第19話 女の戦い

オスカーのエスコートで戻った王都の家は相変わらず大きく、どこか牢屋のような荘厳さがあった。自宅に対してそういう感想を持つということは、私を思い出す前のフローラにとってもあまりいい場所ではなかったのだろう。

屋敷に着いたら猫を被ろうと思っていたのは私だけではなかったらしく、馬車を降りたらオスカーも神官面になっていた。さっきの悪い笑顔を見てからこれを見ると中々気持ち悪い。


さて、コンセプトは2度の事件巻き込まれて、表向きは気丈にするけど、内側は傷つきやすい繊細になった少女だ。いわゆるクーデレをやる。子どもの強がりなクーデレは庇護欲をくすぐるだろう。

クールなキャラからちらちら見えるデレが萌えを誘うとどっかの知り合いが言ってた気がする。


このコンセプトでやって虐めてくるのは、それこそ義母ぐらいだろう。

義母に好かれるのはもとより無理だとわかっているから、徹底的に争って、家の権力を掌握してやる。ともすれば、まずは使用人からだ。


降りるのを躊躇している私を見たオスカーは心得たと言わんばかりの、優しいいかにも神官らしい良い笑顔を浮かべた。それを侍女たちにわざとらしく見せないあたりが、彼もいい性格をしている。自然な様子で、さも自分が聖人君子のような優しい人格者だから行った行動ですよとアピールしている。


「お屋敷です。怖くありませんよ」


恐ろしいほどに私の意図を汲み取ったオスカーにエスコートされ、私室に向かう。打ち合わせもなしにここまで合わせてくるなんて思わなかった。心でも読んだの?むしろ、なんだこいつ、怖すぎでしょぐらいの感想が沸いてくる。


貴族の淑女の代名詞でもあるベールを被り顔をオスカーから背ける。まあ彼が協力してくれるならそれに越したことはない。


「な、何も怖くなんかない!」

「おや、それは失礼しました」

「まずは身だしなみを整えてというとこか?それともすぐに父上と面会か?」

「お嬢様、戻られたのですからもう修道士見習いのクロリスではありませんよ」


まだヒールすらついていない皮靴を鳴らして廊下を歩く。

傷心ゆえにクロリスという男装をするご令嬢ともなれば、今すぐハリスと面会というのは避けられるだろう。


ハリスと王妃と会うのはもっと家の情勢を抑えてからにしたい。今すぐにハリスと会うとなると、義母に露骨な嫌がらせをされる。嫌がらせレベルも誘拐や毒など、笑えるレベルから逸脱したものがやってくるのが想像に容易いのだから、今のフローラではあっさり死んでしまう。なぜなら、それを防ぐ盾の構築が終わっていないのだから。


誘拐事件から帰還した義理の娘にガッカリしてくれるお方だ。

もうこれ以上、すぐに生命を狙われる事態は御免こうむりたい。


誕生日パーティ誘拐事件も内部からの手引きがなければあんなボンクラが、貴族令嬢である私を誘拐できるはずがない。


加えて、あのエル襲撃の犯人が、父の手によるものか。義母の手によるものかはわかっていない。父の手であれば、単にエルを狙ったものと考えられるが、義母の手であれば、ついでに私を処分を狙ったものかもしれない。

エル誘拐の際にうっかり犯人が周りの子どもを害したことにするか、誘拐のその場に居合わせてエル誘拐幇助の嫌疑をかけて処刑させるか。金さえあれば、それが子どもだろうとこの世界ならできる。


「父上は一年、私をクロリスとして放置すると約束された。まだ一年になっていない」

「情勢が変化しましたからね。フローラ様もご存知でしょう」

「知ったからなんだ。知るのと納得し、服従するは別だ」


ラングレーを乗っ取ろうと、父の失脚そして私の暗殺を画策する義母には残念なお知らせになると思うけど、生憎私は可愛い令嬢さまではない。


それに、父も、叔父も。

かわいいにはほど遠いタヌキたちだ。


目を細めて私を見下ろすオスカーを真っ向から見返す。

黙ってればダンディないいイケおじだが、笑顔で腹芸をする立派な貴族だ。


「フローラ様は短期間で色々と学んでおいでだ。マリエッタ、控えているか」

「はい。オスカー様」

「お嬢様を、1時間後には兄上と面会の予定だ」

「かしこましました」


マリエッタには、温かいタオルで帰宅を歓迎された。そういえば、彼女は前もフローラの帰還を喜んでくれていた。もともと実母と関わりがある人なのかもしれない。フローラの記憶を探ってもいまいち関係性がよくわからないけど、味方につけないといけない人間だからこれからたくさん聞きだしていこう。


「おかえりなさい、お嬢様」


暖かなタオルから伝わる温度がじわりと冷えた指先をほぐしていった。

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