第2話 異端児エルフ、出立す



 精霊召喚から二週間後。

 俺は村を旅立つ決意をしていた。


「じゃあ父さん、母さん、そろそろ行くね」

「アルト、本当に行っちゃうの?」

「そうだぞアルト。周りがなんと言おうと、お前は俺たちの自慢の息子なんだ。何もお前が出ていく必要は……」


 そう言って悲しげな顔で俺を引き留める両親。

 そんな彼らの言葉に後ろ髪を引かれてしまうが、しかし俺はここに留まる訳にはいかなかった。


 あれから俺が無属性の精霊と契約したことは村中に広まった。

 俺の村は森の中に位置しており、そこに住むのは皆エルフばかりだ。

 エルフは皆長寿のものばかりで、それ故互いの付き合いもかなり深い。

 何か困ったことがあれば互いに手を取り助け合うが、今回の様に身内に恥が出ると、全力で排斥しようとする排他的な側面も有している。


 今はまだそういった雰囲気はなりを潜めているが、それがいつ爆発してもおかしくはない。

 であれば、そうなる前に自ら村を出てしまおうと考えたのだ。


「私たちも一緒について行ってあげられれば良かったのだけれど……」

「何言ってんだよ母さん。母さんにはちゃんと元気な子供を産んでもらわないと」


 そう、現在母は新たな命をお腹に授かっている。

 通常最低でも数百年は生きるエルフにとって、出産の機会は早々あるものでは無い。

 今回の妊娠は通例よりもかなり短いスパンだ。

 それでも、新たな俺の弟妹の為にここで母さんに無理をさせる訳にはいかない。

 それに俺がいることで、弟妹に迷惑を掛けたくないしな。


「アルト、何かあったらいつでもこの念話の魔道具を使って知らせるんだぞ? どんなことがあっても、絶対に駆けつけてやるから」

「そうよ。成人したといってもあなたはまだまだ子供なの。絶対に無理はしちゃだめよ?」

「うん、わかったよ父さん、母さん。餞別も色々とありがとね」


 そう言って俺は彼らから受け取ったカバンを持ち上げる。

 彼らから旅立ちの為にと受け取ったこのかばんは、アイテムバッグと呼ばれる魔法のカバンだ。

 中は見た目よりもずっと大きく、倉庫一つ分くらいは優に入るらしい。

 それに重さも軽減され、身一つで旅をする俺にはかなり有難い品物だ。

 

 中には保存のきく食料や一か月程は生活できるという硬貨、そして念話の魔道具と呼ばれる、イヤーカフ型の携帯電話の様な魔道具が入っている。

 それから旅の道中もしお金に困ったら売りなさいと、母さんからは宝石の付いたネックレスを、父さんからは綺麗な装飾が施された短剣を受け取った。

 どちらも彼らの想いでの品だそうで、売ればそれなりの値段にはなるだろうとのこと。

 俺のせいで村での立場が危うくなっているというのに…… 本当にこの2人には頭が上がらないな。


「じゃあ、そろそろ行くね。二人とも、お元気で」


 俺は二人に別れの挨拶を言い、村を出る。

 後ろから母さんのすすり泣く音が聞こえる。

 父さんのいつでも帰ってくるんだぞ! というカラ元気な声が聞こえる。

 俺はそんな二人に振り返ることなく、森の外へと足を運んでいった。



◇🔶◇🔶



『しかし良かったのですかな?』

『ん? 何がだ?』


 村を出てしばらくした頃、空気を呼んで黙ってくれていた白鬼から声が掛る。


『我らの力を使えば、村に残ることも出来たはず』

『無理に旅に出る必要は無かったのでは?』


 そう言って心配げにこちらの様子をうかがう二人に、俺は笑って返す。


『まぁそうなんだけどさ。でもあんな奴らに二人の力を使ってやるのも癪じゃん?』

『なるほどなるほど』

『然り然り』


 俺の言葉に、二人は得心行ったと頷いて答えた。

 二人を召喚したあの日から、俺は二人が何を出来るのか色々と尋ねまくった。

 そしてその結果、驚くべきことが判明したのだ。

 

