第18話 羊の皮を被った神官

藍色の、未熟な修練中を示す色を着た修道士のお兄さんがいつものように私たちに算術を教えているところだった。

神官を表す真っ白な法衣が翻る。


それに驚きと敬愛を持って迎えたのはマルクだけ。


胡散臭い貼り付けられたような笑みに半眼で対応してしまうのは私もエルも幼い証拠だろうか。もう少し貴族らしく笑顔で迎え入れないといけなかったかもしれない。



「クロリス、あぁ、いたね。お話があるんだ」

「次は神学です。休憩はまだ先になります」

「いいんだ。家元からの連絡があるからね」



エルと目を合わせる。

さあ、学園に行ってから彼が気が付いてくれるかはもうかけるしかない。

マルクが身内に殺されるということを君が気づいてくれないとどうにもならないからね。


引き寄せた偶然を十二分に使って私は布石を打って、情報を集めた。

わずか2ヶ月にしてはいい仕事ぶりだったと思う。学んだことも多い。



「わかりました。エル、マルク、またあとで」

「剣術までには戻って来いよ。クロリスがいないと延々と素振りだ」

「基本の素振りと受け身は大切だよ。いざというときに味方の生存率を上げるためにも必要だからね」



これまで色々と教えてくれた修道士にお礼を言って、時間は短くも思い出深くなった教室をあとにする。


目の前に垂れる銀の縁どりのされた白い法衣を追いかける。


次々と日課に勤しむ修道士たちを横目に入口に向かう。やはりこのまま帰るらしい。

荷物はきっとあとから送られてくるだろう。


来なくても、重要な荷物は手元にある。


それにしても。

目の前を歩く男性を見上げる。神官と思えないほどに鍛えられている腕が見える。

この人もなかなか癖がある神官だった気がする。没落するラングレー家を高笑いして追い詰めるのは確かこの人だ。



「つかの間のお遊びはお楽しみになれましたか?」

「帰って来いってことね。あなた、わざわざ王都から私を連れ戻しに来たの?

お父様とは一年のお約束をいただいていたと思っていたけど。私が知らないうちに一年は60日程度に短くなっていたのね。知らなかったわ」

「おやおや、お嬢様はこの短時間で成長されたようですね」

「あら、ごめんあそばせ。あなた好みの貴婦人でございましょう?」



振り返り私を見下ろす男は、私と同じ色合い。

銀の髪、緑の目。父と似通った風貌だが父よりも綺麗だ。祖父が溺愛した娼婦の息子、妾腹の子ども虐げられて育ったと裏設定があったはずだ。

恐らく彼は私からしたら叔父になるはずだ。


父の弟、武力を持たれるのが怖かった父が、彼を神官にした。



「フローラ様はこの短期間で色々あられたようすだ」

「色々と学んだのよ。おじさま」

「そのようですね」



口元を薄く緩めた彼が丁寧に、修道院前に置いてある紋章を消した馬車に私をエスコートする。

御者として座っている髭の男、ヒードルフは長年ラングレー家に使える使用人だったはずだからこの馬車は一応ラングレー家のものらしい。



「修道院に乗りつけるのに紋章付きのままくるわけいきませんからね」

「一年待ってくだされば良かったのに」



深いため息をついて、示された場所に座る。

叔父、オスカーが出発するよう指示をすると緩やかに馬車が動きはじめた。本当にこのまま帰るらしい。

そんなに魔力持ちの娘が重要か。



「まさかエレン皇子とともにいるとは思ってませんでしたよ」

「ええ、私もまさか皇子とともに過ごすとは思っても見ませんでしたわ。有意義に過ごさせていただきました」

「おや、折角第三皇子と仲を深めていただいたのですが、感情に頼らずとも王妃になれますよ」



思ったより話が来るのが早かった。

一応、お父様の方から話を聞かされると思っていた。まさか叔父から聞かされるとは思ってなかった。


この人も怪しいから、どこまで話していいものか。

探るように深い緑の目をのぞきこむが、胡散臭い笑顔は張り付いたままだ。

彼とこういうのでやり合うには私はまだ未熟らしい。


さっさと諦めて予想を提示した。

それに☆恋の本編が始まる前にハリスと悪役令嬢フローラは婚約していたはず。まさかこんな10歳にもならないガキの頃とは思ってなかった。



「ハリスね」

「おやおや、本当にその情報網は驚きますね」

「私が魔力の発現をしたから、お義母様の反対を押し切ってお父様が決めてきたのでしょう?

父からすれば、私が嫁ごうと妹が嫁ごうとどちらでもよろしいですもの」

「お嬢様にとって、いい経験だったみたいだ」



くつりと喉を鳴らして笑う叔父は酷く愉快そうだ。

フローラのことは少しだけマシに見ていた描写があった彼だが、別に味方だった訳では無い。

家族に虐められる彼女に自分を投影して、同情していただけだ。


いつか父を殺そうと策略していた彼が味方になれば楽になる。

ラングレー家没落のための証拠をせっせと抑えていたのは彼だった。



「それで、あなたは?」

「わたし?」

「望みはなにかしら?仮にもラングレー家、お金ではないわね。そうね、自由かしら」



そういうと彼の目は細められた。

彼の望みの片方は自由、そしてもう1つは家庭教師だったルイーズを探すこと。ルイーズはただ一人、オスカーという個人を愛した人間だから、オスカーは執着する。



「お嬢様は?」

「私ののぞみ?」

「お嬢様はどうやら私の望みをご存知のようだ」

「わかりやすいもの、あなた」

「はじめて言われましたよ」



貴方の裏設定を知っていましたなんて非常識は言わず、幼女らしく唇を尖らせた。



「それに私の望み?そんなの決まってるじゃない。楽しく、なにより幸せになるのよ」

「それは、面白そうですね。お姫様」



神官とは思えない邪な笑顔で彼は笑った。





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