第11話 聖フローラ祭
今は表立って名乗っている名前がクロリスだからいいけど、元々のフローラを名乗り出してからこのお祭りに参加するのは絶対苦行だ。
あちこちで聖女フローラ様を讃える声が聞こえて、その名前が呼ばれる。顔すらも覚えていないフローラの実母を呪いたくなる。なぜ聖女と同じ名前を付けたんだ。深々と溜息を吐いても誰も怒るまい。
「クロリス、どうしたの?」
「なんでもないよ。マルク、交代するよ」
「えー、まだ大丈夫。頑張れるよ」
「まだ頑張れるうちに、休んで、あとでもっと大きな戦力になってもらうんだよ!」
「そっかー!なら、1回、クロリスに任せる」
マルクが休憩用のテントに向かったのを手を振って見送る。それを仕向けたエルを見やれば、ギュッと怖い顔をしていて、私と二人で話したいと言ってきた内容に察しがつく。
察しはつくけど、こんな子ども同士で一体何を話すつもりか。仮に派閥や思想を語ったところで、ここでできることなんてほとんど無いに等しい。
「クロリス、お前はメイヨーか?ラングレーか?ニコレッタか?」
案の定、エルは国内で有力の貴族の名前を上げて直球で聞いてきた。まあこんな子どもにまだ駆け引きなんて無理か。
単にこれは家名を聞いているわけではなくて、派閥を聞いてきている。
第1皇子シャナクの母親がメイヨー、第2王子ハリスの母親がラングレー、第3王子エレンの母親がニコレッタだ。
3つとも後ろ盾になっている有力貴族の名字だが、メイヨーはラングレー家に挑んで負けた。
最後の望みだった第1皇子シャナクを他国へ人質として出されてしまうことすら阻むことができないほどに弱体化している。
「エル、修道院を出ていても、私たちは今藍色の修道服をきて、修道院の手伝いをしている。名字を聞くのはタブーだ」
「この3家を聞いて貴族とすぐにわかるぐらいの家の出なんだな」
「貴族なら誰でも知ってる家だよ。今の渦中はその家だから」
私から望む答えを引き出せなかったからか、悔しそうに唇を噛むエルを横目に客引きをする。
「レイレル修道院の御加護です」
「クロリスは、俺たちを殺すか?」
後ろにいる大人の修道士は私が今引き寄せた客の対応でこちらを聞いていない。まだエルは機密や秘密の意味がわかっていないらしい。
こんなに多くの人が行き交う場所でそんな話をするべきでないと判断ができないとみた。
「そんなことしないよ。私は私の身を守るだけで精一杯」
「それなら、お互い一つ約束したい」
「なにを?」
「マルクを殺さないでくれ」
ぎゅっと手をにぎりしめてエルは懇願する。薄らと膜を張った瞳からその本気さと切実さが伺えて、よくわからなくなる。
その言葉は想定の範囲外だ。なんでエルが皇子であるシャナクでも、自分でもなく、なぜマルクの身を案じる。
マルクは癒しの力を持つ数少ない魔力保持者だとしても、癒しの力を持つ人自体はほかにもいる。皇族でも、家族でもないマルクをどうしてそこまで案じる。
マルクが危険になるのはヒロインがハリスルートを辿ったとき、教会がハリスを暗殺するためにマルクを使う。
そしてヒロインがハリスルートで成功すれば、マルクは皇族に対する反逆罪で捕まり、何かを話す前に教会に殺される。要はトカゲの尻尾切り。貴族文化のある世界なら定番と言って過言では無い処置だろう。
でもエルの約束は、私がマルクを害さないことだ。マルクを死なせないように守ることではない。それなら理由は一旦さておき、私に害はない。
第2皇子ハリスルートで発生するマルク暗殺も、命令を発するのも、受けるのはラングレーではない。教会が主格で、実行は教会の下請けだろう。仮に教会内で完結しないにしても、ギルドを介して荒事を得意とする平民がこなす。ともなれば、今のエルとの関係値を考えるに承諾しても特に問題は起きない。
「いいよ、約束する」
せっかくの機会だからこちらからも条件を出そう。もちろん私の保身のため、クロリス=フローラにはならないから、この約束はいつか使えたらいいなぐらいの弱くて薄いものだけど、手はいくつあっても困らない。
「そうだな。じゃあ、私は私が拒絶したときに、無理やり領地に戻さないことを約束して欲しい」
私が死ぬルートの場合、ほとんどが領地で死ぬ。ラングレー領で起こる事件の最中で没落兼死亡が圧倒的だ。
死んでなければなんとかなる。
「お前も、家に嫌われているんだな」
「約束、いや契約は成立だね?」
「あぁ。我らが神に、尊き約束は我らが魔力で護ろう」
エルが右手を差し出した。約束の証と思って、同じように手を差し出すと、お互いの腕を覆うようにふわりと白い魔力が浮いて見えた。それが淡く光を持ってクルクルと回る。
知識として知っていたけど見るのは初めてだ。まさか約束を魔法で縛る、契約魔法をエルが既に使えるとは思ってなかった。
お互いが握った右手首に約束の証、ブレスレットのような模様が浮かんだ。
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