさせながら見る事が出来る。


 そして、それらのユーモアが面白い。船長が持ち込んだディスコ音楽を「クソ最低だ!」と言いながら流したり、いちいち言動にユーモアとジョークを織り交ぜるワトニーの姿や、思いのほか火星でのサバイバルを満喫している様子と、逆に宇宙飛行士の置き去りで必死になって真面目な救出作戦を練る地球のNASAとのギャップなど明るく楽しめるので無駄に重たくならず見ていて楽しくある。

 また、サバイバルは決して甘くはなく、火星の過酷な環境や予期せぬトラブル、刻一刻と迫り来るタイムリミットなど緊迫感を要所に盛り込み、それにどう立ち向かうかという真面目な部分も同時に折り込み、メリハリを付けているのも良かった。

 原作にあったワトニーの一人称視点だけではなく、カメラから彼を覗く事になる映画版では、原作には無かったワトニーの素の顔や、不安との戦いや心の中の葛藤、物思いする姿なども映し出すなど、原作と毛色が違うアプローチもしているのも良い。


 また、美術や映像センスもすごく良い。宇宙船の内装、アレス4クルー用の宇宙服など機能美溢れるデザインやメカの無骨さを楽しめるし、火星の環境などは探査で情報がそろい、さらにCG技術が発達した現代だからこそ出来る緻密さと壮大さで、映像化した時にどれが絵として映えるかという実写化映画における重要な課題を軽々とクリアしているというのも満足いく。

 とにかく原作を見た人間にとって「そうだよこれだよこれ、これが見たかった!」という部分をちゃんと押さえてくれるという、映画に携わったスタッフたちの努力の賜物が存分に見れるというのは嬉しい限りだ。


 また、映像化によって「音」を得たのも大きな発見の一つで、船長が残したディスコミュージックが劇中で印象的に使われているのもかなり好きだ。しかも歌詞と状況がリンクしてたりとか……ああもう最高。

 それから、原作には無かったエンディングが追加されているのも物凄く良くて、そこの部分に関して言えば120点あげたい。原作ではクライマックスのすぐ後で終わってしまうのだが、物語に携わったすべての人たちが登場し、溢れんばかりの希望と前向きを見せながら物語が終わる余韻に浸れる……そんな終わり方で、良い改変ってのはこういう事か!と膝を打ちたくなる内容で今作でも最大の収穫だったと思う。原作のアッサリと閉められたラストも好きだが、映画版はそれよりも大好きだ。


 ただし、尺の都合上カットされた話なども大量に存在しているため完全な実写化と言えない部分もあるし、カットされた部分が大好きだったという人には物足りない映画に仕上がってしまっているのも事実。

 原作で好きだった「見て見て、おっぱい」がカットされたのも納得いかない(そこか)。また、原作を見ないと「?」となる部分も多く「何で中国が協力したの?」とか一発で理解できない箇所もあったりする。とは言え、これだけの優良な要素を並べらたのだからそんなの些細な問題だろうと思えるくらい、映像化作品として最高な名作SF映画だった。

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