第16話 夢現

まただ。


わかっていても起きることができない悪夢。悪夢なのに穏やかに兄妹の幸せを祈る優しい兄の姿を見る。

私が奪った彼らの日常、シャムが見せた幸せの日々の欠片がより私を締め付ける。



「っ」



迫り来る鈍色の輝き、金臭い独特の香りがあるはずがない臭いを思い出して、深く息を吐き出した。


中身がどんなに老成していてもいたいけな幼女にはやはり誘拐事件と比較的仲良くしていたフランクさんの死はトラウマになるのに十分だったらしい。

夢のはずなのに、現実のように感じる嫌な夢を見た。


時計を見れば起床まではまだ時間があるが、とてもではないが寝れない。

本当に神様がいると思っている訳では無いが、何かにすがりつきたくなるときにちょうどいいところに私はいる。


子ども用のスモッグを寝巻きの上から被って、女神像のある教会に向かう。


夜の修道院は静まり返り、より神聖さを増している気がする。

灯りをつける魔道具を片手に歩く。



昼間の倍以上歩いた気分でたどり着いた教会は昼とは異なる夜の美しさを魅せる。



淡い月の光でステンドグラスは仄かに彩りを落とす。昼に見る女神は優しそうに微笑んで見えるが、夜の女神はどこか悲しげに見える。

その方が今の私の気分に合っている。


指を組んで膝をついて祈る。


安らかでありますように。

私に幸福が訪れますように。



「クロリス」

「マルク、夜遅くにどうしたの?」

「クロリスこそ、泣いてるの?」



は?


慌てて目元を擦るが特に涙は流れていない。

マルクの勘違いだ。



「泣いてないよ。どうして?」

「いたい?つらい?」

「いや、あの」



いたいけな天使が話を全く聞いてくれない。

しかも悪意がないと見た。対応に困る。



「表面じゃないよ、こころ。魔力が悲しいって言ってる」



言っている意味がわからない。


魔力はそれぞれの人間の性質を表す特性をもつ力だ。

氷の魔力のおかげで、私の髪は銀色だ。

癒しのマルクは白、魔力の性質が3つ以上のエルは黒に見える。


でもそのときのその人の状態を魔力で感じるなんてことは聞いたことがない。

ちょっと眉を寄せて考えるが、関係ありそうでなさそうな疑問がでた。


癒しの力が強力なだけで、わざわざ教会派の皇子の傍に庶民を置くか?


強固な身分制度があるこの世界で。

比較的寛容な国であるスターシスだとしても、身元がよくわからない庶民の子どもを皇子の傍に侍らせるかと考えたら不自然だ。



「まさか、女神の加護?」

「え」



露骨な「言ってしまった!?」と言わんばかりの表情のマルクから色々と悟った。


女神からの賜り物とされている魔力を力として現出させなくても汲み取ることが出来る聖女が持っていたとされる能力がマルクにある。

その力は穢れた魔力を清浄に癒し、飢饉の前兆を掴み、枯れた草花を再生させるとまで言われる奇跡の力だ。


余計なことを知ってしまった。


エルがマルクを大切にするわけだ。

まあそれが行き過ぎてエレマルなんて扉があちこちで開かれるわけだが、そんなことはどうでもいい。


これは皇子なんかよりずっと大切なはずだ。

それを知らずにマルクを失うと国が飢饉や魔力の穢れが起きて国の危機が訪れるのか。

だから第三皇子ルート以外で国の危機が起こる。

それ以外のルートはエレンの元からマルクが離れるもしくはマルクが死んでいる。

マルクが生きているマルクルートはヒロインとマルクの愛の力で持ち直すが国がダメージ受けることには変わりない。



「なるほどね。余計なことを知ってしまった」

「え、あの、ナイショだよ」

「当然だ。クロリス、約束の意味がわかったか?」

「約束がなくても護るしかない。エルよりマルクの方が重要だなんて思いもしなかった」

「それを知るのはこの場にいる俺とクロリス、そしてもう一人だけだ」



どこかに隠れていたらしいエルがため息をつきながら私に話しかけてくる。



「お前、頭キレすぎ。どんな構造してんだ」

「え、エル、ごめんなさい」

「怒ってない。でも気をつけろ」



マルクがエルに寄り添ってしょんぼりしている。

もう1人が気になることは気になるが、これ以上余計なことを知りたくない。

完全に巻き込まれだ。


エルがマルクの手を握り、空いたもう片方の手で頭を撫でている。マルクもちょっと凹んでいた表情から嬉しそうな表情に変わっている。


はいはい、リアルなエレマルごちそうさまです。



「夜も遅い。部屋に帰ろう」



朝起きたら夢でしたとならないかと思いながら、2人の手を引いて部屋に向かって歩き出した。


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