氷解

 もうすぐ夜が来る。

 雇い人が全員家路に就き、私とウォルク様、二人きりの屋敷に、寂しい夜がやってくる。

 でもウォルク様は、一人きりのつもりなのだ。


「……駄目ですか」


 やはり女の私では駄目ですか。

 父の言うように、男なら良かったのですか。


 女の私など、ウォルク様にとっても、価値は無いのですか?


「何でも出来ます、あなたの代わりに剣で傷を負うことも、この身に矢を受ける事も、もう震えたりしません、斬る事も拒みません、あなたを守るためなら何だって、」


 震えないと言った側から、体を震わせてしまう。

 それに、もうこれきり泣きません、と加えなくては。

 訴えながら、こんなに泣いているようでは、信用する方が無理というものだ。

 みっともない姿を晒しながら、まだ私はウォルク様の騎士でありたいと思っている。


「女としての幸せは望みません、愛情も望みません、絶対にあなたの想いを手に入れようなどとは思わない、どうかお側に置いてください、私に貴方を守らせてください、」


 主人に泣き縋る騎士など、聞いた事もない。

 せっかく、優しく突き放してくれたのに、今度こそ、本当に失望されてしまう。


「女の私では……あなたの騎士にはなれませんか」


 それでも私は……


「あなたのためなら死んでも構いません、だから」

「本当か?」


 とうとう、ウォルク様に遮られた。

 詰め寄る私を遠ざけるように、力強く両肩を押さえつけられてしまう。


「ほ、本当です、嘘じゃありません! 女でも騎士としてやり遂げてみせま――」

「リオート、君は女性なのか?」


 時が止まった。


 ――というのは錯覚で、一瞬本当に、周りの音が消えたように感じた。

 そういえば……さっきはウォルク様が胸を押さえていたから、心配して駆け寄ったのに、私は途中から、自分の事しか考えていなかった。

 これだけで、もう、騎士失格……いや、人として失格だ。

 今は、ウォルク様は苦しげにはしていない。

 ただ真剣な眼差しで私に問い詰めている。

 ……失敗した。

 私は自分で身を滅ぼしてしまったのだろうか。

 勝手に勘違いして、勝手に焦って泣き喚いて、醜態を晒して、実は、女だとは知られていなかった?


 ……なんて馬鹿馬鹿しい!


 独りよがりな私の悲劇は、ウォルク様にとってはただの喜劇だったのだ。

 全て手の内を晒した私に、もはや最高の結末など残されてはいなかった。


「リオート、答えてくれ」

「……はい、おっしゃる通りです……」


 正直に答えるほか無かった。


「なら、その髪は? 女性ならそんなに短くはしないだろう」

「……どうしても騎士になりたくて……自分で切りました……」

「家族はいるのか? 騎士になる事を反対されなかったのか?」

「父がいますが……勘当同然で家を出ました……」

「じゃあ……これは、答えたくなかったら言わなくていいのだが……女性としての幸せは望まない、と言っていたが、男とは結婚したくないという事か? どうしても騎士でないと駄目なのか?」

「……父に、」

「うん」

「私を嫁がせられる訳が無い、と、」

「……」

「嫁の貰い手が無いと、言われていたので……」


 私の情けない話を聞いたウォルク様は、質問をやめて、頭を抱え込んでしまった。

 当然だ。こんな下らない理由で、女のくせに、騎士になろうとしたのだから。

 呆れて言葉も出ないのだろう。

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