第88話

「つまり…朝倉委員長は、あなたが俺に危害を加えないか気にしながら、長門さんと戦っている…のか」


 きみどりさんは出来の悪い生徒がようやく正解にたどり着いたような顔で微笑んだ。なにわろとんねんと問いたい。問い詰めたい。しかもその上、朝倉委員長は長門さんを攻撃できない。


「きみどりさん。あなた、最初から朝倉委員長の希望を叶える気なんてなかったんだな」


 あら、と心外だった風にきみどりさんは応じた。


「それくらいはクリアしてもらわなければ。朝倉さんの案を実行すれば、わたしだって今のようには振る舞えなくなるでしょうし。それに、攻撃をしなくても勝つことはできるでしょう。あんな風に」


 見ると、長門さんがまた光の矢のようなものを朝倉委員長に向けて投げたところだった。朝倉委員長はそれを避け…なかった。矢の先端を払いのけるようにすると、それらの光の矢は斜め横の壁に飛んでいき、跳ね返って長門さんを襲った。


「長門さんの攻撃を跳ね返しただけなので、もちろん問題のない行動です。まぁ無駄だったようですが」


 きみどりさんの言う通り、長門さんは跳ね返ってきた攻撃を難なく光の粒子に変えて防いでいた。


「跳ね返し方が単調でしたね。全て同じ方向に返してしまえば対処は容易い。複数方向へ散らすべきでした。わたしでしたら、一本に崩壊因子を組み込んでまっすぐに跳ね返して、他の矢を斜めに跳ね返して目眩ましに使ったでしょう」


 加えて、集中力が落ちていますね。ときみどりさんは言った。当たり前だ。ずっと戦っているし、おまけに俺の方にまで注意を向けているんだ。


「それについては、完全に彼女の過剰反応なのですけどね。我々は観察対象に対して危害を加えることはありません。出来ません。してはならないのです。仮にあなたが我々の誰かに襲われることがあれば、我々はあなたを守ることになります」


「…どういう意味です?」


 そうですね、ときみどりさんは少し考え込む仕草をした。




「あなた方も他の生物を観察する事くらいあるでしょう?『蟻の観察』?なるほど、そういうものがあるのですか。いえいえ、とても的確に説明できる事例ですよ。それでは、それで例えてみましょう。蟻の観察において、水をかけたり火を当てたすることは観察と言えますか?言えないでしょう。観察において重要なことは、観察対象以外の条件を変えないことです。変化のない条件下における対象物の変化を観察すること。これが観察です。あぁ、そうですね。対象に変化を与える観察もあります。ただしそれは、観察するものをある程度理解している場合です。観察対象自体が変動しない前提で、それでも変化するものを記録し、理解の助けとします。あぁ、大丈夫ですよ。あなたをそのようにする予定はありません。今のところは。もちろん涼宮さんも。彼女を変化しない条件とするまで観察することはかなり難しいでしょうね」



 俺の横槍に適当に返事をしつつ、きみどりさんは噛み砕いた説明をした。意味が分かると、余計に分からなくなった。きみどりさんは俺に危害を加えられないのなら、朝倉委員長は一体何を心配しているんだ。

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