異端児エルフの精霊召喚
@ariyoshiakira
第1話 異端児エルフ、精霊を召喚す
温かい春の陽気に誘われて、久しぶりに外を出歩く。
今日は随分と調子がいい。
ストレスが祟って仕事を休職することになって早一カ月。
こうやって外を出歩けるまでに回復してきた。
「今日は久しぶりに、ショッピングモールにでも行ってみるか」
と、街の中心部へと足を運ぶ。
今日は休日の為か、親子連れが随分と多い。
俺もいつか結婚して、あんな風に子供と出かけてみたいな、などとぼんやりと考えていると、突然目の前の子供が何かを追いかけるようにして道路へと飛び出してしまった。
道路の向こうからは、二トントラックが凄まじいスピードで迫っている。
周りからは「危ない!」と子供を呼び戻そうとする大人たちの声。
その音に驚いてしまい、身体を硬直させただ立ち竦む子供。
横では母親らしき女性が何かを必死に叫ぶ声が聞こえる。
俺は咄嗟に道路へと飛び出し、その子供を抱きかかえる。
まだトラックが接触するまでには僅かに時間がありそうだ。
俺は子供を抱きかかえたまま、脇道へと移動しようと足を進める。
がその時、
――ガシッ
と何かに足を掴まれた。
慌てて自分の足に目を向けると、そこには俺の足を握りしめる誰かの手があった。
地面から生える様にして俺の足を握りしめるその手。
俺は訳が分からないまま、必死にその手を解こうともがく。が、どうやら俺の力では解けそうにない。
横に目をやると、トラックがもう目前まで迫っていた。
運転席を見ると、どうやら居眠りをしているのかこちらに気付いた様子はない。
俺は歯を食いしばりながら、抱えた子供を全力で母親の下に投げ飛ばす。
その刹那、身体に受ける激しい衝撃。
俺はそのまま宙へと放り出され――
「ほんぎゃー、ほんぎゃー」
気づけば赤子へと転生を果たしていた。
転生当初は訳が分からず只々泣き叫んでいたが、日を追うごとに落ち着きを取り戻し、冷静を保てるようになってきた。
数カ月も経つと徐々に周りの状況も理解出来るようになり、自分が新たに生を受けたのだと理解する。
俺の新たな母親は金髪碧眼の美女と呼ぶにふさわしく、彼女が俺の母親なのだと理解するまで随分と時間がかかった。
父親の方は茶髪に翠色の瞳を持ち、シュッとしたモデル体型の様な体躯を持つイケメン男性だ。
まだ二人が何を言っているのか理解は出来ないが、二人が俺をいつくしむ様に見つめる視線から、彼らが俺を愛してくれていることは理解出来た。
そんな順風満帆な二度目の人生だが、一つだけとても気になることがある。
それは二人の耳の形についてだ。
二人の耳はどちらも通常より随分長く、耳の上端が後ろに流れる様にして尖った形をしている。
最初は見間違いかとも思ったが、どうやらそうでは無いらしい。
これは俗にいうエルフというやつではないだろうか?
もしかしてここは地球ではなく、異世界なのではなかろうか?
