第7話

「そういえば、あなたのことはなんて呼べばいいんですか?」


 胸の大きな未来人の女性は頼んだブラックコーヒーが冷めるまで一言も口を開かなかった。なので俺は自分の注文したスパゲティとホットドッグのドリンクセットを平らげてから問いかけてみた。まさか未来人さんと呼ぶわけにもいくまい。


「名前なんてただの識別記号です」


 未来人の女性から無機質な声が返ってきた。どうやらなかなかご機嫌斜めらしい。この時代の飲み物が口に合わなかったのだろうか。まあいいか。


「それで、俺に何かご用ですか?」


「…涼宮ハルヒさんについて、とだけ」


 聞いた事のない名前だ。いや、どっかで聞いたような気もする。中学校の時のクラスメイトの家の隣に住んでいた女子大生の名前がそんなだったような。やたらデケー犬がいたけどあれまだいるのかね。未来人の女性はため息をついた。


「あなたのクラスメイトの名前です。もっといえば、今日の席替えでも変わらずあなたの後ろの席に座っている女の子よ」


 後ろの席、鈴森のことだ。どうやら名前を間違えて覚えているらしい。未来人にしては少しおっちょこちょいなお方のようだ。だがここでそれを指摘しても意味はない、何より俺にはその対象者が鈴森であることが分かっているのだから、ここはそういうことにしておこう。


「知ってますよ。良い目をしている、本気の目だ。あれは将来大した奴になりますね」


 未来人の女性がまた溜息をついた。鈴森の話であってるよな?俺は念のため鈴森が中学時代にやらかした校庭落書き事件の犯人ですよねと尋ねてみた。未来人の女性は一瞬流し目をしたのち、そうです、と小さな声で答えた。


「なるほど、分かりましたよ」


 未来人の女性がはぁ、と(溜息じゃないぞ、間の抜けた返事の意味だ)生返事をしたので俺は自分の推測を述べることにした。


「あの落書き事件、実は俺が過去に戻って手伝ったとかじゃないですか?」


 未来人の女性がびっくりしたように目を見開いた。いやたぶん本当にびっくりしたんだと思うけど、そんなに『びっくりしました!』みたいな顔する人初めて見た。俺また何かやっちゃいました?


「じゃあ、行きましょうか」


 伝票をもって立ち上がった俺に未来人の女性が「どこへ?」と尋ねる。そんなこと、決まっている。


「『過去』にですよ。校庭の落書きなんてわくわくしますね!」


「あ、それは今回全然関係ないです」


 俺はカッコつけたままその場でひっくり返った。

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