 それは属性魔法のようなことが出来ないかどうか尋ねた時の事。

 火を出せるかと尋ねると、『チャッカマンなら出せますが?』と実際にチャッカマンを取り出しカチッと火を出して見せたのだ。

 他にも、ライター、マッチ、遂にはガスコンロまで召喚して見せたのだ。

 どういうことかと尋ねると、


『主様に近しい物であればなんでも出せますが?』


と驚きの返事が返ってきた。

 近しいというのは、俺が利用したことがある物と言うことらしい。

 つまり俺が地球で利用していたものであれば、この場に召喚することが出来るのだそうだ。

 ただ質量の大きなものほど魔力を多大に消費するらしく、その仕組みなどを理解していないとなかなか難しいという制限はあるようだが。


 因みに二人は俺が地球に居た頃の記憶を所持していることは把握済みだ。

 精霊契約を行うと互いにパスが結ばれるが、その際にこちらから一方通行ではあるが、簡単な思念なども送れるようになる。

 二人はそれを利用し、俺の知識をある程度引用出来るようになったらしい。

 その知識を用いることで、色々と召喚が可能となるようなのだ。

 ただし彼らは飽くまで触媒で、それを使役するのは俺でなければならないとかなんとか。

 その為二人は飽くまで俺の補助に徹するらしく、自分から何かを召喚したりは出来ないそうだ。


 二人の力の主たるは召喚と使役らしく、物の他にも式神と呼ばれるあの世の異形な物を召喚し、使役することも可能だそうだ。

 式神の召喚には色々と手順が必要らしくまだ手を付けていないが、どんな式神が出てくるのか今から楽しみでならない。


『っと、そろそろ結界を抜けるな。そろそろ魔物と戦う準備をしないと。その前に、少し休憩しておこう』

『はいな』


 俺はアイテムバッグにしまっておいた自作の弓を取り出しつつ、その場に腰を掛け保存食用の木の身を齧り、予め召喚してもらっていたミネラルウォーターに口を付ける。

 するとその様子を見て、白鬼たちが声を掛けてきた。


『主様主様』

『この辺りの魔物はどういった種類が存在しているので?』


 そうか、二人にはまだその話をしてなかったな。


『そうだな、この辺りにいるのは動物や虫が進化したような魔物が多いかな。他にもゴブリンって言う小鬼の魔物もいるらしい。ま、そっちはまだ俺も会ったこと無いけど』

『なるほど、動物に虫』

『それから小鬼ですかな。親近感がわきますな』

『いや、二人みたいに可愛らしいもんじゃないから。もっとこう、醜くて醜悪な感じらしい』

『むむ! 聞き捨てなりませぬぞ!』

『我らとて、本来はもっとこう、がおーって感じの風貌なのです』


 必死に身振り手振りをして、自分の凶暴さをアピールする二人。

 が、その姿はコミカルで、全く恐く見えない。


『はいはい、わかったわかった。そういうことにしておいてやるよ』

『むむむ』

『何やらそこはかとなく馬鹿にされている様な……』


 いじける二人をなだめつつ、俺は今後の事について話し合う。

 

『これから俺が向かうのは、ダンジョン都市って呼ばれる冒険者たちの聖地みたいな場所だ。二人はダンジョンって知ってるか?』

『ほうほうダンジョン』

『昨今、日本のラノベ業界で良く取り上げられるあれですかな?』

『お前ら、ラノベなんて読んでんのかよ……』


 俺の中の鬼のイメージがどんどん崩れていく。


『まぁ、そんな感じだ。ダンジョンには魔物がうじゃうじゃといるらしい。そんで冒険者たちはそれを倒して素材を回収し、それを売ることで金銭に変えているんだそうだ』

『なるほど、素材を』

『確かに我らも昔はこの角を狙われ人間どもに追われたものです』

『へ~、やっぱお前らって現世に居たことあるんだな』

『それはもう!』

『ブイブイ言わせておりましたぞ!』

『なんだよブイブイって。それ絶対に言わせちゃいけないやつだろ』


 彼らの過去については余り詮索しないでおくとしよう。


『まぁいいや。そんでそこまで行くのに大体半月ほど掛かるらしいんだけど、野宿とか一人でするのは中々危険だろ? だから二人の言う式神とやらを結構当てにしてるんだけど……』

『主様……』

『我らに頼って下さるのは嬉しいですが、もう少しこう、計画性を持って行動された方が……』


 そう言って、呆れた視線を送ってくる小鬼たち。


『し、仕方ないだろ。時間もあんまりなかったんだし…… 一応木の上で寝る方法とかは父さんに教わっているけど、地面で寝た方が疲れも取れるんだよ』

『……はぁ、分かりました』

『そのうちお教えしようと思っておりましたので、ここで式について少しご教授いたしましょう』

『おっ、待ってました!』


 ちょっとファンタジー路線からズレている気もするが、これはこれでワクワクするな。




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