第14話

「おーい!」


 ようやく涼宮の後姿を見かけた俺はさっきと同じように声をかけた。しかし涼宮は先ほどと違い足をピタッと止めた。なので近づいたのだがどうもおかしい。涼宮の全身が小刻みに震えているようだ。俺は嫌な予感がしたので3メートルほど手前で立ち止まり、持っていた鞄を涼宮の手前に放り投げた。次の瞬間ゴキっと音を立てて鞄がガードレールまで蹴り飛ばされた。


「殺す気か!!!」


「何フェイントかましてんのよ!!!」


 叫ぶ涼宮を無視し、俺は鞄を拾い上げる。中を見ると、うへぇ、弁当箱が割れてやがる。


「まあいいわ。追いかけてきたってことはそういうことよね。分かった、決着を付けましょう」


 涼宮はそう言ってプロレスラーのような両手の構えをした。盛り上がっているところ悪いがそうじゃない。というか何もわかっていない。構えを解け、構えを。オラウータンかお前は。


「じゃあ何の用よ」


 いや、実は特にないんだけどさ。ただ涼宮と一緒に帰ろうと思って…。言ってはみたものの、我ながらいかにも嘘っぽい。案の定涼宮も胡散臭いやつを見るような目で俺を眺めた。が、どういうわけか、帰宅のお供をすることを拒否されることはなかった。俺が言っていいのか分からんが、お前の頭ん中は一体どうなってるんだ?



「…」


「…」


 まあ危害を加えられないだけマシなのかもしれないが、会話らしい会話が全くない。いや、涼宮相手に毎朝話しかけてはいるのだが、それが過去の俺の話と被ってはマズいだろうし、うかつなことが言えないのだ。俺は観念して、みくるさんとともに作った便箋を取り出して読むことにした。オホン。



「何を読んでんだ?」


「…」


「面白い?」


「…」


「どういうとこが?」


「…」


「本が好きなんだな」


「…あんたさっきから何一人でぶつぶつ言ってるの」


「えっ?…あっ!やっべこれ長門さん向けのカンペだった!」


 俺は便箋を乱暴にポケットにしまい込んだ。涼宮はやれやれとうんざりするように肩をすくめた。


「要するに、あんたも今までの奴と同じでしかないのね。ちょっと変わったやつかと思ったけど、見込み違いだったわ」


「ごめん、ちょっと探し物してて聞いてなかった。何だって?」


 おっかしーな、どこに紛れたんだ。みくるさんから貰った指示書とみくるさんが書いてくれた長門さんとの問答と、一緒にポケットに入れていたはずの便箋が、何故かなくなっていた。まああんな読むだけで自害したくなるようなものは最初からなかったものとして考えた方が…いや、誰かに拾われでもしたら目も当てられない。帰ったら何が何でも探し出そう。


「あーもういい。あんたといると疲れるわ。ここで別れましょ」


 おう、と言いたいところだがそうはいかない。かといって引き留めようものならマジで弁当箱の二の舞になるかもしれない。何かないか、何か。


「あー!!!」


 俺の叫びを聞いて涼宮がびくっと肩をすくめた。そして驚いてしまった自分にイラつくようにむぅと眉をひそめた。


「あははのは!!!」


「やっぱりあんたあたしをバカにしてるでしょ!?」


「してないしてない」


 バカにはしてないが、もう知らん。こうなりゃヤケだ。


「髪切った!?」


 涼宮は頭の後ろについてるドアノブのような2つの団子を触るとその団子が崩れ、現れた長くてまっすぐな髪をかき上げた。


「まとめてるのよ!このバカ!!!」


「おぉ、そうだったのか!ところでショートカットにはしないのか?」


「はぁ?なんでショートカットに…ははぁ、分かったわ。あんたショートカット萌えなんでしょ」


「えっ俺?いや、全然…」


「何引いてんのよ殴るわよ。じゃあロングが好きなの?」


 ロング、ロングか…。俺はみくるさんを思い出してみる。微妙にウェーブした栗色のロング。想像上の彼女の髪を、バッサリとボブにカットしてみた。


「うーん、どちらかといえばロングの方が好きかな」


「そう、分かったわ」


 涼宮はそう言って背を向けると手をひらひらと振った。あ、しまった。今俺余計なこと言った。やらかした。


「待っ」


 そこで気が付く。涼宮の全身が小刻みに震えていることに。弁当箱の惨状を思い出してつばを飲み込んだ。


「嘘ー、さっきの嘘ー!!!ショートカットが好きだなぁ!涼宮のショートカットが見たいなぁ!!!」


 涼宮はひらひら振っていた掌がゆっくりと握りこぶしになり、そのまま親指を地面に向けた。終わった。みくるさんになんて顔をしたらいいんだ。


「キョーン君」


 背後から急にみくるさんの声がして俺はうわっと声を上げた。恐る恐る振り返ると…みくるさんはニコニコとした笑顔をしていた。


「よかった。無事涼宮さんを誘導できたんですね」


 …えっ?涼宮の奴、ショートカットにするんですか?


「え?えぇ、そうですよ?キョンくんがそう仕向けてくれたのでしょう?今しがた未来に修正がなされたことの確認ができたわ」


 みくるさんは嬉しそうにまだニコニコとしていた。そして「どうやったんですか?」と無邪気に(年上に使う言葉ではないが、それがピッタリな感じで)尋ねてきた。ここは正直に言った方が後々のためになりそうだ。


「…実力とだけ言っておこう」


 すみません、見栄を張りました。いや、結果としてちゃんと成果出てるし…。だが俺はこの時もっと慎重になるべきだった。そうすれば、俺とみくるさんの姿をじっと観察している奴の存在に気がつけたかもしれなかったのに。

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