第43話 ラングレーの騎士

私が子どもらしくワガママを言ってみたのに、なにかのお告げが降ってきたような大騒ぎ。

そう言えば聖女フローラ様の生まれ変わりとか騒がれてたねえ。


いやむしろこれだけ狙ってくださいと言わんばかりの条件が揃っていて何も起こらないと思ってた人たちの頭の中がお花畑過ぎてびっくりする。


それだけ騒いでもラングレーは国境の砦、騎士が留守にするわけにはいかない。

エリアスと、いつも通り執事のアントンがお留守番だ。

皇妃様の護衛で兵力が薄くなる砦を守ることを考えると魔力の保持量や実力を鑑みて、護衛にエリアスを連れていくわけにはいかない。



「レオン」

「俺はついていく、必ず」



決意している様子のレオンと、エリアスから激励を貰ったラングレーの騎士たち。

そして親愛なる叔父上オスカーが私の同行者となって不穏としか言いようがない皇妃様の里帰りがはじまった。



「異常なし」



馬車から聞こえる声に少しだけ安堵する。

目の前にいる皇妃様が教えてくれる私の実母ニオとの思い出話に適度に相槌をうちながら進む道中は意外と快適だ。


馬車も良い馬車と普通の馬車がある。


道がアスファルトで平らというわけではないので、衝撃吸収が甘い馬車に揺られて長時間はただ苦痛で、馬ほどではなくてもお尻が痛くなる。

ただそこはやはり皇妃様の馬車、幼児ハリスが爆睡するぐらいに乗り心地はよい。



「話してばかりでごめんなさいね。フローラちゃんもおやすみするかしら?」

「いいえ、眠気を感じないです!」



眠気なんて覚えられるわけがない。

目の前に皇妃様がいて、私に話しかけてきているのに眠くなるほど猛者にはなれない。


なにより出発から半日。

先ほど例の谷直前の街で昼食をとった。


襲われるとしたらここだ。

うっかり寝ている場合ではない。こんなとこで寝てたらそのまま違う世界に送られかねない。



「なにものだ!!」



不穏な声とともに、周囲の気温が一気に下がる。

甲高い剣の現出に伴う音がこだまする。

その直後に馬車が急停止し始めた。



「な、なにかしら」

「皇妃様、殿下を抱えてください」

「え、ええ」



やっぱり来たか。

うんざりしかしない。

単なる賊なら苦戦なんかしないし、この馬車が止まることは無い。


王都から来た騎士の練度は知らないが、ラングレーの騎士の練度は高い。国境を預かる誇りと責任を彼らは持っている。


停車してすぐに手荒く馬車のドアが開け放たれ、外から人が乗り込もうとしたのをドアのすぐ側に立ち、阻む。

私を突き飛ばすのは簡単だが、わざわざとめて中身を降ろそうというのだから彼らは中にいる誰かを攫いたいのだろう。

そうだとしたら私を突き飛ばすのは適当な作戦ではない。


扉の外にいたのは王都から来ている騎士。生憎だが彼らを近くに配置してないはずだ。



「大丈夫です、すぐに」

「無礼者、殿下はお休みになられているのですよ」

「申しわけございません。安全な場所に移動するのに馬車からおりていただけば」

「馬車ごと移動できるようラングレー騎士たちに対応策を叩き込んである。もしその言が本当であるとしても私は私の直属レオンとオスカーが同伴するはずです」



騎士を目の前に2人を背後にする形になった。

抜き身の剣を手にしていないだけまだいいが、そうは言っても敵は余計な人を殺しにくる。


狙いは誰だ。

こいつらは誰の命令で動いている。


怖い、怖いし、死にたくないが、ここで2人を護らなければ法的に私が殺される。

どちらにしろ殺されるならまだ足掻ける方が生き残る確率が高い。


ラングレーの騎士である証とも言える白い手袋を握りしめる。



「さすがは鬼才フローラ様だ。その聡さが命取りだ」

「フローラちゃん!」



急激に温度が下がる。吐息が白く凍りつく。

冷たい力を一気に腕に集めると、私と騎士の間に巨大な氷の剣が現出した。


氷の剣の向こうで悔しそうに剣を振るう騎士を見る限り、多少は時間稼ぎにはなるはず。

なにせこの馬車は賊対策のために、燃やせない貫けない特製だ。

入口さえ塞いでしまえばあとは護衛の騎士の頑張り待ち。


そう思って深いため息をついた。

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