ただ外国に生まれ直したものだとばかり思っていた俺は、その新たな可能性に心躍らせた。
生後半年が過ぎた頃、俺のその予想は確信へと変わる。
母親が俺の目の前で魔法を使ったのだ。
正確に言うとそれまでも恐らく使用していたのだろうが、首がすわることで俺の視野が広がり目視することが出来たのだ。
俺の下の世話をする際に、何もない場所から水を生み出しお尻を洗い始める彼女。
興奮した。
魔法という未知の存在に、非常に興奮した。
興奮しすぎておしっこを漏らし、彼女を汚してしまったのはご愛敬だろう。
そんな訳で新たに魔法という存在を知った俺は、その日から暇な赤子生活の大半を魔法という未知の存在の探求へと費やすことにした。
魔法とは一体なんだろう。
などと哲学的なことを考えたところで、答えが見つかるはずもなく。
先ずは地球とこの世界の差異から考えることにした。
この世界にはエルフというファンタジー生物が存在し、俺もおそらくはそのエルフだと思われる。
エルフの生態は人のそれとほとんど変わらない。
ただ生活に使われている日曜器具に関しては、所々おかしな点があることに気が付いた。
代表的なのが灯りだ。
この家の灯りは蛍光灯の様に白い発光をしており、初めは随分と文明が進んでいる物だと感心していた。
しかしその作動方法をよく見てみると、何やら良く分からない石そのものを発光させていることが分かった。
発光する石は、人の手が触れなければただの石と変わらない。
しかし母親が触れ何かを呟くことで、その石が唐突に発光を始めるのだ。
つまりあれも、魔法の類なのではないだろうか。
そして彼女が呟いたのは、所謂詠唱というものに違いない。
態々触れるという事は、触れる必要があるという事だろう。
つまり接触をすることによって、自分の体内から石に対して何かを流し込んでいるのではないだろうか。
俺はその何かを魔力と仮定し、自分の中にもそれが無いかとうんうんと唸りながら試行錯誤を重ねた。
よく地球で耳にしたことがある不思議パワーと言えば、『気』だ。
気は丹田と呼ばれる下腹辺りに存在すると聞いたことがある。
俺は下腹に神経を集中させ、日夜魔力の探索に精を出した。
結局それが見つかったのは、一歳を過ぎたころのことだ。
一歳の誕生日を境に、母親が俺の長い耳をこちょこちょと弄ってくるようになった。
始めは俺で遊んでいるのだろうと適当に相手をしていたが、ある時から耳に違和感を感じるようになった。
その違和感は彼女に耳をいじられるたびに大きくなり、次第に自分の力だけでもその違和感を感じ取れるようになったのだ。
そして俺は閃く。これが魔力なのではと。
丹田、全く関係なかった説が浮上した瞬間だった。
その日から俺は耳の違和感に集中し、その力を操れないか試行錯誤を再び重ねた。
数か月程はうまくいかず、俺も作業を投げ出しそうになった。
しかし母親が魔法を使う際に耳をピクピクと動かしているのを見て、俺も取り敢えず耳を動かしてみようと試してみた結果、あっさりとその魔力と思われる存在も動かすことが出来るようになった。
その日から俺は、毎日の様に耳をピクピクピクピクさせ続けた。
よたよたと歩く時もピクピク、母親の母乳や離乳食を口にする時もピクピク、遂には寝ている間もピクピクピクピクさせられるようになった。
この寝ている間の事については、両親が心配そうに俺の事を話していた現場を目撃して知ったことだ。
年がら年中耳をピクピクさせている子供は確かに少し不気味だろうが、俺はこれを止めるつもりはない。
何故なら毎日ピクピクさせることで、魔力が徐々に増え続けていることを実感しているからだ。
今では耳が破裂するのではないかと少し不安になるレベルで、魔力の密度が日に日に高まっているのを感じている。
こんな簡単に魔力が増えるのなら皆もやればいいのにと思うのだが、何故か両親や偶に顔を見せる祖父母は、魔法を使用する時にしかピクピクさせていない。
俺はそれを不思議に思い、三歳になったころ、母親に尋ねてみた。
「なんでみんな、おみみをうごかさないの?」
「なんでって…… あのねアルト、普通お耳は動かせないのよ?」
衝撃の事実だった。
どうやらエルフの皆は、耳を自力でピクピク出来ないらしい。
では魔法を使用する時のピクピクは何なのだと聞いてみたが、あれは詠唱を行う事で魔力が移動し、自然とピクピクしているだけらしい。
俺、片方ずつ動かすことも出来るんですが……。
取り敢えずこの日を境にピクピクについて話題に出すことはやめ、再びピクピクの自己鍛錬に勤しむことにした。
