第17話 贈物

朝になって冷静に考えればマルクを失うのがマズいと気がつけただけ良かったと前向きな解釈ができるようになった。

そうだよね、知らないままうっかり国ごとBADルート突入するよりずっとマシだ。欲を言えばもっと味方を増やしたいところではあるけど、ないものねだりだろう。


ただこれで一つ分かったことがある。私はヒロインに第三皇子エレンルートを歩ませないといけない。第三皇子エレンのルートはヒロインと付き合い始めたエレンが立太子していくルートのため、当然といえば当然だがライバルである第二皇子を推すラングレー家は没落する。もうすごく平たく感想を言えば、ふざけんなといったところだ。


そんな考えごとをよそに、私たちは今日も修道院で見習いらしく木剣を振り回している。エルが振り下ろしてきた木剣を受け流す。まともに受け止めたら私の非力な腕力を考えたら、私の剣が弾かれてしまう。


でも、今のエルはクロリスをラングレー家のものとわかって、仲良くしている。それであれば、お家が没落しても命までは奪いに来ないのではないだろうか。


ラングレー家は国境の守りであることから、家が安定していても信頼を得ていても命の危険から遠いというわけにはいかない。それならラングレー家を没落させて、命だけ助けてもらって市井に放り込んでもらうのが一番無難ではないだろうか。


「難しい顔してどうした」

「誰のせいだ、誰の」

「いいじゃん。クロリスなら裏切らないだろ?」


涼しい顔して手首の痣を見せてくるエルはクロリスを身内として扱っている。魔力が大きければ、例え分家だろうと近いうちにラングレーの中枢に食い込むと見越してだとしても、信頼は充分だ。その信頼を逆手に使えばなんとかなりそうと、算盤をはじく。


クロリスを信じてくれさえすればそれでなんとかなる。


「これは破れないぞ」

「知ってる。そっちじゃない。どう、私の家を攻略するか悩んでいる」

「へえ」


エルの振りかぶった攻撃を流しきれずに鍔迫り合いになる。

私たちの試合を傍で見学しているマルクが「白熱し過ぎちゃダメだよ!」と声をかけてくれているが、白熱しているのは試合ではなくて思考だ。


「エル、私は嫡子、今の当主の長子だ」

「は?」

「後妻に疎まれて家から干されている。それがラングレーを掌握したら、取り立ててくれるか?」

「なるほど」


なにか考えはじめたエルの木剣を無理矢理押し込んで、反動を使って後ろに跳ぶ。


「エルも強くなってきたね」


はじめはこの稽古で圧倒的に私が強かったのに、体力と腕力の差は恐ろしいほどにその差を縮めてきた。再度、エルは私に向かって踏み込んでくる。


「それで?」

「私はおそらく近いうちに家に戻される。王都だ。領地ではない」


私が魔力を発現したと、家元にすぐ連絡が行っているはずだ。もとより神へ差し出した、つまり家から追い出した追放でない戻る予定の客人扱いの貴族ともなれば、連絡も早かっただろう。いくら技術が発達していないこの世界でも、もうじき連絡が往復する。そろそろ家から使者が来てもおかしくない。


「俺にどうして欲しい」


足払いをかけるが、飛んで避けられた。接近して私からも攻撃を仕掛けるが、エルはそれを木剣で受けきる。搦手にも反応されるのは予想外だ。


「スターシア学園、入学したらシャーロット・ベイカーと仲良くなれ」

「ベイカー?いたか?そんな貴族」

「庶民だ。私よりも強い魔力をもつ2属性持ち、先日偶然出会った」


距離をとって、再度振りかぶる。


「それで?」

「あとは考えろ」


まさかその庶民を娶るために頑張っていちゃいちゃしろなんて、この貴族階級が存在する世界で、貴族位をもつ私から言ったら謀反を疑われる。せいぜいが愛妾だろうといわれておしまいだ。でも、ここは乙女ゲームの世界。ヒロインはきちんと聖女として、身分階級を駆け上がってくる。


私の攻撃を避けたエルが下から木剣を振るってくる。いいセンスしてる。

それを足で押さえつけて木剣から手を離させて、私の木剣をエルの首に突きつけた。


「私の勝ち、勝ち越しだね」

「ったく。相変わらず強いな、クロリス」

「この勝ちは有難く貰っておくよ、エル」


木剣を踏まれた反動で体勢を崩したエルに手を差し出すと遠慮なく掴まれた。小さくて熱い掌、画面の向こうの二次元のキャラクターに温度があることを知って、落ち着かない。


立ち上がるのを補助するために差し出した手が反対に引っ張られてエルの方に倒れ込む。眼前に迫るエルの顔をなんとか避けて、頭突きだけは免れた。イケメンの顔に頭突きキメて何が楽しいのか。ため息をついた私の耳元でエルが囁く。


「お前も学園に、次期当主の最有力候補として来いよ」

「いたいけなクロリスを口説くからなあ、どうしようかな」

「惚れさせてやる」

「楽しみだね」


売り言葉に買い言葉、ちょっとした子どもの遊びには若干過激だが、私のことを忘れないように刻むならこれもいい手だろう。


「エル」


それ以上の言葉を継げず、名前だけ呼ぶ。

今はあどけない可愛らしい子どもだが、将来は美人になることを約束されている顔立ちだ。子供のときだけ可愛い種類の整い方をしていない。


空いている左手でエルの肩に手を置いて、額にキスをした。


「おまっ」

「なんだ。威勢がいい割に普通だね、エル」


大人気なく楽しくなってきた。私だって楽しんでいいはずだ。恋愛ゲームとして描かれたこの世界、イケメンが現れるなら私だってちょっとしたご褒美ぐらい欲しい。そんな理不尽な欲望を笑顔で包んで、子どもらしく慌てだしたエルを見下ろした。

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