第17話 贈物
朝になって冷静に考えればマルクを失うのがマズいと気がつけただけ良かったと前向きな解釈ができるようになった。
そうだ。
知らないままうっかり国ごとBADルート突入するよりマシだ。
つまり、私はヒロインに第三皇子ルートを歩ませないといけない。
だが、第三皇子ルートでラングレー家は皇子エレンが皇太子になることで、それまでの悪事等色々と暴かれて没落する。
だが、今はどうだ?
エルは楽しそうに木剣を振り回している。
その剣を受け流す。まともに受け止めたら今の私の力では弾かれてしまう。
エルはクロリスをラングレー家のものとわかって、仲良くしている。
「難しい顔してどうした」
「誰のせいだ、誰の」
「いいじゃん。クロリスなら裏切らないだろ?」
涼しい顔して手首の痣を見せてくるエルはクロリスを身内として扱っている。
魔力が大きければ、例え分家だろうと近いうちにラングレーの中枢に食い込むと見越してだとしても、信頼は充分だ。
クロリスを信じてくれさえすればそれでなんとかなる。
「これは破れないぞ」
「知ってる。そっちじゃない。どう、私の家を攻略するか悩んでいる」
「へえ」
エルの振りかぶった攻撃を流しきれずに鍔迫り合いになる。
私たちの試合を傍で見学しているマルクが「白熱し過ぎちゃダメだよ!」と声をかけてくれているが、白熱しているのは試合ではなくて思考だ。
「エル、私は嫡子、今の当主の長子だ」
「は?」
「後妻に疎まれて家から干されている。それがラングレーを掌握したら、取り立ててくれるか?」
「なるほど」
なにか考えはじめたエルの木剣を無理矢理押し込んで、反動を使って後ろに跳ぶ。
「面白い」
「エルも強くなってきたね」
はじめは圧倒的に私が強かったのに、体力と腕力の差は恐ろしいほどにその差を縮めてきた。
再度、エルは私に向かって踏み込んでくる。
「それで?」
「私はおそらく近いうちに家に戻される。王都だ。領地ではない」
私が魔力を発現したのはすぐに連絡が行っているはずだ。
1ヶ月もすれば連絡が往復する。
そろそろ家から使者が来てもおかしくない。
「俺にどうして欲しい」
足払いをかけるが、飛んで避けられた。
接近して私からも攻撃を仕掛けるが、エルはそれを木剣で受けきる。
「スターシア学園、入学したらシャーロット・ベイカーと仲良くなれ」
「ベイカー?いたか?そんな貴族」
「庶民だ。私よりも強い魔力をもつ2属性持ち、偶然あった」
距離をとって、再度振りかぶる。
「それで?」
「あとは考えろ」
私の攻撃を避けたエルが下から木剣を振るってくる。いいセンスしてる。
それを足で押さえつけて木剣から手を離させて、私の木剣をエルの首に突きつけた。
「私の勝ち、勝ち越しだね」
「ったく。相変わらず強いな、クロリス」
「この勝ちは有難く貰っておくよ、エル」
木剣を踏まれた反動で体勢を崩したエルに手を差し出すと遠慮なく掴まれた。
立ち上がるのを補助するために差し出した手を引っ張られてエルの方に倒れ込む。
眼前に迫るエルの顔をなんとか避けて、頭突きだけは免れた。イケメンの顔に頭突きキメて何が楽しいのか。
ため息をついた私の耳元でエルが囁く。
「お前も学園に最有力候補として来いよ」
「いたいけなクロリスを口説くからなあ、どうしようかな」
「惚れさせてやる」
「楽しみだね」
売り言葉に買い言葉、ちょっとした子どもの遊びには若干過激だが、私のことを忘れないように刻むならこれもいい手だろう。
「エル」
あどけない幼い子どもだが、将来は美人になることを約束されている顔立ちだ。子供のときだけ可愛い種類の整い方をしていない。
空いている左手でエルの肩に手を置いて、額にキスをした。
「おまっ」
「なんだ。威勢がいい割に普通だね、エル」
大人気なく楽しくなってきた。私だって楽しんでいいはずだ。
恋愛ゲームとして描かれたこの世界、イケメンが現れるなら私だってちょっとしたご褒美ぐらい欲しい。
そんな理不尽な欲望を包んで、子どもらしく慌てたエルを見下ろして笑った。
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