第2話 手紙
1.
昼を過ぎた頃、外から戻って来た僕は執務室の入り口でちょうど居合わせた配達員から手紙と書類の束を受け取った。執務室の椅子に座り、水を片手に紙の束を一つずつ広げる。
ほとんどは僕が調査した事件の報告書だ。中を開くと、王代が内容を読んだ後にサインを入れて送り返して来たものばかり。サインがある以外には何もない。読んだ。そして何も問題ない、という意味だ。
「ご苦労様でした、と。」
僕はサイン入りの報告書をまとめて机の端に置いて一息着いた。ここ最近は僕が乗り出すべき事件もなく、鍛錬と書物を読み耽る日々だ。少し前に実家に寄ってみたら、両親も妹夫婦も元気でやってたし、はるか北方を進軍する魔王討伐の連合国軍も順調なようだった。普段魔王やその軍団と関わらないような人々にとっては、本当に魔王なんているのか、という気分にもなる。
僕がもう一つ、自分宛に届いた手紙を読んでいると、ドアをノックしてクロウが執務室に入ってきた。
「やあ、用事が済んだついでに寄ってみた。どうかな? 調子は。」
クロウ・カシマ。僕よりも少し背が高く、茶髪茶目、黒い革鎧にカタナを手にし、切れ長の澄んだ目をした男。王都北東に位置するカシマの里の里長代行。カシマ人と王都の王族親戚筋とのハーフ。僕が魔力調査室員になるきっかけとなった男であり、それを機に親しくなった友人でもある。身分は彼の方が上だが、何故だか気が合い、お互い親しく話している。彼は挨拶をするなり僕と執務机を挟んで反対側の椅子に座った。
「ここ最近は穏やかだね。たまに起こる事件の魔力調査を行っては魔力の痕跡がない事を確認して終わり。今は親族から来た手紙を読んでいたところだ。」
僕は手紙を手にした右手を軽く振ってみせた。
「うむ、事件がない方が良いね。ご両親か?」
クロウは手紙の方をちらりと見た。
「いや、従兄弟さ。門の街で南門の門番をやってる。最近そこで不可思議な事件が起きているのでアドバイスが欲しいそうだ。」
門の街は王都から北に半日歩いたところにある。北の領主様と呼ばれる大公が治める領地と、この王国の間に山脈がそびえていて、その山脈の王国側の麓にある街だ。街の北側と南側に大きな門があり、南側の門はよほど天候が悪くない限り王都からでも見える。
「ほう、読んでも?」
僕はクロウに手紙を渡した。あわせて3枚。クロウは一度読み通したあと、1枚目や2枚目に行きつ戻りつを繰り返し、僕に手紙を戻しながら言った。
「どうだろう、出番かな?」
「いや、魔獣絡みだとしても従兄弟は十分強い。2つ、3つの確認と状況に応じた対処法を伝えるだけで解決できると思うよ。」
僕らの出番はない。そう踏んでいた。
「そうか。ならば、返事を出したらあとの時間は空いているな? 飲みに行かないか?」
2.
城下町に出てすぐ、北側の大通りの脇に落ち着いた雰囲気の酒場を見つけて、クロウはここにしよう、と言った。僕は頷き彼に続いて店の扉をくぐった。
クロウにしては珍しかった。普段は王都に来ても、用事を終えてこの執務室に寄ったらすぐ里に帰っていたからだ。
店内はそれほど大きくない。奥行きはあるが幅があまりなく、入り口右手側の奥へ続くバーカウンターには、7人分の椅子が並んでいた。左側は4人席のテーブルが3つ、土壁に寄り添うように並んでいた。まだ昼過ぎだからか、客の姿はない。クロウの声で奥から店主と思われる黒い髭の男が出て来た。
僕らは店主の案内でカウンターの奥から、クロウ、僕の順で座り、ビールとつまみになるものをいくつか頼んだ。
「珍しいね。いつも外に連れ出すときは決まって事件があるときだったのに。」
大きな木製のジョッキになみなみと注がれたビールが僕らの前に置かれた。
「立場上難しくてな。数年ぶりかもしれない。それでは、王都に。」
「里に。」
––カンパイ。僕らはカシマの里の人たちの言葉で乾杯した。この言葉は、以前ある事件で一時期ヤシマの里に居候させてもらったときに覚えた。ビールを少し飲んで、つまみの豆を口にすると、僕はクロウにたずねた。
「そっちも最近は落ち着いているのかい?」
「今日は稀にみるほど落ち着いていたな。早く帰っても良いのだが、そうするとカネタがやれ嵐の前の静けさだ、やれ備えを怠るなとうるさいのでな。」
クロウは少しニヤつきながら話していた。カネタというのはカシマの里にいる40歳くらいの男で、カシマ流剛剣術の使い手だった。カネタには以前クロウと意気投合する事になった事件で世話になったことがある。クロウは続けてカネタの愚痴や里の様子、皆が僕に会いたがっているという話を続けた。クロウがここまで喋るのも久しぶりだった。酒を飲んでいるにしてもまだ1杯目だし、カシマの里の酒の方が少し飲んだだけでもかなり酔うから、ほとんど素面に近い。
「なんだか懐かしいね。里のみんなといたのはもう半年近く前か。あの頃は魔族絡みの事件で余裕もなかったから、落ち着いて里を見て回りたいね。」
「魔王が討伐されて落ち着いたら来るといい。里の皆も歓迎してくれよう。」
クロウはそう言って2杯目を頼んだ。今日はペースが早いな。そう思った。僕は、そうだな、是非そうしたい、と告げて2杯目をマスターに頼んだ。同時に、魔王が討伐された後の世界や僕自身について、そろそろ考えておかないといけない、という意識が頭をよぎった。しかし、僕の近況や過去の話に話題がうつり、その日はあまり今後の事について考える間もなく幕を閉じた。
3.
