第10話 聖女フローラ

鍛錬の時間の合間にマルクから言われた単語の不釣り合いさに瞬きをする。静謐な修道院と繋がらない単語だった。


「え?お祭り?」

「そ!聖女のための祭り、本来は王都で派手にやるもんだけど。まあその派生をこの修道院でもやる」

「クロリスは初めて?とても楽しいから、3人でまわろうね」


エルとマルクから説明を受けて、中庭に置いてある聖女の像を見上げる。教会の祖とされる聖女フローラ、邪悪な力を祓うために彼女は聖地で祈りを捧げ続けていたと言われている。


もはや今ではその聖地がどこかすら知られていないが、聖女様が家族から離れたその聖地でも楽しく過ごせるように始めたお祭りらしい。

もしくは邪悪な悪魔を倒した祝いが起源とも言われている。もう今は起源が忘れられて、ただ騒ぐだけのお祭りになっている。こういうのはお祭りあるあるだろう。


「まあ経済的に悪くないのかも」

「クロリス、難しいこと考えるのが好きなんだね」

「経済って、クロリス、お前」

「修道院では生まれを聞かない約束。私もエルやシャナクさんのことを聞かない」


悔しそうに黙ったエルを見る限り、返答が乙女ゲームとして好感度を上げるという面で考えれば、ハズレだったことは明快だけど、私はヒロインではないから関係ない。

どちらにしろ、私はフローラであってクロリスではない。修道院を出たら、クロリスは直ぐにいなくなるのだから。


「あのね!僕らもお店やるって」

「お守りとかだろ?」

「うん、先輩たちが作ったお守りとかを授けるらしいよ」

「そうなんだ」

「うんうん、そうなんだよ。楽しみだね」


商売が上手いなと好々爺然とした修道院長を思い浮かべる。店頭にこの天使がいたら世のおばさまたちはイチコロだと思う。


ニコニコと笑うマルクを見て、エルは少しだけ表情を崩す。エルも素直に楽しめばいいのに。

何か作ったりしたら、憂鬱そうなエルの気も晴れるかもしれないと思ってマルクに問いかけた。


「私たちは何も作らないの?」

「当日、お店で呼び込みをしてくれたら十分だよ」

「シャナク!」

「よ!チビズ」

「チビっていうなし!」


エルが名前を呼び捨てて、突撃してもシャナクは軽々とエルを抱き上げて、姿勢は揺るぎない。設定では他国で人質にされていた薄幸の皇子だけど、自らの地位を築くべく腹黒く動いていたに違いない。ため息を吐いても状況は特に変わりない。


シャナクによしよしと抱えあげられたエルはとても満足気だ。シャナクルートは他の皇子ルートに比べて、かなり物騒だった。

トゥルーエンドを迎えるためには、ヒロインが武力の数値を必要とするぐらいスリリングだった。


「シャナクさんはどこかに行かれるんですか?」

「ああ、クロリスは知っているだろ?」

「……お祭り?」

「そんなわけあるかっ!」


旅装、横には大きな荷物があればどこかに行くぐらいはわかるが行先までは察せない。

まあ物語を知っているから、たぶん人質として隣国に向かうのかなぐらいはわかるが、私が中に入っていないクロリスなら知らないはずだ。


怒っている様子のエルを見る限り、エルはシャナクが貴族派の策略で人質として他国に行くことを知っているのだろう。


「だって今、マルクとお祭りの話してた」


子どもの見た目を十分に使わせて貰おう。

ぷくーっと頬を膨らませて不満げな表情をすると、何かを考えたのだろうシャナクがエルを抱えたまましゃがんで私とマルクを呼んだ。


「ほら、おいで。しばらく会えないから」


シャナクはこの動作が好きなんだろうか…。両手を広げて、子どもを待ち受けるお父さんのような格好をしたシャナクを見て戸惑う。


ヒロインで見たシャナクルートのスチルでも似たような動作を似た覚えがある。

まあ今は子どもを一人抱えた世話好きなお兄さんが手を広げて微笑んでいるだけだ。一見、無害だ。


「どこか遠くに行くの?」

「お祭り、しないの?」


マルクの問いかけの後に、続けて子どもらしい言葉を羅列する。

このぐらい良いだろう。見た目なら私もこのキッズたちと変わらない年齢に見えるし、私のプライドがへし折れて、何かに敗北したような嫌な感覚を堪えるだけでいい。


マルクと一緒にシャナクさんに抱きしめられると、二人とも香水なんか付けているわけがないのにいい匂いだ。

攻略キャラは存在が反則だ。条件反射で素敵だと思うような魅力が兼ね備わっている。


「私は人を人として扱わない貴族の残酷さを忘れない。そのときが来れば、容赦はしない。君がシロならこれは忘れてくれ」


耳元で囁かれた言葉に肌が粟立つのがわかった。シャナクは完全にクロリスが貴族側の人間と思って脅してきてる。幼児相手でも容赦しないな。早く実力を付けなければと、焦りが生じる。


「心残りはあるけど、また今度ね」

「シャナク、本当に行くのか?」

「お祭り終わってからじゃダメ?」

「マルクはいつまでお祭りの話をしてんだよ」


そんな平穏なやり取りをする二人の頭上から私をじっと観察するシャナクに対して、目を何度も瞬きさせて「なんのことがわかりません」というアピールをした。

まあシャナクはそんなものを信じないだろう。


やらないよりマシってやつだ。


私もこの世界が私の都合に合わせてないことを知っているから、信じていない。


「御加護がありますように」


出立するシャナクに対して、3人、年少組は習ったばかりのお祈りの姿勢で旅の安全を祈った。

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