戦争映画という名のサバイバル・スリラー……「ダンケルク」

 ――1940年5月、第二次大戦初期のフランス・ダンケルク海岸。ナチスの進撃により、英・仏連合軍は、トーバー海峡を背にするこの地へと追い詰められていた。英軍兵士のトミーは空襲に怯えながらも友軍兵士たちと共に脱出の機会を伺っていた。イギリスは連合軍将兵を救出するためにダイナモ作戦を発動、国中の船舶を動員し、兵士たちの救出を図ろうとしていた。本国からドーソン船長と息子の乗るムーンストーン号を初めとした多数の民間船が出航し、イギリス空軍のスピットファイア隊が撤退援護のためドーバー海峡上空を飛んでいく。史上最大の脱出作戦が今、始まろうとしていた――


 クリストファー・ノーランが描く、実際の大撤退作戦「ダイナモ作戦」が題材の戦争映画。「陸」「海」「空」のそれぞれ異なる時系列を混ぜて編集した独特なストーリーで、いかにして大撤退作戦が行われ、そして成功したかが描かれる。実際には戦争映画というよりも、戦争を題材としたサバイバル・スリラーという趣の作品に仕上がっている。個人的には大好きな作品だ。


 サバイバル・スリラー、と言ったが主な理由はその題材だ。ダンケルクの海岸に追い詰められた連合軍将兵たちは脱出する船もわずかで、背後は海、陸からは強大な戦力のドイツ軍が待ち構え絶対絶命の状況下にある。浜辺から出れば死、浜辺で待っていても爆撃で死、反撃する武器も弾薬も士気もなく、ただただ状況が悪化するのを浜辺で眺めているしかない。まさにサバイバルだ。

 絶対絶命の状況にリンクするように、映画の中では徹底的にドイツ兵を映しておらず、見えない所から魚雷や空襲や銃撃に襲われる様はさながらホラーのような状況で、いつやられるか、いつ脱出できるのか、というジリジリとした緊迫感を劇中の登場人物たちと同じく体験する事が出来る。


 ストーリーはシンプルで、3者の視点で異なる時間軸を混ぜながらダイナモ作戦を描くだけの話であり、物語の本筋は迫り来る敵からどう逃れるか・という点に焦点を当てているが、個人的には様々なキャラクターの地味に描かれる小さなドラマや情報も良かった。

 例えば終始冷静だったドーソン船長が墜落したスピットファイアを救出しようと躍起になり声を荒げるシーンが、終盤の「息子が空軍にいる」という所で理由がわかって来る所とか、所属する部隊が違う事で生まれる軋轢、鉄火場を共にした陸軍・海軍の将校の別れのシーンの敬礼の仕草だとか、見落としがちな細かなシーンで好きな物が多かったのが好印象だ。本作は徹底して無駄を省いた台本と、限られた台詞量、そして演者の細かな演技だけでそれを描ききっている。


 また、CGになるべく頼らない「本物」にこだわった絵作りも圧巻で、とても見入ってしまった。ミリオタから見れば「ここ再現足りてねーよ!」という細かい荒が見える場面もあったりするが(撃沈される駆逐艦ハヴァントの出来だけ異様に粗末だとか……)、本物の兵器としての代役が割と無難かつ丁寧に作られているので「本物に近い」という雰囲気がよく出ていてパッと見ただけでも違和感がない。

 実機が使えなければ大型のラジコンを駆使したり、シルエットが似ている記念艦となった駆逐艦を実際に持ってきたり、浜辺に待機する大量の兵士たちを昔ながらの書き割り看板などで表現するほどの徹底ぶり。これらが生み出す本物らしさも魅力的だ。メイキングを見て初めて「ここCGじゃないの!?してやられた!」と膝を打って感心する感覚を得られる。


 ただ「戦争映画」という括りで、骨太の人間ドラマや迫力の戦闘シーン“だけ”を期待すると間違いなくハズれる映画なのでそのへんは見る人と見方を選びそうな映画ではある。大好きだけど。

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