第3話 未来へ

1.

 いつもの朝の稽古を終えた僕は執務室で一息ついた後、1冊の古い書物を読みながら気になる箇所を別の羊皮紙に書き写していた。

 最近は事件調査の合間にこの本を何度も読み返している。

「鳥照記」。勇者が魔王を倒した後の日を記した本だ。仕事上、勇者の魔物討伐に関する記録は良く見るのだが、魔王討伐後の平和な日々には参考にできるものがないと思ってほとんど読んでいなかった。しかし以前解決した事件のヒントが書かれていたことが分かり、今後のためにも書かれている内容の把握しておこうと何度も読み返したりしているのだった。まだ全部を読み解けたわけではないけど、いくつかの発見や、これはどう言う意味だろう? というものも見つけることができた。この仕事をし始めてから徐々に慣れてきているものの、300年前に書かれたものを読み解くのはまだまだ難解だった。

 そうしているうちに執務室の扉をノックする音が聞こえた。

 僕は、立ち上がって扉を開ける。扉の向こうには1人の見知った男がいた。

「元気か?」

 クロウ・カシマ。僕よりも少し背が高く、茶髪茶目、黒い革鎧にカタナを手にし、切れ長の澄んだ目をした男。王都北東に位置するカシマの里の里長代行。カシマ人と王都の王族親戚筋とのハーフ。僕が魔力調査室員になるきっかけとなった男であり、それを機に親しくなった友人でもある。

「まあね。」

 僕は彼を部屋に通し、いつも通り執務机を挟んで椅子に座り近況を報告しあった。

「今は仕事の合間に魔王討伐後の勇者の手記を読んでるよ。」

 僕はそう言うと先程まで読んでいた手記をクロウに渡した。写本なので見た目はまだ新しい。彼がいくつか挟んであるしおりのうちの一つを開くのを見ながら僕は続けた。

「実はこの中に気になる記録が一つあった。勇者が魔王討伐後、この城に何か大事なものを保管したらしい。僕は聞いたこともないけど、何か知っているかい?」

「うむ、特に思い当たる節はないな。どのページだ…?」

 僕は手記に挟んであった別のしおりの場所を指した。クロウはそのページを開いてしばらく思案していたが、首を振って僕に手記を戻した。

「そのページにある箱の中身が何なのかはどこにも書かれていなさそうなんだよね。ただ城の一番深いところに隠しただろうことまではわかった。」

 僕は手記をパラパラとめくりながら言った。

「一番深いところ...井戸、もしくは地下室のあたりか。」

「そうだね。でも中庭の井戸ではなかった。あそこは僕もよく使ってたので調べてみたけどそれらしいものは見当たらなかった。地下牢とかだと大臣の許可がいるのだけど、僕の立ち位置だと城内の色々なところに行くのは難しくてね。」

「では、私が大臣に上手く話しておこう。捜索は同行しても良いな? 勇者殿の隠した何かがどんなものか、私も気になる。」

 クロウはそう言うと立ち上がって執務室を出ようとした。あいかわらず行動が早い。彼の身のこなしに僕は喜んで続いた。


2.

 昼過ぎ、大臣の許可をとったクロウと僕は地下牢内を探ったものの、結局怪しそうなところがないことがわかった。その後は城内の構造に詳しそうな人を見つけて、城や周辺に地下牢以外に深い場所がないかを確認してみた。

「それらしい場所や話も中々出てこないな。」

「そうだね。一旦執務室に戻って整理してみようか。」


 執務室に戻った僕らは、調査結果から城の地図を簡単に書き上げ、確認した情報を書き込んでみた。それだけでは全く役に立たないので、勇者が残した手記から城に関する情報が書かれたページを探し、内容を確かめながら、どの辺りに勇者の残した箱が隠されていそうかを検討していった。しかし、中々決め手となる情報が見当たらず、日も傾き始めていた。

 僕がどうしたものかと思案しながらクロウをちらりと見ると、彼は一瞬何かに気づいたようにハッとした顔をしてこちらを見た。

「手記と地図の内容、あってない箇所がいくつか見受けられる。つまりだが...王都は昔からここにあったのか...?」

 僕はその言葉にハッとした。

「...王都はここに4、500年続いている。でも、500年近く今の形だったかどうかはわからない。」

 クロウの目が輝いた。僕も同じような目をしたかもしれない。


 クロウが里へ戻った後の数日間、僕は図書室から借りてきた魔王登場以前の書物をいくつも調べた。それから歴史に詳しい人々から集めた情報をもとに城内の様々な場所をめぐり、情報が実際とあっているか確かめながら、この城の生い立ちに関する情報を一つ一つ紐解いていった。もちろん本来の魔力調査室員としての仕事を行いながらだから調査が捗らない日もあったけど、基本的には順調に進んでいった。

「あとは、頼んでいたものが揃ってからかな。」

 調査しながらクロウに仲介を頼んで取り寄せようとしている重要なものがあった。それが到着したら集めた情報を照合するのだ。

 僕はそれが到着するのを待ちわびながら、執務室で魔力調査絡みの報告書を書き上げ、一息ついた。

 しばらくして、ドアをノックする音があった。扉をあけると、手紙配達官が立っていた。彼は無言で分厚い封筒を僕に渡した。それほど重くはない。僕は扉を閉めて急いで封を開けた。中には目当てのものと手紙が数枚が折り畳まれていた。

 これだ、と誰にともなく呟き、しばらくはちょっとした興奮とともにそれを眺めていた。


 さらに数日後、執務室にクロウが訪れた。僕が手紙を書いて呼んだのだ。

「待っていたよ。」

「手紙とは珍しいな。気になって用事を作って来てみた。」

 僕らは挨拶もそこそこに執務机を挟んで座った。

「手紙で書いた通りだ。クロウのツテのお陰でだいぶ進んだよ。この城の以前の設計図を手に入れた。その結果、目星しい場所を3つ見つけたよ。今からいっしょに見に行かない?」

