第42話 皇妃様の里帰り

皇妃様はハリスを連れて、ラングレーの中心地から少し外れたところで隠居している両親のところに行くらしい。

私にとっての祖父母だが、悪役令嬢の祖父母なんて端役過ぎて設定はないし、私もそこまで読み込んでいない。

今回初めてチェスター・ラングレーとマーガレット・ラングレーという名前を聞いたレベルだ。


皇妃様はラングレー領主の砦に一泊して、明日チェスター・ラングレー宅へ向かう。

それは問題ない、予め聞いていた通りだ。



「なぜ私が行くことになった」



皇妃様がいらっしゃると聞いて用意した新しい服は3着、まさか同行させられると思ってなかったから明らかに足りない。

いや、乗馬したいと駄々こねて騎士服で行くか?

この貧弱な身体だとお尻が痛くなるのは必須だとは思うが、そこそこ距離がある旅路の間、ずっと皇妃様と婚約者ハリスを楽しませながらというのも厳しい。


流石にその馬車にレオンを乗せるわけにはいかないし、当然のようにレオンは騎馬で行く。

馬車なんて贅沢かつ戦いにくいものをラングレーの騎士たちは好まない。



「気疲れ必須…」



思わず行儀悪くソファに寝そべるが、自室のために他には誰もいない。


いつも私についているアンは今日からしばらく皇妃様の側仕えだ。

もちろん王都から女官たちを連れてきているが、ラングレーの砦の勝手は知らないためにアンが付き添っている。

アンは騎士家系の出ということもあり、簡単な護衛も兼ねているらしい。本職より劣るとは聞くが、ラングレーの奥様が他国の間者スパイであることを考えたら必要な処置だ。

戦える女官が何人もいるとは思えない。そもそも女官も高位、害することがあれば問題になる。


この期間に何か起これば責任問われるのは私かなあ。


エリアスが問われても困るが、エリアスの身分だとギリギリ責任がとれるかとれないか微妙な線だ。



「さてと、愚痴愚痴言っても仕方ない。もてなしのための確認に行くか」



奥様のことを嫌っているという情報から異国情緒のあるものはすべてカット。クッキーは漏れなく王都に送り付け、不愉快になるものを排除した。

ラングレー宅にいるのはほぼ騎士、彼らの服は制服、数少ない使用人(財政難のため)も概ね決められた服を着ている。


庭師等の自由服勤務の使用人が皇妃様の視界に入ることはない上に、彼らはほとんど作業着、彼らは仕事柄そういうものだ。

問題は無い。



「フローラさま!」

「レオン?」

「おひとりで出歩かないでください」

「あら、ごめんなさいね」



自室まで送って席を外したからレオンも用事があったのかと思っていたが、着替えてきただけのようだ。

礼装騎士服から普段の騎士服になっている。キラキラしているバッチやこれみよがしな家紋がとられて、動きやすそうなものになっている。



「ご要望の明日以降の経路を記した地図です」

「さすがね!」



地図を見て思うのは「なぜそこに隠居した」と祖父母に対する悪態に近い感想だ。

途中いかにも馬車を襲いやすそうな谷を越えなければいけない。


私の文句言いたげな反応に気がついたレオンが補足を入れてくれた。

まあ想像してた。



「その、前ラングレー当主夫妻は義理の娘と折り合いが悪く」

「奥様が嫁いできたときに隠居したのね。年代を見て察していたけど、本当にろくなことしないわね。そしてなんでその後妻を娶ったんだか、謎でしかないわ」

「王都から来ている護衛とラングレー砦からも騎士を派遣して護衛をする予定となっています」



もはやここまでお膳立てされたら、察する。

今回の旅路、何も起こらないわけがない。



「レオン、私も騎士服で行くわ。私の分の礼装騎士服の用意を」

「…は?」

「いいじゃない、ラングレー領主、お父様から私が男装癖があると伝えてあるのでしょう?それで面会を延期していたのだから、私からの子どもらしいワガママよ」



ドレスなんかで戦闘になったら戦えない。

騎士服でもろくに戦えないが、奮戦する様子を見せびらかすことに意味がある、たぶん。


それに私を気に入ったらしい第2皇妃様なら私がドレスでないことぐらい見過ごしてくれるだろう。

打算と謀略だらけだ、さすが乙女ゲーム、戦闘系のゲームと違って旅開始前から事態はドロドロだ。

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