数日後、久々に城下で事件の調査に協力した後、執務室へ戻った僕は一通の封筒が届いていることに気づいた。いつものように剣を部屋の隅に立てかけ、自分の椅子に座り便箋を開いた。門の街の従兄弟からだった。今回も3枚の便箋に、以前相談した事件の経過について書かれていた。どうやら僕の予想は外れていたらしい。
「魔獣絡みでも死霊絡みでもないか。」
手紙を読み終えた僕は一人つぶやきながら天井を仰いだ。黒くあせた木の板が何枚も並んでいる。
しばらく考えに耽ったり、手紙を注意深く読み直し、重要そうな内容については別の紙に単語や文章を問わず書き写したりした。そして僕は席を立ち、部屋の本棚に向かった。本棚から何冊かの書物を引っ張り出し、執務室机に広げて様々な伝承や記録と従兄弟の証言を照らし合せていった。時間をかけて調査を進めるのも久しぶりだったし、よほど真剣だったのか、額からうっすらと汗が一筋垂れてきた。何冊目かの記録を読み進めているうちに、ようやく今回の相談に乗れそうな糸口をつかんだ。僕は「これだ。」と心の中で強く思った。もしかしたら声に出ていたかもしれない。念のため手紙と自分のメモと糸口となる箇所を見比べた。何度目かの見比べと、念のため他にも似たような文献がないかを調べたあと、これしかない、という結果に至った。
僕はコップに水を入れて一息に飲むと、新しい紙とペンを用意して返事を書き始めた。
4.
クロウが再び執務室に訪れたのは、僕が従兄弟に返信を出して1週間後のことだった。それまでに僕は魔力調査室としての仕事を1件片付け、報告書を出し、王代からの返信の手紙を読み終えたくらいで、あとは鍛錬と新しく仕入れた書物を読みふけるような穏やかな日々だった。
「従兄弟からの手紙、何か進展はあったかな?」
クロウは2週間前にここへ訪れたときと同じように、執務机を挟んで僕の反対側の椅子に腰かけていた。昼過ぎの明かりが窓から彼を照らしている。
「ああ。解決したよ。事件でもなんでもなかった。」
僕は今朝届いたばかりの読み終えた手紙を渡した。
「……ふむ。なるほど。ただの動物と飼い主が偶然引き起こしたものとはね。」
クロウは少し笑った。僕は戻された手紙を机の引き出しにしまった。
「これは君の助言で解決できたようだが、どうやって気づいた? 直接現場に行ったわけでもあるまい。」
「先代魔王を倒した後の勇者が王都に戻る時にね、門の街で全く同じ状況に出くわしていたんだ。魔王討伐後の手記になるからあまり読んでなかったのだけれど、まさか役に立つとはね。」
僕は机の端に置いていた本を取り、しおりを挟んでいたページを開いてクロウに見せた。勇者が残した記録の写しだ。
「ほう。まさか300年も前にすでに起きていたとはな。」
「そうだね。でも勇者はすぐに解決してみせた。」
「教訓ができたな。従兄弟には伝えたか?」
「ああ。窓を開けて『夜中にうるさいぞ! バカヤロウ!』だ。」
僕とクロウは笑った。そして僕は席を立ち、棚に置いていた安い小ぶりのワイン手に取った。
「なんとなく恒例なっているけど、祝杯でもあげようか?」
「そうだな。一献受けるとしよう。」
僕はいつもの陶器製のコップ2つにワインを開け、一つをクロウに渡した。ワイン用のグラスなんて国の祝辞でしか見ない。
「ええと、そうだな。小さな事件の解決に。」
「意外な結末に。」
僕らはコップを合せていつもの音を鳴らした。
おわり
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