第8話

 びっくりした。青信号だと思って渡ったらトラックにひかれたかと思った。おっちょこちょいな未来人かと思っていたがとんでもない、大した役者だ。


「ただ、場所を変えるということにだけは賛成です。ついてきてください」


 『だけ』というところに強い意志を感じる言葉だった。支払いはもちろん俺が払った。たっけーなおい、誰だよスパゲティとホットドッグのドリンクセット頼んだ馬鹿は。俺か。未来人の女性(言いにくいので適当なあだ名をつけたい)は迷いなくずんずんと来た道を戻り、最初に出会ったあたりのすぐ近くにある河川敷まで来た。なんだ、これならわざわざ喫茶店に入ることもなかった。いや、連れて行ったのは俺か。


「お話ししたいことがあります」


 みくるさん(未来から来てるからみくるさんと呼ぶことにした)はちょっと気持ちを持ち直したようだった。


「わたし、は、この、時代、の、人間、では、ありま、せん。もっと、未来、から、来ま、した」


 なるほど、とりあえず最初からやり直したいらしい。それにしても、最初の自己紹介から比べて、随分ゆっくりとした話し方だ。なんですか、そのリレーでバトンを受け取るタイミングを計っているような動きは。ほら、怖くない、怖くない。ほらね、怖くない。ね。俺は両手でどうどうとみくるさんに落ち着くようにジェスチャーをした。未来人との交流がこれほど難しいとは知らなかった。俺のジェスチャーが効いたのか、みくるさんはようやく最初に出会った時のように話し始めた。


「いつ、どの時間平面からここに来たのかは言えません。言いたくても言えないんです。過去人に未来のことを伝えるのは厳重に制限されていて、航時機に乗る前に精神操作を受けて強制暗示にかからなくてはなりませんから。だから必要上のことを言おうとしても自動的にブロックがかかります。そのつもりで聞いてください。時間というものは連続性のあるようなものではなく、その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねたものなんです」


 なるほどね、完全に理解した。俺がぐっとサムズアップすると、みくるさんはあからさまに訝しむような表情をした。なんだろう、この人は感情を顔に出し過ぎじゃないだろうか。


「キョンくん、想像してみて。もしあなたが何年でも何十年でもかまいません、過去に行ったとして、そこで過去の歴史を見ることができたとします。でも、その歴史が自分の知っているものと違うものだったら?」


 さて、どうだろう。例えば坂本龍馬が暗殺されなかった歴史、みたいな話だろうか。残念ながら俺はそういうのにあまり明るくないので分からないが、歴史にIFはよくない、というよりあってはならないということはなんとなくわかる。朝比奈さんはちょっと意外そうな顔で小さくうなずいて、


「過去に来てみた時、わたしたちの知っている歴史と微妙にずれていたら、その未来にいるわたしたちがどう思うか解る?過去は常に未来の干渉を受けねばならないとしたら。そうしないとわたしたちの未来が形成されず、別の未来になってしまうとしたら」


 それは…たぶん相当困るだろう。出来ることなら手を加えて本来の歴史に戻したくなるはず…あぁ、なるほど。そういうことですか。みくるさんがうん?と首を傾げた。


「つまり、今あなたがやろうとしていることですよ。あなたが来た未来から見て、この時代は何かおかしなことになっているわけですね。そして、未来からきたあなたには何かしらの理由があって直接手を出すことができない。だからこの時代の俺に何かの手伝いをさせて、本来の未来に戻そうとしている。違いますか?」


 みくるさんは完全に硬化していた。目と口で三つの丸を作ったまま動かない。未来人はもしかしたら言語を捨てて表情だけで会話するのかもしれない。そのぐらい明らかに俺の言ったことは当たっていそうな表情だった。それにしても、未来人のお手伝いか。これは思ってもみなかった大当たりに違いない。ああそうだ、あいつにも教えてやろう。きっと喜んで、それに手伝ってくれるはずだ。その旨を伝えたところ、朝比奈さんは正気に戻ったようで、同時に急に怖い表情になった。


「だめ、だめです。涼宮さんにだけは絶対に伝えないでください。これは絶対です。もし彼女が知ってしまったら、全てが終わると思ってください」


 随分な言われようだ。さてはあいつ、過去にやらかした何かで未来人にタブー扱いされているのかもしれない。実にありえそうな話だ。まあ確かに、未来人がいることをむやみに口外しない方がいいのは間違いないだろう。事実俺も今日まで未来人がいることを誰からも教えてもらわなかったことだし、俺も先人たちの努力に報いるとしよう。ところで、一つだけいいですか?実はさっきから気になっていたことがあるんですけど。


「何ですか?」


 俺の後ろの席の女子の名前、本当は鈴森って言うんですよ。名前を間違えるなんてうっかりさんですね。みくるさんは今日一で大きなため息をついた。

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