第41話 四の五の言うな仕事だ

貴族令嬢としての立ち振る舞いなんてすぐに身につくものではない。

私が取り憑く前のフローラちゃんがそこそこ真面目だったことに感謝して、鏡の前で礼の練習をする。


あー、憂鬱だ。


いや、確かに婚約者ハリスは可愛いよ。きっと可愛いさ、知ってるよ。

エレンとマルクで、思い知ってる。ジェリクと名乗ったアイザックも、私にカマかけてきたシャナクも驚きの美形だった。

とはいえ、ヒロインが「よし!」と思い立てば、婚約者ハリスは私のことを切り捨てて他の女に靡くことがわかっている。


レオンのようにモブだったら工作でなんとかなる気がするが、ヒロイン相手には補正が働く気がする。

下手に仲良くなってしまったら泥沼だ。



「まるで仇が来るかのような」

「あー、まあ、間違ってない」



周りの大人が聞いていないのをいいことにレオンとヒソヒソ話す。

うんうん、この子はどんどん私に慣れてきて、これなら私のことを殺しに来ることはなさそう。



「ハリス殿下のおなり!!」



気合いの入った野太い男の声が可愛らしいだろう婚約者ハリスの訪れを知らせる。


どんなに可愛くても仲良くはなれない。


エレンは悪友になれそう、マルクは庇護対象、シャナクとアイザックは腹の中をさぐり合う仲だ。

攻略対象はホント碌でもないのばかりだ。


銀色の縁どりに、緑と青のラングレー出身の皇族であることを示す大きな星模様。

白地の豪華な馬車は私の目の前で止まった。



「あなたが私の婚約者?初めまして、私はハリス」



馬車から降りてきたのはラングレーの血を引いていることが確実な銀髪なのに、ゴツイ筋肉騎士家系の特徴を持ち合わせない男の子だった。


肩が細い、華奢。

手ぇちっさ。


この子が、ふーん、随分と戦えなさそうなのに。

ラングレーの期待なのね。

まあこの子は権力を手に入れるための飾りだから仕方ない。

そもそも飾りは戦うことを求められないからね、権力を手繰り寄せる紐でしかない。



「初めまして、ラングレー領へようこそ。私は領主代行フローラ・ラングレーと申します」



彼が馬車から降り切るや否やすぐに臣下の礼をとる。


背後で私よりも1歩早くレオンが動いた気配を感じた。

流石の反応速度ね、護衛として10点をあげよう。


馬車から降りてくるのだろう物音以外の音がしない沈黙が訪れる。

細いものが地面に落ちた固い音がした。



「まあ、顔をお上げなさい」



柔らかな女性の声が命じる。

名前は存じ上げないが第2皇妃様だろう。唯一の国母、皇后になるために私とハリスを見合わせたい叔母上だ。


言葉に従って表を上げると、将来私がこうなるだろう顔の人がいた。



「まあ」

「お初にお目にかかります」

「あなたがフローラちゃんなのね。私の幼い頃にそっくり、あぁでも、目はニオに似ているわ」



ニオ?まさか実母の名前だろうか。

設定にもなかった上に、フローラの回想記憶でもお母様としかなかったから名前は初耳だ。


んー、いいタイミングだ。


そろそろこういう演出も必要だと思ってた。

ただただ義理の母親に嫌われる可哀想な娘を演じるのは無理がある。

この間の件で、今の奥様には見切りをつけて、フローラが赤子の頃に亡くなっている前妻を崇拝するかのような言動があった方がそれらしいだろう。



「ニオというのは、私の本当のお母様の名前ですか?」



少し前のめりに手は胸の前で握りしめて、問いかける。

ほら、こういう幼女が目の前にいたら貴女の本心がどうであれ、優しく接しないといけないでしょ?

仮にも国母を目指すお方なのだから。



「ええ、そうよ。私の大切なお義姉様、ニオはあなたのお母様よ」



そう言うと第2皇妃様は私のことを抱きしめた。

驚いた顔の婚約者ハリスをキョトンとした顔で見やるぐらいしかできなかった。


ここまでとは、予想外だわ…。

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