第38話 凶報の使者

手紙から吐き出された煙が私にまとわりつく。首元にぐるりと取りついて何をするのかと思えば、締めあげだ。


あぁ、確かにこれはまずい。


死ななくても締め落とされたら反動で失禁する。

こんな人目のあるところでそれは避けたい。

煙を追いやろうと手を動かすが煙だけあって素通りする。


まずいぞ、まずい。



「ぁぁ」

「魔法だ!!フローラさまが」

「解呪ができるものを早く呼べ!」



この砦の課題は魔法対策か。

いやいや、現実逃避している場合ではない。こんなところで、締め落とされてたまるか。

私の人間としての尊厳が、そして折角うまい具合に聖女の生まれ変わりだのと騒がれているのに台無しにしたくない。



「ぐっ」

「やはり天才は狙われる、いつの世も。そして家族から疎まれる。お嬢様も洗礼を頂いたようですね」



嫌味たらしい文言とともに圧迫が消える。

空気を取り込もうと咳き込む、涙目になって解呪した誰かを見上げると予想通りといえば予想通りだった。こんな嫌味とともに現れて私にこんな口をきくだなんて一人しかいない。


レオンの小さな手が私の背中をさする。

ホント、レオンはいい子だ。はじめに攻略した甲斐があった。あの皇子トラブルメーカーたちがいなければ、ラングレー領に残って彼に求婚したいぐらいだ。

だがそれをしたら妹が后候補となり、身の危険に繋がる。



「…あ、ありがとう」

「可愛い姪御のためなら、お安い御用ですよ」



微笑みを浮かべながらこちらを値踏みするオスカー叔父上のお出ましだった。



「触らない方がいいよ、魔法はお嬢様の血で発動した。かなり強力なものとなっている」

「…セーリャさまが?それともセーリャさまの名前を語った誰かですか?」



桃色の可愛らしい手紙は私の血で汚れて、その上、魔法陣展開までしたから焦げて、どこぞの戦場の落し物状態になっている。


いい具合に生理的に涙が流れている。

泣き真似は上手くないから助けられた。


見たことも無い妹から攻撃の魔法が送られてきたからといって大してなんとも思わないどころか、やっぱりそうだよねぐらいの感想だが、対外的にそれではラングレー領民は私に親近感を覚えない。そんな私に味方したいとも思わない。



「ほう、君の名前は?」

「レオン・ベルツ、エリアス・ベルツの息子です。オスカーさま」

「なるほど、ベルツ家の子か」



私を庇うようにするレオンは騎士の鏡!

そんなレオンに甘えて涙を流している私もご令嬢の鏡!


結果オーライ、みんなにきちんとアピールできただろう。


危うく人目のあるところで失禁するところだったが、それはオスカー叔父上のおかげで回避。

ただこの人が来たということはなにか碌でもないニュースが来たに違いない。



「おかえりなさい、おじさま。お迎えができず」

「気にしなくていいですよ。それに、レオンくん、今日の予定キャンセルできないものはあるか?」

「ありません」

「よし、それではお嬢様をお部屋まで、そのあとは一緒にいてあげなさい」

「はい」



駆け寄ってくる騎士たちをいなしながら、オスカーは私に視線を寄越している。


ああ、なに?もしかして私の心が折れてないか心配しているの?あなたともあろう人が?


恐らく今の私とおじさまの感想は一致している。

私を失望させないでちょうだい。



「お気遣いありがとうございます。おじさま、ですが」

「内輪揉めだ。表に出すつもりは無いよ、さあ、安心して、少しは休みなさい」



どうやら私がいないうちにやりたいことがいくつかあるらしい。

それなら私が一日、部屋でのんびりとしている間に邪推をしてもらおうじゃないか。


自分ばかりがいいようにできると思ったら大間違いよ、オスカーおじさま!



「おじさま、私、教養とマナーの先生に来週からきてもらうつもりだったのよ。今日はこのあと先生を選ぶためにリストを見る予定にしていたわ」

「それは、明日にしましょう。一日休んでください。レオン・ベルツ」



フルネームを呼ばれたからか騎士らしく踵を鳴らして返事をしたレオンが私の手をとる。



「はい。オスカーさま。

フローラさま、ここはオスカーさまと父上に任せて一度お休みしましょう」

「そうするわ、おじさま、エリアス、お願いしてよいかしら」

「今日ぐらいはゆっくり休まれてください」



魔道具を使って文字通り飛んできたエリアスがレオンに目配せをする。


うんうん、いい具合に守られるお姫様ね。


セーリャからきた手紙はオスカーによって拾われていた。

これからその解析ってわけね、オスカーもラングレー奥様とやり合っているみたいだから証拠になるかもしれないと期待しているわけだ。


周りの人目に今気がついたような反応をして涙を拭う。

そうよ!コンセプトは強がりなフローラちゃん。

みんなの前で涙なんか見せてないわよぐらいな気位を持って歩き去らないとそれっぽくないわ。



「ありがとう、レオン」



周囲の視線を遮るように私をエスコートする小さな騎士ナイトにお礼を言った。

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