第25話 執事

愛らしいドレスに着替えさせられたところで、親愛なる我が家は堅牢な城だ。不釣り合い極まりないが、切り替えのできないお子様でもない私は淑女らしく振る舞うことにした。

ここまで来て私を急に王都に戻したりしないだろう。


誘拐から表に一切でなかった2ヶ月間、私の話は貴族の口さがないやつらのネタにされているのだから、今後の私を有効に扱いたい父は守ってくれるに違いない。


準備を終えて部屋から出てきた私を見て停止しているレオンは、会場がわからない私のための案内役のはずなのに私を見ているだけで何も言ってこない。



「レオン、あなたがエスコートされたいのかしら?」

「いいえ、フローラさまを晩餐会場までお連れします」



令嬢のくせに髪が短いから女装してるみたいだとか思ってたな、こいつ。


ここ一日でレオンは意外とわかりやすいことが判明した。

フローラが極端に嫌われさえしなければ、父親がラングレー領主の腹心であるエリアス・ベルツである彼は寝返りはしないだろう。

まあエリアス・ベルツが実はラングレーを陥れるための…とかだったらレオンについては、もうどうしようもない。家族を裏切るほどにレオンを落とせる気はしない。


レオンが差し出してくれた手にエスコートされて、晩餐会場まで案内される。

まあ他の貴族がきているとは聞かないから恐らく1人晩餐ぼっち飯なんだろうけど、この家を預かる執事には会えるはずだ。



「アントン・ヴォルフと申します。お嬢様」



丁寧な礼でお出迎えしてくれたのは初老の男性だった。かつてはイケメンだったことがうっすらとわかる。



「はじめまして。挨拶が遅くなりました。私の受け入れ等、手続きありがとうございました。しばらく厄介になりますわ」

「明日からのご予定をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ええ。朝夕はレオンと共に護身を習う予定ですが、昼間のこの城の予定をお聞きしても?」



テキパキと女中に指示を出して私の食事の準備を整えながらアントンが答える。



「明日は武器および食品の商人が来る予定でございます。謁見の申し出は2名ございます」

「謁見、相手は私?」

「領主様不在のため、普段は執事の私が用件をお伺いし、領主様にお伝えしております」

「なるほど、私も同席しても良いかしら」

「問題ございません」



何しに謁見に来るかはわからないが、こんな堅牢な城にわざわざ来るのだ。なにか用件があるに違いない。

それに、戦のときは要となる補給を担っているだろう商人も会っておきたい。



「時間は?商人の来訪とは被らないのよね?」

「はい」

「では、商人の来訪も確認したいわ」

「承知しました」



アントンはプロ故の上っ面の貼りつけをできているが、どことなくアントンもレオンも引いている気がする。


そういえばこの2人はどちらも私が思い出す前のフローラを知っているのだろう。

それに我ながら年齢一桁の女児がこんなんだったら気持ち悪い。


まあ普通の女児をしていたらあっという間に殺されたり放逐されたりするから、麒麟児と触れ回ってもいいかもしれない。


義理の母親から嫌われる天才女児とか、目立つ上に同情が集まりそうな設定だ。

クーデレの上にそれを上書きしよう。


それでいて、自分がいなきゃダメだと、レオンに思い込ませるほどの大きな隙を見せておかないといけない。

さて何がいいか悩ましいところだが、レオンともう少し仲良くなってから考えよう。何が弱いのかはまだ全然わからない。


私は知識として味方の臣下に裏切られるのが手痛いのだと予め知っているのだから対策は必須だ。



「レオン、ご飯は?まだなら一緒に食べません?このご飯は余りそうだわ」



長いテーブルの上に山と盛られた明らかに多すぎる食事を指さして、淑女らしく小さく首を傾げて笑った。



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