第44話 黒幕は誰か

しばらくして氷の剣の向こうでラングレーの制服をきた騎士と王都からきた騎士の立合いがあり、馬車から私たちを下ろそうとしていた曲者もあえなく銀髪の騎士に取り押さえられた。

素晴らしくいい笑顔のオスカーと心配そうな表情を浮かべたレオンが氷の剣の向こう側に来てようやく手を握って、魔力の放出をやめる。


ずっと力を入れて開いていたせいか指がどこか軋んだ。



「フローラさま!ご無事ですか!」

「ええ、怪我ひとつないわ。安心してちょうだい」



騎士の鏡とも言える対応をしてくれるレオンに応えてから、周りを見渡す。

王都から来ている騎士も半数が残っていて、戦いの跡が見て取れる。


これは王都からの騎士全員が誰かの内通者というわけではなさそうだ。



「オスカー、報告を」



この場の責任者として、護衛を勤めていた最高責任者であるオスカーをあえて叔父上としてではなく、名前で呼んだ。

その意味合いをはき違えるほどオスカーはどん臭くない。


ここに誰がいるのか、彼は承知している。


厳しい表情を浮かべて、教えてくれた。



「王都からきた騎士のうち、8名が何者かの内通者だったようです。首謀者はまだわかりません」

「そう、こちらの被害は?あと生け捕りにできた敵の数」

「王都からの騎士のうち、数名が怪我を。重傷者はいません。

敵は賊に扮して襲いかかってきた5名と、騎士に扮していた8名。生け捕りにできたのは3名です」

「上出来ね。荷馬車を2つ空けて、中身は使えるものはこの場で使っていいわ。持てないものは打ち捨てて、一台は怪我人を、もう一台はその3人を運搬するのに使いなさい」

「承知しました」



オスカーが踵を返すのを見届けてからレオンのエスコートを受けて、馬車に戻る。

できるだけ柔らかな笑顔を心がけて、親愛なる叔母上、第2皇妃様に報告をした。



「不届き者は既に去りました。ご安心ください。ラングレーの誇りと力にかけて、無事にお送り」



最後まで言わせてもらえずに抱き締められた。私と同じ銀髪、それでも私と異なる豊かないい香りのする髪の毛が包む。

温かい腕が、震えながらも私の背中をさすってくれていた。


ハリスと私を一緒くたに抱きしめているらしく、真横にハリスがいる。ハリスも驚いているようで、目を瞬かせている。



「まだ…本来なら親に抱き締められている年齢のあなたがそんなにも、ごめんなさい、ごめんなさいね。そこまで追い詰めているのは、私たちだわ」



ふと私の中にいるフローラの部分が泣きそうになっていることに気がついた。


気がついたら母親は亡く、父親からも特に愛されず、義理の母親には殺されそうになり、弟妹に関しては顔すらわからない。


まったく、フローラが真っ当な子どもだったらなるべくして悪役になったとわかる。

誰からも優しくするだとか、愛されるということを全く教わらなかったのだから当然だ。

知らないものは人に与えられない。



「皇妃さま」

「フローラちゃん、フローラ、いいのよ。怖かったでしょう?」



ここで皇妃様の甘えてしまうのは簡単だ。

張り詰めているこの緊張を解いてしまえば途端に泣き出すだろう。


喉元にある熱いなにかを噛み殺して、ぐっと顔を上げる。今はハリスの前なのだ。

ラングレーの私をとことん甘やかしてくれる騎士やレオンの前ではない。



「それでも、私はラングレーの長子です。国に剣を捧げるラングレーを預かる家の者です」

「ええ、ええ、そうね。ニオも同じことを誇りにしていたわ」

「それなら尚更護らなければ、私は大丈夫です。心強いラングレーの騎士がついています」

「お母様、私もついています。泣かないでください」



ハリスも心配そうに第2皇妃様に話しかける。



「私はあまりにも姪のあなたに無頓着過ぎたわ。あなたがどんな酷い仕打ちを受けているかなんて想像すればわかるはずなのに」

「もったいなきお言葉です」



皇妃様は200点満点ぐらいのお優しい方というのはわかった。ついでに貴族的な腹芸が得意でなさそうというのも察した。



「私は、私はあなたを愛しているわ。フローラ」



はい、フローラ、齢5歳。

乙女ゲームに転生したのに初の「愛してる」は叔母上からでした。


思わず超どうでもいい実況が私の頭の中を流れる。

皇妃様にそんなに気に入られたくないんだけどなあ。ついでに言えばハリスとも離れたい。

もっと言えば婚約者になりたくない。

吊し上げや暗殺の憂き目に逢うのは真平である。



「お母様、もう大丈夫ですよ」

「皇妃様、既に危険は去りましたのでもう安全です」



ハリスが皇妃様を慰めるのに合わせて危険がないことを伝える。

しばらくして落ち着いたらしい皇妃様が私とハリスを解放して、すぐにハリスが予想外の行動をとった。


ハリスが白いラングレーの魔法陣入りの手袋をはめた私の手をとり、膝をつく。

まずい!

頭の中で警鐘が鳴り響く。


この体勢は知っている。

断罪イベントあとにハリスがヒロインにやるやつだ。ハリスが随分幼いが、流石は攻略キャラ、幼いのに様になる。



「フローラ、必ず貴女を幸せにします」



何故こうなった。

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