ショーウィンドウ

零-コボレ-

ショーウィンドウ

いつもだったら曲がる駅からの路、今日は曲がらないでおく。

学生鞄を揺らして、でも少し背伸びしたくって自分の限界ラインまで折って短くしたスカートのすそを揺らして、唇はいつもより赤く。

これくらいじゃオトナにはなれないとはわかっているけれども、わかっていたってやってみたくなってしまったっていいじゃない。

曲がらずに直進する道は少し背伸びをしないと覗けない世界、

控えめな照明

重厚感のある飾り

みちゆくひとの洗練されたコーディネート

昼間であってもすこし足を踏み入れることを躊躇ってしまうけれど、でも今日は。

商店街やショッピングモールでも、今日はクリスマスだ、と、聖夜の歌が延々とループしている。ハロウィンが終わった頃からすでにもうクリスマスだと騒ぎ立て、今日が終わると赤白緑から一色抜け落ちて正月モードに即突入してしまう。余韻に浸る暇さえ与えてくれない。

ここならどうか、と思って踏み込んだ路は、しかし洒落たアレンジの聖夜の曲がかかっており、クリスマスプレゼントに、といった文字がそこかしこに見えた。

どこからもこのクリスマスっていう呪縛からは逃れられないんだなぁ、とため息。

ショーウィンドウをのぞき込むといつも見るようなお店と比べて桁が多い値札、そんなものを買えるほどお金持ちじゃない、大人しめだけれどクラシックな可愛さがあるワンピースを横目で見つつ、

「おっ、こんなところに」

なんて声とともに肩が軽く叩かれる。

「・・・奇遇ですね」

私の口から出た声は思ったよりも冷たくて。少し焦ったけれどあなたは気にしていないようで、いつものようにへらへらと笑う。

ここにいるなんて珍しいし、少し早すぎじゃない?なんてあからさまな煽りに、じゃああなたはなんでこんなオトナな女子がくるようなところに、ときいたら、

「彼女のためのプレゼントを買う、とかかもよ?」

おどけて言うあなたを、こんな場所でなければ殴っていた。

きょうはオトナでいたいからぐっとこらえて、澄ましたままで。

「・・・そう」「つれないなあ、全然興味ないじゃん」

あなたの彼女なんか興味ない、と呟く。

あなたが見せてきた写真の数々、ツインテールがよく似合う可愛い子、黒髪美人、ショートの元気っ娘、そのた、もろもろ。

数年たって今のあなたと歳が同じになってもきっとそんな風にはなれないだろう、いやまずなりたくない、とっかえひっかえなんてされるのもするのも嫌だ。試着気分試食気分で恋愛するな、とケーキ屋さんのブッシュドノエルを横目で眺める。

「彼女がいるんなら今日は彼女さんのもとに行くべきなんじゃないですか、今更クリスマスプレゼントなんか買ったって遅いじゃないですか」

それもそうかぁ、と笑うあなたを冬の気温より冷えた眼差しで見る。

そんなあなたが近くにいるから、こんなへらへらしたやつは嫌だって、やさしいひとがいいって好きになる。こんな単純思考だとまだオトナになれない、こんな高そうなフランス料理店には入れない、看板に書かれた料理名さえ何が書いてあるかわからない、・・・やっぱりまだ私は子供だ。

繊細なアクセサリーをガラス越しに眺める、そこに輝く宝石がイミテーションではなく本物だと値段が知らせる。そんな風に、偽物なら偽物とすぐ分かればいいのに。偽物に縋るなんてみっともない。けどそれしかないのなら偽物にだって縋りたいけれど。

これいいんじゃない、似合いそう、なんてあなたが指さした深い藍のネックレス、確かにあまり派手過ぎず好きなデザインではある、でも一介の高校生には高い、というか

「もう頑張って可愛くなったってなにもないじゃない」

・・・やってしまった。

こんなことで弱音を吐いて雫を零してしまうのはみっともなさすぎるしお子様すぎる。オトナな雰囲気はまだ早いどころかいつまでたっても子供のままじゃあないのか、このままじゃ、このままじゃ。

ちらり、あなたの方を窺うとなんにもないふり、こういうところは気が利くのだ、

いつもへらへらしてる癖に。さっきのかわいらしいお店で売ってた、奇抜な色してるけど優しい味のマカロンのように。

じゃあ、白いミルクチョコレートみたいなきみは、ほんとうはどんな味だったのか、なんて考えてしまった。さっき通り過ぎたチョコレート専門店の白いチョコレートは見た目に反してとても苦い代物らしい。

なんて思考はいったんストップ、夜闇に紛れてそっと目を拭って、ほんとに似合う?と訊いてみる。

「似合うと思うけどな・・・ほら、買うぞ」

えっ、と尋ねる暇はなかった。

彼女さんに怒られるよ、とはちょっと思った。

「なーにそんな驚いた顔で固まってるんだよ、・・・クリスマスプレゼントは好きな人に贈るものだろ?」

でもこの優しさにすこし、甘えたっていいんじゃあないか、なんて思ってしまう。

きみをもう追いかけないでいよう、だから追い抜かそうたって、こうやってまだオトナになれないんだったら、子供っぽくたっていいかな、

なんて店のドアを開けるあなたの袖を掴んだ。

「・・・違いますよ、あなたは私のサンタです」

意固地だなぁ、とあなたが笑う。つられて私も、笑ってしまう。冷たい冬の気温がすこし、和らいだ気がした。

あかるいひかりが、よみちを照らした。

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ショーウィンドウ 零-コボレ- @koboresumomo

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