「それはいい、早速行こう。」

 クロウは言うなりそそくさと執務室を出た。そのいつもの調子に、僕はニヤつきながら後に続いた。


 僕らは一つ一つ、勇者の箱が眠っているかもしれない場所を3つとも見回り、1つ目の場所が怪しいという結論を持った。その場所は、場内にいくつかある螺旋階段の一つで、一番下に進んだ先にある行き止まりだった。辺りにはいくつか何かを保管しているであろう木箱が積まれている。ホコリが積もっていない様子から、最近も使われている場所だとわかる。だから僕らが探すのはその木箱の中ではなかった。

「辺りに仕掛けもなさそうだ。どうする? 大臣に伝えて壁を壊す許可を王代に取り付けてもらうか?」

 クロウは行き止まり周囲の石造りの壁を触りながら言うとすぐにでも階段を上がる勢いだった。

「まだここにあるという確証もないうちに頼めないよ。」

 僕は少し慌ててクロウを止めた。そして、魔力調査室員になる以前に総務三隊という雑用部隊にいた頃を思い出した。すべての雑用は総務隊と別枠の総務三隊に仕事として積まれていくのだ。あの仕事量を思い出しただけでも嫌な気分になるし、もし調査の結果が無駄な仕事だったとなった時の隊長の怒りを考えると、とてもじゃないが軽率に依頼はできない。

「なるほど。ならば、どう確証を得よう?」

 クロウは足を止めて僕の方を見た。顔を見るともうわかっていて聞いている節さえある。

「魔力探知。」

 僕は答えると、目を閉じて深呼吸をした。瞼を閉じることでより伝わる肌と空気の触れ合う感覚。それを自分の体の外側へ、ゆっくりと拡大していくイメージ。囁きも詠唱も祈りも要らない。螺旋階段はそこまで広くないので、すぐにイメージがこれ以上拡大できない範囲まで拡がったのがわかると、僕はゆっくりと目を開けた。

 行き止まりになっている壁、積み上げられた石のレンガの隙間から、わずかに魔力が漏れていることがわかる。念のため辺りを見回すがそれ以外に魔力の痕跡は見当たらない。

「ここだ。わずかに魔力が漏れている。」

 僕はクロウにもわかるように、魔力が漏れている箇所を指差した。

「なら話は早い。あとは引き受けよう。」

 クロウは再び階段を上がり始めた。僕は頷いて後に続いた。


3.

 あれからさらに数日が経った。僕は魔力調査室員としての仕事を片付けたあと、執務室で椅子に座りながら天井を見上げ、一息ついた。

 数日前に勇者の残した箱が隠されていると思われる場所を掘るため、すぐにクロウが大臣に取り次いだものの、その翌日には捜索の打ち切りの知らせが届いた。王代からの指示だと言う。そのあとでクロウがどこからか情報を引っ張ってきたのだが、あの場所は城の中心となる柱があるらしく、崩すわけにもいかないとのことだった。普通の城にはない変わった構造だということだった。それが本当ではないとしても王代の命令であればもうどうしようもない。それで僕らは発掘を諦めた。

 僕はため息をついてから、棚に飾ってあるワインを取ってコップに注ぎ始めた。その時、執務室の扉を叩く音がした。なんとなくクロウの気がしていたがその通りだった。

「やあ、今日は要を片付けたついでに寄ってみた。どうした...?」

 クロウは僕が手に持ったままのコップの中を見たらしくすぐに察したようだった。

「この間の遺産の件か? それなら私も一杯頂こう。」

 彼は珍しく自分から棚にあるもう一つのコップを取り僕に向けた。

 クロウの察しの早さに思わず笑って僕は彼のコップにワインを注いだ。いつも2人で事件を解決した時に飲んでいる安いワインだ。味も香りも良いものなんて城を挙げての祝いのときくらいしか飲めない。

「今回は解決できたわけじゃないけどね。なんとなく区切りをつけたくてね。」

「それで良い。私も少し心に残っていたがこれで流すとしよう。」

 僕は頷いて、クロウとコップを合わせた。陶器の合わさる音が少しの間だけ執務室内を包む。僕たちはそれを音頭にして無言でワインを飲んだ。

「そういえば、今回のことをひっそりと書き留めておこうと思うんだ。」

 いつもより大目の一口を喉に通したあと、僕は口を開いた。

「ほう、日記という事か?」

「そうだね。でも、手紙みたいなものかな。未来の誰かに。その時にもし城をまた改築することがあれば、ついでに遺産がどんなものか掘り出して出してもらおうと思うんだ。」

 僕は本棚に戻していた鳥証記に目をやった。実はこの間うっかり机から落としてしまって、背表紙の下が少しへこんでしまっていた。

 クロウもそれにつられて本棚をちらりと見た。

「それは良い。まるで勇者殿の手記みたいじゃないか。あれも元は日記やメモ書きみたいなものだろう? 後の世で今世を知る文献の一つになるだろうな。」

 その言葉に僕は少し恥ずかしくなった。

「そんな大層なものじゃないよ。」

 一瞬目が合ったあと、僕らは笑い合った。そして、クロウはいつものようにワインを飲み干し、すぐに執務室を出ていった。次はいつ顔を見せに来るだろうか。

 僕は誰もいなくなった執務室で一人椅子にすわり、先ほどのクロウの言葉を思い返していた。

「...面白そうだな。」

 僕はコップに残ったワインを飲み干し、もう一度本棚の鳥証記を見た。


おわり

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