第45話

「あ…朝倉委員長?」


 放心するように座り込んでいた俺だったが、どうにか気持ちを落ち着かせて、睨み合うようにして黙ったままの二人に声をかけることができた。しかし朝倉委員長はニコリともせず、目すら合わせることもなく長門さんを睨みつけていた。視殺戦でもやっているみたいだ。


「なぁ、どうしたんだよ朝倉委員長。なにか変だぜ?」


 俺は二人の間に割って入った。そうでもしないと、今にも朝倉委員長が長門さんに手を上げそうな気がしたからだ。俺の知る朝倉委員長は地球が反対に回り始めたとしても絶対にそんなことしないが、今目の前にいる朝倉委員長はそのぐらいの危うさを感じた。


「…行きましょ」


「えっ?…あっ!ちょ、ちょっと、おい!」


 俺に目もくれなかった朝倉委員長が、突然俺の手を掴むとマンションの通路に連れ出した。待てってば、俺まだ靴を履いてないから!そう言うと朝倉委員長はぱっと俺の手を放し、スタスタと一人で長門さんの家の玄関から靴を取ってきた。ありがとうなんだけどそうじゃないんだよ。まだ話の途中なんだから。


「あら、キョンくんは長門さんとお話してたの?どんなお話?」


 朝倉委員長は俺の靴を俺の足元に置いた。流石に長門さんが宇宙人ですなんて言うことはできない。俺は答えにつまった。


「ふぅん、あたしには言えない話なのかしら。なおさら聞きたくなってきちゃったな」


「…そういう朝倉委員長は何しに来たんだよ。鍋なんて、もってないじゃないか」


「あら?鍋ならあるわよ。ほら」


 そう言って朝倉委員長は玄関から部屋の中を指差した。慌てて靴を履き、半信半疑で中を覗くと、長門さんの立っている15センチほど横の足元に大きな鍋が鍋敷きの上に置いてあった。さっきまでそんなものはそこになかったはずなのに。


「あぁ、長門さんとお話したかったんだっけ?なら、あたしも一緒に聞かせてもらおうかな。それとも、今日はもう帰る?」


 朝倉委員長は有無を言わさぬような二択を出してきた。朝倉委員長が一緒にいても大丈夫な話だとは思えないが、かといって長門さん以外の他の宇宙人が誰なのかまだ聞けていない。俺が迷っていると、部屋から長門さんが出てきた。


「また部室で」


 消え入りそうな小さな、しかしはっきりと聞き取れる声で長門さんが俺にそういった。長門さんがそう言うならと俺も諦めがついた。


「それじゃあな、また明日」


「じゃあね。鍋は明日取りに来るから」


 長門さんがドアを閉める前に、朝倉委員長は俺をその場から遠ざけるようにエレベータの方へずんずん俺の背中を押していった。



「あなた、長門さんが好きなの?」


 エレベータで降りている最中、朝倉委員長は含み笑いを浮かべるようにして言った。


「…なんでそう思ったんだ?」


 俺は即答を避け、朝倉委員長の質問の意図を知ろうとした。なぜなら、笑っているような朝倉委員長の目は、まったく笑っていなかったからだ。


「あら?一人暮らしの女の子の家に、それもこんな遅い時間に男の子が居たら、普通そう思うんじゃない?」


 言われてみればそれはもっともな意見だった。さっき俺が謎の招かれざる客を警戒したのと同じ話だ。あらぬ疑いをかけられているようなので俺は慌てて弁解した。


「違う違う!長門さんとちょっと話すことがあって、外が暗いからか長門さんが家に連れてきてくれただけだ!やましいことは何もないし、何もしてない」


「あら、そう。でも、学校でできないお話なのね」


 朝倉委員長は話しながらイライラしてきているようだった。だが俺にはどうすることもできない。長門さんの正体を勝手にバラすわけにはいかない。俺が黙っているのをどう取ったのか、朝倉委員長はふいに右手で俺の頭を鷲掴みしようとして、俺の頭に手のひらが当たる寸前でハッとしたように手を引いた。


「……ごめんなさい。今のあたし、少し変だったわ」


 全然少しではなかったが、気づいてくれたようでよかった。危うく怒りのアイアンクローをされるのかと思ったぜ。ホッとしつつ、俺がそう口を開こうとするのと同時に、エレベータが一階に着いたことを告げる音がしてドアが開いた。着いたことで気がついたのだが、このエレベータ、遅すぎるだろ。長門さん家が何階だったか忘れたけど、10分以上降りていた気がする。エレベータの管理会社と、どっかのベロ出しジジイに文句の一つでも言ってやりたいところだ。


「また明日な」


 俺はエレベータを降りてからそう言って振り返り手をあげた。だが朝倉委員長はこちらにまったく気がついておらず、エレベータの中で自分の右手をじぃっと眺めていた。大丈夫かな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る