第46話

 少し…いや、かなり様子のおかしかった朝倉委員長のことを考えながら自宅へと向かっていると、さっきの公園のベンチでポツンと座る人影が見えた。そう言えば最近会ってなかったな。


「みくるさん、お久しぶりで…え?」


 声をかけてから気がついたが、ベンチに座っていたみくるさんは少し俯いていた。そして、両目から涙がとめどなく流れてた。


「えっ…あれ、嘘…キョンくん?」


 みくるさんは俺を見ると、いないはずの人間を見たような驚いた顔で絶句した。驚いたのは俺も同じで、目の前で大人の女性が泣いているのを初めて見た。


「み、みくるさん!?どうしたんですか?!」


 みくるさんは慌てて鼻をグズっと啜り、ポケットからハンカチを取り出して目元をさっと拭いて、ベンチに座ったままぎこちない笑顔を向けてきた。


「ふふっ、キョンくん、こんばんは」


 こんばんは、と返せるはずもなく、俺はまったく笑えずにいた。だが、改めて聞いてみても、みくるさんがなぜ泣いているのか教えてくれることはなかった。


「俺にできることは何かありませんか?手伝えることは」


「ありがとう。キョンくんは本当によくやってくれてます。あとは、わたしが頑張らないといけないことだから、大丈夫だから」


 最後の大丈夫だからというのは、俺にではなく自分に言い聞かせているような言い方だった。


「それに、キョンくんだって今日は大変だったでしょ?長門さんの家で」


 なんとなくみくるさんは話を逸らそうとしているような気がしたが、俺はその話の乗ることにした。なるべく明るい調子で口を回す。


「そうなんですよ。長門さんはとんでもないことを言い出すし、かと思えばなにか様子が変な朝倉委員長が乱入してきて話の途中で追い出される目に遭うしで…みくるさん?」


 話の途中でみくるさんのぎこちない笑顔が真顔に変わり、口元を手で覆った。


「え?俺今何か変なこと言いました?」


「……ごめんなさい、ちょっと一人にさせて」


 みくるさんはすっとベンチから立ち上がり、よろよろとした足取りで公園の出口から出ていった。追いかけていいような雰囲気ではなく、俺はしばらく一人で呆然と、みくるさんが消えた方向を眺めていた。


 家に帰った俺は、布団に入ったあとも朝倉委員長とみくるさんのことを考えて、なかなか寝付けなかった。

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