第2部 幼年後半

第74話 王子と皇子のお茶会

最悪だ。一体、このフローラになってから何度この台詞を吐き捨てたことか。

お茶会に向かうのに武運を祈られたのは間違いではなかった。控え室で別れたレオンとアンの「ご武運を」の言葉を思い出して現実逃避しかける。



「お初にお目にかかります。精霊の導きに感謝いたします」



よく考えなくても、お家騒動でラングレーは悪い意味で目立った。その渦中の令嬢がお茶会に行けばどうなるか、私が避けたい攻略対象イケメン以外にもたくさんの面倒が発生する。


そもそも将来ラングレーに追従するしかないフローラのお友だちは貴族的にはまだデビュー前。そうなれば、お茶会という戦場に付いてきてくれる味方はもちろんいるはずがない。

階級だけはなまじ高いだけに、ヒソヒソと陰口を叩かれているのがわかる。私が圧倒的に幼いのも噂に拍車をかけている。



「精霊に招かれた客人を私は歓迎する。よく来てくれたね。ラングレーから王宮は遠かっただろう?」

「各地の春の訪れを楽しめましたわ。お気遣いありがたく存じます」



睨みつけたい気分ではあるが、これは社交で、私の仕事だ。しかも、かかっているのは自分の命、うっかりするわけにはいかない。美少年2人に笑いかける。私と挨拶を交わしたのはシャナクの方。アイザックはまだ微笑んでいるだけだ。


足を悪くした設定のため、杖をついてゆっくりと歩む。目立たないように急ぎたい気分ではあるものの、他から見たら私は圧倒的に小さく、興味関心を引いているのは確実なので、今更そんな些細なことを取り繕う意味もない。



「ラングレー公爵令嬢、こちらは隣国からいらしているアイザック殿下だ。アイザック殿下、こちらはラングレー公爵令嬢フローラ様です」

「精霊の導きに感謝を。」

「お久しぶりですね、フローラ様」



ざわりと周囲が驚いたのが見なくてもわかった。貴族デビューを果たしたその日のうちに誘拐されて、その後、領地に引きこもっていた令嬢と他国の王子がお久しぶりなはずがない。

まさかあの謁見を一回目にしようとしているのか、それとも囲い込むために噂を流したいのか、それともカマかけてきているのか、ここで「お初ですわ」なんて返すのも外交上無礼だ。


ヤンデレしているアイザックのスチルが頭を過ぎる。これまでのことが走馬灯のように目の前を駆け抜けていきそうになり、記憶を捕まえた。なんだ、ちょうど良いのがあるじゃないか。

私の瑕疵で、私が知らないのが不自然ではなく、この場にいる他の貴族が食いつきたくなるスキャンダル。



「お久しゅうございます。しかし、申し訳ございません。先日、領内で少し事故があり、それまでの記憶がはっきりしないのです」

「レディに言わせてしまうとは、申し訳ない。少しお話がしたい、エスコートさせて貰えないだろうか」



要は少し人払いをして、内密の話がしたいということだろうか。会場の端に用意されているやんごとなきお方たちの特等席にドナドナされる。

味方にもしたくないアイザックに手を取られてしまった。彼の場合、下手に手を跳ね除けても興味を持たれてしまう。


無難だ、無難に終えなければアイザックに興味を持たれてしまう。


弟妹のように、レオンや他のラングレーのみんなを巻き込みたくなければ、攻略対象もヒロインも触らず遠巻きに……。遠巻きに?

そういえばシャナクは一周目のとき、隣国へ留学という体で殆ど出てこなかった。つまり、乙女ゲームの舞台になる学校ではないところでも、貴族として認められるための学を授けて貰える。


確かにシャナクは油断ならない腹黒かつブラコン。特に第三皇子エレンのことが大好きな危険ヤバい攻略対象イケメンだが、シャナクに付き添って隣国へ留学したいですというのは中々アリなのではないだろうか。ヒロインに関連する没落は同じ学校に行かなきゃいいだけだ、これで防げる。

それに、シャナクは腹黒でも、目的と弱点が明確な男だから、動きがある程度推定できる。


問題は私が元々辺境伯だったラングレーの唯一の跡取りという部分か。普通に行けば国外にはいけない。

でもルートによっては皇帝になるシャナクが留学しているぐらいだ、不可能ではないはず。



「そういえば、今日の会場は豪華絢爛だね?」

「ええ、そうですわね。キラキラしていて、美しいです」



攻略対象が2人もいれば、豪華なシャンデリアがない王族が使うには少し質素な離宮でも……逆にシンプルだからこそ攻略対象が映える。それに主賓に言われて、豪華絢爛ではありませんなんて、返答は有り得ない。


シャナクとアイザックが目配せしているのは、私が幼くても最低限のマナーを身につけているかチェックしているんだろうか。



「どうぞ、フローラ様」

「ありがとうございます」



卒のないエスコートを見せてくれたアイザックに御礼をいってテーブルと椅子ごと、天井から吊るされたヴェールに覆われた特等席に座る。

正面にシャナク、隣にアイザックがそのまま座り、アイザックは私の手をそのまま握っている。まさか脈を診ているのか?



「君は、ラングレーを継ぐ気がある?」



なんとも不穏なお茶会がスタートした。



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