第86話

 朝倉委員長と長門さんが戦っている。長門さんが光の矢のようなものを投げ、朝倉委員長はそれを避ける。その間に接近してきていた長門さんが足蹴りを繰り出し、それを朝倉委員長はまた受け流すようにして避けた。


「いい子でしょう?朝倉さんは」


「…えっ?あ、はい」


 目の前の光景に気を取られてきみどりさんのことを忘れていた。きみどりさんは微笑んだまま紙コップを手にとって口にした。長門さんと違って、この人は朝倉委員長と同じように話がしやすい人なのかもしれない。俺もきみどりさんと同じように紙コップの中身を口にした。


「朝倉さんと寝たのですか?」


「…?………!?ブハッ」


 飲みかけていたお茶が気管に入ってむせた。急に何言い出すんだこの人!?…いや、もしかしたら文字通りの意味できいているのか?あれな意味ではなく、友達と遊びに行った川辺で寝転んだことがあるか的な?きみどりさんは微笑んだまま小首をかしげた。


「寝たというのはつまり性こ「いいよ伝わってるよそれ以上言わなくていい!!!」


 ほぼ初対面の相手に微笑んだままどうしてそんな話ができるのか意味がわからない。俺とあなたは腐れ縁の親友か何かか?朝倉委員長と同じように話がしやすいだって?とんでもなかった。もうすでに話を終わらせたい。


「そんなことしてるわけね…ないでしょ、普通に。変な事き…かないでください」


 うっかりタメ口どころか怒鳴りつけそうになったが、こんな人でも朝倉委員長や俺達の命運を握っているらしいので、言葉に気をつけないと。


「まぁ。お許しください。そうですね、確かに我々は有機生命体とのコンタクトを取るための端末。どれだけ外観を似せられたところで、まがい物でしかありません」


「俺は朝倉委員長をそんな風に思ったことは一度もない」


 手に持っていた紙コップを無意識に握りつぶしていた。きみどりさんが自分のことをどう言おうと構わない。だが朝倉委員長のことまでまがい物呼ばわりするのは違う。なんて言えばいいのか…、そう、不愉快だ。


「随分と、朝倉さんに好意的ですね。そしてまた、彼女もあなたに非常に好意を抱いている」


 そいつはどうも。おれはきみどりさんの方を見ず、朝倉委員長たちの戦いを見ていた。朝倉委員長がだいぶ押されている。


「朝倉さんは変わりました。それも危険な変わり方です。自己の存在が最優先ではなくなっている。これは異常です。意思が統合されていません。オーバーホールで直せなければ、それこそ廃棄しなければ」


 そう思ったのですが、ときみどりさんは言葉を続ける。


「あなたもまた、彼女と同じ考えを口にしました。彼女の手助けなしには助からないと知りながら、彼女を私達に返そうとしました。何故ですか?」


「何やってんだよ」


 きみどりさんがなにか喋っている。今の俺にとってはそんなことどうでもいい。今大事なのは、目の前で繰り広げられている戦闘の方だ。二人が戦い始めてそこまで時間は経っていない。だが二人のダメージ差はどんどん開いていた。朝倉委員長は、服も髪もボロボロで、肩で息をしていた。一方の長門さんは、未だに傷一つなく、呼吸も全く乱れていないようだ。あれほど連続で朝倉委員長に攻撃をしているといういうのに。いや、そうじゃない。俺が苛立っているのは、朝倉委員長が負けそうだからって理由じゃない。


「朝倉委員長!!!」


 俺は椅子から立ち上がって大声をあげる。長門さんに傷一つない?当たり前だ。


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