因みにアルトというのは俺の名だ。
母親の綺麗な金髪と父親の透き通った翠眼をもった美少年、らしい。
らしいというのは、この家にまともな鏡が無いからだ。
ここの文明レベルは、地球で言うと中世辺りだと思われる。
蒸気機関などはもちろん存在せず、移動はもっぱら徒歩か魔物だ。
そう、魔物。
この世界には動物の代わりに魔物が存在し、人々はその肉を食べることで栄養を補っている。
魔物というのは地球にいた動物が魔力によって進化を遂げた様な存在で、動物に比べ力が強く知能も高い傾向にある。
中には魔法を操る個体もいるらしく、普通の人間では太刀打ちできない種の方が多いらしい。
俺の父親はそんな魔物を狩るハンターをしているらしく、弓と魔法を巧みに操り魔物を討伐しているそうだ。
元々父と母は魔物を討伐することで金を稼ぐ冒険者という稼業を行っていたらしく、たまにその時の冒険譚を聞かせてもらっては、まだ見ぬ世界に想いを馳せたりしていた。
そして月日はあっという間に流れ、俺が生まれて十五年が経過した。
俺は今日、遂に一五歳の成人の日を迎えることになったのだ。
そしてなんと、待ちに待った念願の魔法を使えるようになるのだ。
この世界で魔法を行使するためには、いくつか条件が必要だ。
先ずは魔力。
これはこの地に生きとし生ける物全てが保有しているが、その保有量にはそれぞれ差異が生じる。
この世界の人類に分類される、
次に必要な物が詠唱。
これは自分の体内から魔力を引き出す呼び水の様な存在で、これが無いと人は魔力を操作出来ないらしい。
が、恐らく俺はこれが無くても魔法が使えるのではないかと密かに期待している。
なぜなら俺は、自力でピクピク出来るからだ。
無詠唱で魔法を行使し、皆を驚かせるのが今から楽しみでならない。
最後は触媒。
これには色々な種類が存在するが、一番一般的な物が魔石だ。
魔石というのは魔物が保有する魔力の塊で、これには十三種類の属性が存在する。
下位属性と呼ばれる、火・水・土・風・光・闇属性。上位属性と呼ばれる炎・氷・木・雷・聖・黒属性。そして何物にも染まっていない無属性だ。
人はこの魔石に直接魔力を通したり、少し工夫をして魔道具という物を作り出しそれに魔力を通すことで、魔法を行使するようだ。
エルフもこの方法を使用してはいるが、エルフにはこれ以外にも精霊という存在を触媒にする方法がある。
精霊とは魔力が意志を持ち形を保った存在らしく、この世界のいたるところに存在している。
エルフは一五歳になるとこの精霊と契約を結べるようになり、精霊を触媒とした魔法は魔石のそれとは段違いに効果や効率が高まるのだそうだ。
ただ精霊と契約を結ぶ前に他の触媒を使用し魔法を行使してしまうと、魔力が濁り精霊と契約が結べないと言われているらしい。
俺が今まで魔法を我慢してきた理由もこれだ。
しかしそんな我慢も今日で終わり。
なぜなら今日は、その精霊契約の儀式が行われるからだ。
俺は村の精霊教会と呼ばれる場所に連れていかれ、精霊召喚を行う触媒となる魔法陣――魔石を砕いて染料に混ぜ、陣を模った物――の中央へと立たされた。
「アルトはどの属性の精霊と契約出来るのかしらね」
「俺とセリアの息子だからな、雷か聖は固いだろう」
とワクワクしながら話す両親。
一児の母とは思えない美貌と色香を放つのが母親のセリア。
水と聖属性の精霊と契約しているらしく、特に回復や補助の魔法を得意としている。
一方、そんな母の腰に逞しい手を回し、子供の様に目をキラキラさせているのが父親のフリード。
火と雷属性の精霊と契約しており、攻撃を主とする魔法を得意としている。
エルフは通常二種類の精霊と契約するのが一般的だ。
母さんの様に、基本四属性と呼ばれる火・水・土・風系統から一種類と、特殊二属性と呼ばれる光・闇から一種類。または父さんの様に、互いに相性が悪く無い基本四属性から二種類だ。
両親はそのなかでも優秀な部類で、片方は上位の精霊と契約している。
この精霊契約を終えれば俺もその精霊が見えるようになるらしいので、今から二人の精霊を見るのが楽しみで仕方が無い。
「ではフリードの息子アルトよ、魔法陣に手を触れ、詠唱を唱えなさい」
神官エルフのおじいさんに促され、俺は予め覚えていた詠唱を唱える。
その際、耳を全力でピクピクさせるのも忘れない。
精霊はエルフが持つ魔力に反応して召喚されるらしいからな。
俺の溢れる程の魔力に、どんな精霊が応えてくれるのか楽しみだ。
