第63話
「その場所に行くと何があるんだ?」
黒塗りの車の中で俺が尋ねると、小泉はふぅむと何やら考え込んでいた。
「すみません。少々場所を変更してもよろしいですか?」
何かあったのか?そう聞くと、小泉は迷うような顔をした。
「そうですね…今はまだ何も起こっていません。が、おそらく何か起こります。幸い少し離れた場所であれば普段の閉鎖空間がありますので、そちらのほうがまだいくらかは安全でしょう」
ツッコミたいところがたくさんあるんだがとりあえずそのなんたら空間とやらは何だ。
「次元断層の隙間、我々の世界とは隔絶された空間です」
小泉、お前もか。そういう説明している風で何も分からない説明をするやつは長門さんで間に合っているんだ。今更あとから出てきてそのキャラを奪うんじゃない。
小泉はその後俺が分かっていないにもかかわらず延々と説明風の独り言を続けた。話し終えたタイミングで「ちょっと何言ってるか分からないですね」と言ってやろうと思っていたのだが、運転手が「着きました」と言った。
車が止まり、ドアが開かれる。そこは私鉄やJRのターミナルがごちゃごちゃと連なる日本有数の地方都市だった。
「ここまでお連れして言うのも何ですが、今ならまだ引き返せますよ」
「いまさらだな」
俺はお前のよくわからない話を延々と聞かされ続けて飽き飽きしているんだ。そのなんたら空間とやらにさっさと行こうぜ。
「では」
そういって小泉は突然俺の目を何かで覆った。突然の暗闇に俺は固まり、すぐさま抵抗を始めると、それはあっけなく目から外れた。何だこれ、ガムテープ?
「いえ、養生テープです」
「一緒だよ!!!魚で言えばヒラメとカレイくらいの差でしかねーよ!!!」
けっこう違いますけどねと小泉はどうでもいいことを気にしていた。クソ、目の焦点が合わねぇ。景色がぼやけて見える。目を擦っているとだんだんくっきり見えてきたが、どうにも色合いがおかしなままだ。
世界が灰色に染まっていた。
「お前を誘拐と傷害罪で訴えます!理由はもちろんお分かりですね!」
俺が頭の中で訴訟用BGBを流しながら叫ぶと、小泉は白い歯を見せて笑いやがった。コイツはマジで一度刑務所にでもぶち込まれろ。
「失礼。閉鎖空間に入るために目を閉じて貰う必要があったものでね」
「じゃぁ!目を閉じてくれって!言えよ!!!!!なんでいきなりガムテープっていう物理に訴えた!!!」
「失礼とは思いましたが、あなたについては色々と調べさせてもらいました。その結果、あなたは高確率で閉鎖空間に入る瞬間に好奇心に負けて、目を開けてしまうと予測されたので、こうした手荒な真似をさせていただきました」
「…………………………ソンナコトスルハズナイダロ」
「こっちを見て言って下さい」
俺はバツが悪いので顔を斜めにして小泉と話していたが、何か違和感を感じてもう一度目をこすって小泉を遠目に眺めてみる。周りの景色は変わらず灰色のままだが、小泉には色がついていた。
「なんかあれだ。お前今、白黒のマンガに後からカラーペンで書き足されたキャラみたいになってるな」
「変わったのは色だけではありませんよ?」
そう言って小泉は自分の手で耳を覆うようなポーズをした。そこでようやく気がつく。夕方の駅前だというのに、音が全くしなくなっていた。そして車が一台も走っていなかった。
「これが閉鎖空間です」
小泉の声が静まりかえった大気の中でやけによく響いた。
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