第72話 戦乱のかおり
さて内憂も排して、概ねラングレー領地は掌握した。
何日かベッドで過ごせたおかげか、熱が下がって、ようやくあちこちの報告を受ける。お祖母様とオスカーから色々と聞いてはいたものの、それはそれ、これはこれだ。
「そう。冬支度もつつがなく終わったのね。なによりだわ」
きっちり領地での地盤を固めたから、いざとなれば、お祖母様とお祖父様からの上申で、公爵位と辺境伯を別けられることも知った。
まあ、国境領の女辺境伯なんて悪役令嬢設定とは関係なく死亡フラグが乱立する。最後の手段だ。
まあ、親愛なるお父様が後妻を取るのも覚束無い現在、唯一の子どもである私を殺しにくることは普通ないだろうけど……。
ただし、普通なら敵国の内通者を嫁にしたりはしない。そういう人間の行動に常識は期待しない。だから用意する。
「それで、お父様はなんと?」
「この冬は領に戻らないから任せると仰っております。また、神官のお話はフローラさまの意向にそうようにと」
「そう、それなら良かったわ」
魔力を馬鹿みたいに使うと噂の魔道具、話を聞く限りではテレビ電話ができる鏡を使うつもりだったのに、お父様から魔道具の手紙が来たらしい。
なお、事件の第一報は騎士10人がかりで魔道具を動かしたとこのこと。ラングレーが誇る銀髪の騎士たちでそんなに人手がいるなんて、改修が必要な案件だと思うわ。
まさか手紙になった理由って、エリアスを私につけてしまったから、向こうからこっちに繋げるための魔力がないなんて下らない理由じゃないわよね?
家令、と言ってもラングレーは砦のため、国で言えば宰相に近い働きをしてくれるアントンが少し目を伏せている。そして、幾度か私に向かって何かを言おうとして止めている。
アントンの視線を見れば、気になっているのはエリアスか。
「エリアス、レオンたちを呼びに行ってくれるかしら。誉ある任に今日からつく彼らに騎士団長として、喝があるでしょう?」
「有難くお言葉に従わせていただきます」
ラングレー領地の騎士団を束ねるエリアスと砦を預かるアントンがぶつかる理由。死亡フラグが見える嫌な案件としか思えない。
エリアスを笑顔で見送ってから、アントンに向き直る。
「……アントン、私に黙っている報告が他にあるのね」
「はい。実は先日の事件の折、隣国の商人が数多く関わっており、その相当数が処分されました」
「まさか開戦しそうなの?」
「いえ、冬の間は進軍も不可能ですからまだ大丈夫です」
「とはいえ、時間の問題なのね」
「残念ながら」
「報告ありがとう。とても重要よ。なんでエリアスが伏せたがるのかしら」
意味がわからない。私にこの場で伏せたところで、何れバレる上に、有事の際には私が砦を預かる。
「エリアスは気遣ったのでしょう。フローラさまは弟妹様のことで大変心を痛めて、御御足の自由を失われたのですから」
「余計に大切だわ。動けない貴族令嬢が戦地にいるなんて、格好の的よ」
オスカーを専属神官にする話をしたら、意外にもお祖父様が反対してきた。
仕方ないので、足がちょっと不自由を理由にオスカーの専属神官の話を周囲に呑ませた。ついでに私にオスカーを同行させることに成功した。
レオンと違って何が行動の芯なのかイマイチ分からないオスカーは私の知らないところでコソコソ動き回られるより、見えるところに居てもらいたい。
もちろん周りに説明した前提条件は嘘だけど、可愛げのないフローラちゃんに親しみを持ってもらうには、わかりやすい欠点が必要になる。
ついでに、悪役令嬢の断罪で使われる階段の突き落としや数々の嫌がらせという言い訳もこれで断てるからこの設定を採用した。
オスカーの丁寧な説明でエリアスの行動に納得したが、エリアスは親切心の方向性が間違っている。物理的な力ではとても有効打なのに、いかんせん頭がちょっと微妙なのがたまに傷だ。
「オスカー、あなたなら既に情報を集めているでしょう?どのぐらいになるのかしら」
「読み切れません。ラングレーが公爵家預かりになってから、戦の形で動いたことはこれまでありませんから」
「……私の部屋に兵法書と魔道に関する書物を。春までに、隣国が敵討ちをやめたくなるほどの武力を蓄えないと」
エリアスの響きすぎる無骨なノックが入室の許可を求める。ハードモード過ぎる私の生活に、ちょっとだけ乙女ゲームの世界に来た気分をわけてくれる可愛い騎士たちのお出ましだ。
できるだけお淑やかに見えるように微笑まないと。スカートの裾を揃えてから、アントンにエリアスたちの入室を許可させた。
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