第32話 鬼の居ぬ間になんとやら

鬼の居ぬ間に洗濯、まあ私がやる洗濯は服を洗うことではない。私が生き残って老衰まで安牌に過ごすための地固めのことだ。


よーしよし。今のところは順調だ。


予定外のイケメンと遭遇したり、義母が敵国の内通者だったり色々あるが、まあ順調だ。


大概乙女ゲームのヒロインは万能で超優秀な攻略キャラが味方になってくれて、物語内を無双する。

だが、悪役令嬢はその万能攻略キャラたちと直接やり合っていることがおおいだけにスペックは優秀である。

実力が拮抗したりしないと物語的にもつまらないものね。



「アントン、領内の商人の査定は、ルークルーズから戻り次第でよいかしら」

「もちろんです」

「エリアス、出発はいつになりそうかしら」

「明日の朝にはでれますが、本当に行かれるのですか」

「ええ、原因が私にすぐわかるとは思わないけど、実際に見に行き、専門家を派遣するぐらいならお父様にお願いできますでしょう?」



必殺!お父様にお願い。

まあ使いたくないが、威は借りられるときに借りておこう。


城内でお菓子を配っていて仕入れた情報だが、義母が色々と王都の屋敷で私の良くない噂を流しているらしい。まああまり接点はないが、状況的に義母に私をよく思ってもらうのはまず無理だ。

だが、その義母に周りが引きずられないように画策は必要になる。


私の没落&死亡ルートには大概、領民や使用人が関わってくるのだから。

ムーンフィストからの商人はいいように利用させてもらう。


これでもかと甘々な文面をしたためた義母へ送る手紙の末尾に『いとおしの娘 フローラより』と、こちらもあちらも微塵も考えていない文言を付け加える。

内容としては「お義母様がお好きと聞きましたので、隣国ムーンフィストのお菓子をお送りします。たくさん送りますので、妹弟や使用人にも分けてあげてね」といった内容だ。

事務的に書いた手紙をもう一通書きあげる。事務的な手紙の末尾は当然だが変哲もなく『フローラ・クロリス・ラングレー』と記名した。


これを表面上の言葉通りに受け取れば嫌われている義母との仲を良くしたいけなげな娘に見える。ついでに普通に買えば高いお菓子を私の予算から購入して送っているのだから使用人からの覚えもよくなる。

義母には最初から期待していないので、義母に渡す分と使用人の分はあらかじめ分けて送ってある。



「フローラ様」

「レオン、手紙の中身は見ないものよ」

「申し訳ございません」



手紙もお菓子も、領から送る物資に追加するように依頼した。

王都にいる使用人たちに悪印象をつけないように贈り物もした。


好きでもない人からでも贈り物をもらったら何か返さなければいけないと好意を持つようになるのは、今の世界でも前の世界でも一緒。

情けは人の為ならず、私のためである。

私の自己保身のためだ。今後も贈り物と気配りは必須項目となる。


「レオン!エリアスもアントンも仕事に向かったし、おやつにしましょう」


この手紙、王都の使用人の前にレオンに効いたかもしれいない。

どこか憐れむような歪な笑みを浮かべて、レオンがお茶会に応じてくれた。


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