『我に近しき精霊よ、我が呼びかけに応え顕現せよ、精霊召喚』
すると耳から魔力が堰を切ったように流れ出し、魔法陣へと行き渡る。
そして魔法陣が、眩い程に発光し始めた。
「な、なんだこの発光は! こんな現象、今まで見たことが無いぞ!」
「すごい、凄いはアルト! 一体どんな精霊が応えてくれるのかしら!」
周りが大盛り上がりの中、俺の耳からグングンと魔力が放出していく。
そしてもう限界だと感じる直前、放出がパタリと止み、ポンッという音を立て、目の前に二体の精霊が姿を現した。
『てて~ん!』
『初めまして
現れたのは、陰陽師が着るような束帯を纏い、頭に烏帽子を被った二匹の小鬼だった。
小鬼と言っても禍々しい感じではなく、ぬいぐるみに様にデフォルメされた二頭身で、全身がこぶし大程の大きさのむしろ可愛らしい感じの雰囲気。
二体はそれぞれ白と黒を基調とした服装で、白の方は扇子を、黒の方は手に烏天狗が持つような団扇を手に所持している。
額からはそれぞれ一本と二本のちょこんとした角を生やしており、俺の足下でピョンピョンと飛び跳ねている姿は最早コミカルと言って良いだろう。
『えっと、おまえたちが俺の精霊なのか?』
『精霊? 確かにそう呼ばれることもあったような?』
『呼び名など、どうでも良いのでは?』
疑問に対して疑問で返してくるスタイル。
しかし首をこてんと傾げて返す姿が可愛らしく、文句を言う気にはなれなかった。
『ま、いっか。俺はアルト。お前たちは?』
『さて?』
『主様がつけてくだされ~』
『……じゃぁ、
『おお、なんとノスタルジックな響き』
『流石は主様、センスが良い』
安倍晴明の様に陰陽師の様な服装だったので、適当に彼らをそう名付ける。
すると二匹と何かパスが繋がった感覚が生じ、二人と契約が結ばれたことが体感で理解出来るようになった。
ふと視線を感じ顔を上げると、そこには困惑した表情でこちらを見る両親と神官。
三人の視線は俺が召喚した白鬼と黒鬼に注がれている。
「あ、アルト、その子たちと言葉を交わしているの?」
母さんの言葉に思わずしまったと後悔する。
通常精霊と意思の疎通を図るには、長い月日が必要だと言われている。
始めは何となくのニュアンスを呪文や思念派で送ることで、精霊を使役するのが普通なのだ。
それに――
「言葉を話す精霊など、余程高位の物しかあり得ないぞ? それに角の生えた精霊なんて聞いたことがない。 ゴブリンやオーガの類か? いやでも、魔物が精霊化するなんて話、聞いたことがないしな……」
父さんの言う通り、普通の精霊は言葉を用いない。
使役者が同じ呪文を繰り返し発することで、音として命令を覚え理解はするが、言語としてそれを利用する訳ではないのだ。
加えて――
「既にアルト君は精霊と言葉を交わしているように見受けられる。一体何が起こったというのだ……」
神官の言葉通り、俺は彼らの言葉に応えてしまった。
普通高位の精霊でも、精霊言語と呼ばれる彼ら独自の言語を用いている。
精霊言語は人に理解することは出来ないらしく、例え言葉を話す高位精霊相手であっても、会話を交わすことは出来ないのだ。
しかし俺はそれをついうっかり行ってしまった。
なぜなら彼ら、日本語を話していたのだから。
「と、ともかくよ。色々不思議なことはあったけれど、アルトが高位の精霊と契約できたのは喜ばしいことだわ!」
「あ、ああ、そうだな。確かにその通りだ。それに大切なのは、彼らが一体何の属性かということだ」
気持ちを切り替えそう話を進める両親。
両親の言葉に、神官が手に持っていた十三種類の魔石を小鬼たちの前に広げる。
これは精霊の属性を調べる方法で、精霊は自分と同じ属性魔石を好む習性があるのだ。
しかし――
『何ですかなこの霊気を孕んだ石は?』
『それにどれもこれも混じりものばかりですな』
どうやら小鬼たちは、どの魔石も気に入らない様子。
それに霊気って……。
『これはお前たちの属性を調べる方法なんだ。どれか気に入った属性の石は無いか?』
『う~む』
『しいて言うならこれですかな?』
そう言って、白鬼たちが選んだ属性は――
「無属性、だと?」
「そ、そんな……」
場に両親の悲痛な言葉が響き渡る。
無属性。
何物にも染まっていないが、それ故全てにおいて劣っていると言われる唯一の属性。
この瞬間、俺の無属性魔法士としての波乱の人生が幕を開けたのであった。
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