灰色の彼女
@pianopia
第1話 灰色の彼女
その人は灰色の世界に住んでいた。
見ようとしても、考えようとしても、その人のことになると何故か、灰色のもやがかかって、よく分からなくなる。そんな人だった。
桜の木々が僕らを祝福したあの季節、地元から遠く離れた地で僕は、大学生になった。
なりたかったのか、ならざるを得なかったのか、誰かがそうさせたのか、自分で選んだのか。不確かな未来と、一瞬一瞬に感じる底のない不安で、僕の心臓はまるでロックンロールのように激しく動悸した。
僕は、軽音楽部に入った。ピアノさえひければいい。ただそれだけ。バンド?ライブ?そんなものはどうでもよかった。人生10数年のうちで僕が唯一夢中になれるものがピアノだった。
幼稚園の頃、「親友がやってたから」って理由だけで、何も考えずに始めた。あの頃の自分の向こう見ずな性格は確かに今も少し残っているのかもしれない。とにかく僕はピアノを始めた。
幸せなことに、先生は素晴らしい教師だった。基本を大事に丁寧に、丁寧にピアノの引き方を教えてくれた。練習は嫌いだった。飽きっぽい僕は何度も辞めたいと思った。
ただ、自分からやると言い出した手前、辞めるのは嫌だった。飽きっぽいが、頑固だったのだ。それもまた、今の僕に残っていると思う。
小学校を卒業する年、僕は好きな子が出来た。今思えば幼稚な恋の悩みをいっぱい抱えていた。あぁ、恥ずかしい。しかし当時の僕は真剣だった。その子に何かしてあげたかった。
その子は音楽が好きだった。僕は初めて、自分で曲を選び、曲を弾きたいと先生に言った。ピアノの先生はとても喜んだ。きっかけはなんにせよ、じぶんの生徒が初めて弾きたいと言い出したのだ。
僕は初めてピアノを楽しいと思った。
その子との関係がどうなったかはここではどうでもいいことだ。大事なのはそのことがきっかけでピアノを弾く楽しさを知ったことだった。
以来ずっと自分の好きな曲を弾いている。ピアノを弾きながら、自分の世界に没頭するのだった。
「楽器何やるの?」大学のサークル紹介イベントで軽音部のブースにいた少しコワモテの先輩が僕にそう聞いた。「とりあえずピアノ弾ければなんでもいいんですけど。キーボードでもいいです。」
自分でも適当に答えすぎてしまったかと思ったが、その先輩は顔をほころばせた「おぉ!キーボード欲しかったんだよ!よろしくな!」
その先輩は兄貴と呼ばれているらしい。と後で知った。
こうしてとりあえず軽音部に入った僕だが、キーボード人員が少なかったのもあって、すぐ、とあるバンドに誘われた。1年生だけでバンドを結成したいらしい。とりあえず後日顔合わせをすることになった。
顔合わせの日。その日はやけに雲が厚く、あまりいい天気とは言えなかったが、雨は降らなかったので、過ごしやすかったと言えなくもない。
雲と同じ色のアスファルトの道を通り、顔合わせ場所の軽音部の部室に着いた時、そこに僕を誘った女の子と。
君がいた。確かに居たはずだ。はずなのだ。灰色の。君が。
灰色の彼女 @pianopia
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