第73話 春のお茶会

なぜそうなった……。現ラングレー公爵である父親からの手紙を思わず握りつぶしそうになり、机に投げ出す。あんまりな内容だ。


いや、ハリスとの婚約の可能性がなくなっただけ、まだ良いと言って良いのか。それとも、あくまで攻略対象の婚約者なら悪役令嬢になってしまうのか、設定の強制力がどこまであるのか読めない。



「まあ」



私の読んだ手紙を見たお祖母様が淑女らしく驚きを表現する。オスカーは眉間に皺を寄せて、3割増ぐらい凶悪な顔になった。


隣国の王子アイザック、そして留学中の第一皇子シャナクの尽力により、戦が回避されたと報告がある。

戦の回避はとても良い、戦は色々と私の死亡フラグを乱立してくる。無くなるのは大変有難い。

まずは制空権の確保!と思って、魔力のある騎士たちに空を飛ぶ魔道具の熟練訓練をさせ続けた冬は、私が悪役令嬢である限りそのうち生きると思う。


ただ、この短期間でこんなに婚約者コロコロ変えようとするとか、明らかに事故物件だよ、ラングレー。内定はしていたもののまだ発表はしてなかったから婚約破棄ではないが、どう考えても微妙な物件でしょう。



「隣国へ留学されているシャナク殿下が一時帰国され、お茶会を開かれる」



平たくいえば、シャナクの嫁探し会だ。


ハリスとの婚約を回避したのに、皇子との婚約は回避できないとか、どんな仕様だよ。ラングレー公爵もなぜ唯一の跡継ぎの娘をその嫁探し会に差し出そうと思った。


まさかとは思うが、シャナクをラングレーに降嫁させたいのか?でも、シャナクとラングレー家は派閥が違う。

シャナクは生誕派筆頭貴族が推している王子、ラングレーは貴族派筆頭。成立するわけがないが、この婚約を回避しそこなっても、もれなくヒロインとぶつかる。



「おかしい」



ホントだよ。思わずオスカーの呟きに素の言葉で賛同しそうになって言葉を飲み込んだ。お嬢様に有るまじき言葉遣いな上に、きっと私とオスカーでは見ているところが違う。



「アイザック殿下の継承権が上がっています」



元々のアイザック殿下の継承権がいったい幾つだったのか私は把握していないが、手紙には第六王子となっている。



「この冬の間に、2つ上げてきてますね。そして、シャナク殿下の一時帰国に付き添われるようです」



つまり、お茶会にシャナク、アイザック、そして間が悪ければハリスも参加するってこと?なにそのお茶会、絶対参加したくないわ。

ただし、私が個人的に参加したくないと思ったところで、私の手元には既に招待状がある。ホント公爵令嬢って、素敵な仕様だわ。



「ラングレー公爵からも、フローラさまを王都に連れてくるよう指示をいただいています。フローラさまは既に貴族デビューされて、存在を認知されていますから」



アントンが粛々と私の現状を突きつけてくれる。



「時期もおかしい。社交に主軸を置くなら、シーズン終わりの春に仮にも第一皇子と隣国の王子が中心のお茶会を開くのは不自然だ」



暗に裏があると指摘をするオスカーの言葉を無言で首肯する。不穏だが、断る術を持たない。


降嫁先を探しているのなら冬に領地を預かる令息令嬢と会うために春……の説は有り得ない訳でもないが、シャナクは男だ。そんな領地預かりをするようなご令嬢は数少ない。

そこまで手の込んだことをするなら、冬の社交から顔を出して、冬の社交に残る親に話を通して、一本釣りをする方が現実的だ。



「雪解けと同時に王都に向かうわ。アントンとオスカーで、人員をわけてちょうだい。私の方にエリアスがいるなら、オスカーが残っても構わないわ」



暗にアイザック、隣国のことを信用していないから戦が起こってもなんとかできる人員を残したいと告げると、オスカーは私にやや目を細めた。

私が自分で設定にいれた「精霊からのお告げ」は基本人間が起こすことを告げないというのが専らの評判、つまり天災にしかきかないと知っているはずなのにやけに懐疑的だ。


黙って壁の花になってくれている護衛騎士見習い、レオンに目を向ける。レオンが執務室の扉の中、外にアダルフォがいる。ちなみにどちらも見習いなので、保護者、もとい大人騎士も近くに配備されている。



「護衛騎士はレオン・ベルツとアダルフォ・ティッセン、側仕えはアン。その他は後ほど私とヴォルフで決めよう」



意外と真面目に働いてくれるオスカーと家令のアントンに割り振りは任せて、服を仕立てないといけない。

社交は基本冬。春にお茶会なんて予定になかったから、王宮に上がれるような春服を持っていない。どうせならラングレーの特産品で作ったものをと思って、特急で依頼をすることになった。


悪役令嬢とはいえ、表紙を飾るフローラはちょっと鋭い綺麗系だ。着飾りがいがある。束の間の楽しさとわかりながらも、ちょっと衣装作りに浮かれていた。

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