第90話
「そんなはず」
ない、と即答したつもりだったが、どういうわけか否定する言葉が口から出せなかった。朝倉委員長が、俺のことを好き?そんなわけあるはずが…。なんでだ?なぜ言えない。そりゃ、朝倉委員長は優しい。だがそれは俺にだけではなく他の相手にだってそうだ。例えばアサヒナ先輩には俺以上に…。
「朝倉委員長が…俺にだけ特別ってことは…ないでしょ」
なぜか否定することが出来なかった俺の口からようやく出せた言葉は、思っていた以上に俺を暗い気持ちにさせた。何だ?俺は今なんで…ヘコんだんだ?
「朝倉さんがあなたに恋をしている、と考えれば彼女の言動はどうにか認識できる事象にカテゴライズできるのですけどね。もっとも、それは我々インターフェースとしてではなく、あなた方人類の行動様式としてですが」
「だとしても…朝倉さんが俺を好きだっていうのは…その、なんでですか?俺は朝倉委員長に迷惑しかかけてないのに」
口にすればするだけ、どんどん嫌な気分になってきた。そうなのだ。朝倉委員長が俺を好きになるっていうには、俺は彼女に迷惑をかけすぎている。その上、俺は朝倉委員長を助けることなんて一度も出来なかった。
「確かに、あなたには朝倉さんを助ける力はありません。ですが、それでも朝倉さんを助けようとはしてきましたよね」
…あったかな、そんなこと。記憶にないと俺が言うと、きみどりさんはまるで見てきたように話し始めた。
「涼宮ハルヒに馬乗りになって殴られているとき、気まぐれで声をかけた朝倉さんに涼宮ハルヒの意識が向きかけたとき、あなたはわざと涼宮ハルヒを挑発しましたね。その後、涼宮ハルヒの観察に飽きた朝倉さんをものすごい熱量で励ましたり、長門さんの部室が涼宮ハルヒに強奪される前に手を打ったり、夜の公園にいた長門さんと朝倉さんを家まで送り届けたり」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!なんだか随分といい感じに言ってくれていますけど、修造以外はだいたい誰だってするようなことじゃないですか!それに部室の件はこっちの都合で」
「そうですね。そんなあなたのことを朝倉さんはこう評していました。『お人好し』と。朝倉さんが涼宮ハルヒについての観察内容を報告する際に、あなたのことも書かれているのですが、その部分だけ書き方が随分異なりましたよ。非常にノイズの多い内容でした」
ドゴォンとデカい音がして、音がなった方を見ると空間の一部に大きな穴が出来ていた。次の瞬間にその穴から朝倉委員長が飛び出し、間髪入れずその穴に無数の光の槍が降り注いだ。かろうじて助かった朝倉委員長だったが、正直立っているのがやっとのように見えた。
「朝倉委員長!」
朝倉委員長はこちらを振り返ることもせず、長門さんの攻撃をまたギリギリで躱していた。
「決着も近そうですね」
「なぁきみどりさん!どうやったら朝倉委員長は勝てるんですか!ていうか本当に勝つ方法なんてあるんですか!?あるならあなたがやってみせてみろよ!!!」
さっきはためらったのに、勢いのあまりきみどりさんの胸ぐらを掴んでしまった。しかし、きみどりさんは気にした風でもない。
「戦闘開始時点であれば、私でなくとも彼女にも勝算はあったでしょうね。ですが、朝倉さんがここまで消耗してしまった今となっては、朝倉さん単独で長門さんに勝つことは不可能でしょう。攻撃を避けられなくなった時点で決着です」
「…お願いします。朝倉委員長を助けてやってください!最初に言った通り、元々朝倉委員長がこんな目に遭うのがおかしいんです。どうか…お願いします」
掴んでいた胸ぐらから手を離し、俺は頭を床につけて土下座した。後頭部のあたりからふぅときみどりさんのため息がした。
「あなたは朝倉さんの言う通りの人間でしたね。『お人好し』で…『アホ』?でしたっけ?」
朝倉委員長の俺の認識がアホならそれでいい。だからどうか、朝倉委員長を助けてくれ。
「『ヒント』、けっこう言ったつもりだったんですけどね」
「……え?」
ヒント…?ヒントって、なんのヒントだ?もしかして、今までの会話に朝倉委員長が助かるヒントがあったのか?
「今の朝倉さんが長門さんに勝つのは不可能です。朝倉さん単独であれば」
「………あっ」
そっか。そういうことか。そういえば俺は、そうだったじゃないか。俺には朝倉委員長を助ける力はなくても、それでも朝倉委員長を助けようとはしてきたじゃないか。決して、安全なところで見ているだけなんてことは、バニーガール事件の時以外なかったじゃないか。そういうことなら。俺は大きく深呼吸をする。
「きみどりさん。一つだけお願いしてもいいですか?」
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