第11話 聖フローラ祭
今はクロリスだからいいけど、フローラになってからこれは絶対苦行だ。
あちこちで聖女様を讃える声が聞こえて、その名前が呼ばれる。なぜ同じ名前を付けたんだか。
「クロリス、どうしたの?」
「なんでもないよ。マルク、交代するよ」
「えー、まだ大丈夫。頑張れるよ」
「まだ頑張れるうちに、休んで、あとでもっと大きな戦力になってもらうんだよ!」
「そっかー!なら、1回、クロリスに任せる」
マリクが休憩用のテントに向かったのを手を振って見送ってから、私と二人で話したいと言ってきたエルを見やる。
真っ黒な髪は幼児ながらに整った顔を程よく隠して絵画のように完成されている。
5歳児同士で一体何を話すつもりか。
できることなんてほとんど無いに等しい。
「クロリス、お前はメイヨーか?ラングレーか?ニコレッタか?」
エルは国内で有力の貴族の名前を上げて直球で聞いてきた。
まあ5歳児に駆け引きなんて無理か。
ちょっぴりため息をついて、緊張していた気分を飛ばした。
単にこれは家名を聞いているわけではなくて、派閥を聞いてきている。
第一皇子シャナクの母親がメイヨー、第二王子ハリスの母親がラングレー、第三王子エレンの母親がニコレッタだ。
3つとも後ろ盾になっている有力貴族の名字だが、メイヨーはラングレー家に挑んで負けた。
最後の望みだった第一皇子シャナクを人質にされてしまうことすら阻むことができないほどに弱体化している。
「エル、修道院を出ていても、私たちは今藍色の修道服をきて、修道院の手伝いをしている。名字を聞くのはタブーだ」
「この3家を聞いて貴族とすぐにわかるぐらいの家の出なんだな」
「貴族なら誰でも知ってる家だよ。今の渦中はその家だから」
悔しそうに唇を噛むエルを横目に客引きをする。
「レイレル修道院の御加護です」
「クロリスは、俺たちを殺すか?」
後ろにいる大人の修道士は私が今引き寄せた客の対応でこちらを聞いていない。
エルは機密や秘密の意味がわかっていないらしい。
こんなに多くの人が行き交う場所でそんな話をするべきでないとまだ判断してくれない。
「そんなことしないよ。私は私の身を守るだけで精一杯」
「それなら、お互い一つ約束したい」
「なにを?」
「マルクを殺さないでくれ」
ぎゅっと手をにぎりしめてエルは懇願する。
なんでこの年齢のエルがシャナクでも、エレンでもなく、なぜマルクの身を案じる。
マルクは癒しの力を持つ数少ない魔力保持者だとしても、癒しの力を持つ人自体はほかにもいる。
皇族でも、家族でもないマルクをどうしてそこまで案じる。
マルクが危険になるのはヒロインがハリスルートを辿ったとき、教会がハリスを暗殺するためにマルクを使う。
そしてヒロインがハリスルートで成功すれば、マルクは皇族に対する反逆罪で捕まり、何かを話す前に教会に殺される。
でもエルの約束は、私がマルクを害さないことだ。
マルクを死なせないように守ることではない。
「いいよ、約束する。私は何かあったときに領地に戻さないことを約束して欲しい」
私が死ぬルートの場合、ほとんどが領地で死ぬ。
それ以外はシャナクの留学だ。
それならシャナクについて行かないと一言いえば回避出来る。
死んでなければなんとかなる。
「お前も、家に嫌われているんだな」
「約束、いや契約は成立だね?」
「あぁ。我らが神に、尊き約束は我らが魔力で護ろう」
エルが右手を差し出した。
まさか魔法で縛る契約魔法をエルが既に使えるとは思ってなかった。
お互いが握った右手首に約束の証、ブレスレットのような模様が浮かんだ。
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