第9話 建国神話
フローラと"私"の意識が混在しているせいで、本来はここにあるはずのない言葉を書けるのは便利でいい。盗み見されて困るものを他の人が読めない文字で書いてメモしておけば、漏洩の危険にハラハラせずに済む。
どこか聞き覚えのある建国神話を聞きながら、覚えている限りのこの世界を書いていく。
この世界には魔法がある。
数多くの属性があるが、魔法が使える者を貴族として取り立てていた国の成り立ち上、貴族の方が魔力が多い。
魔法が前提とされた貴族制度がある国で、教会と皇家に溝がある。それが☆恋の舞台になる国の現状だ。
まずフローラのラングレー公爵家は有力貴族で第2皇子の母親はラングレー当主の妹。だからフローラは第2皇子と従兄弟関係にある。当然ながら第2皇子も攻略対象、貴族派の勢力から推される皇子で、そのうちマリクから命を狙われる。
☆恋の時間軸では、次の皇帝として第2皇子と第3皇子エレンが争うことになる。
第2王子は貴族派閥として、第3皇子は教会派閥として。つまりらそこでお気楽に寝ているエルは教会の有力者の娘の子どもだ。だから教会派から押される皇子だ。
まあこっちに関してはシャナクと違って、幼い頃に教会に預けられるのは納得。教会派閥の象徴として育てられてるのに、エレン本人が教会に親しみを持ってないなんて珍事にはしたくないだろう。
「建国神話についてよくわかったかな?」
「はい。でもなぜそのまま神様が世を治めなかったのか、不思議に思います。もしくは聖女と勇者、8人で治めたら争いの元は残らなかったと思います」
この国の建国神話はすごく適当だ。
シナリオライターも裏設定するならもっと考えてよと今なら思う。でも恋愛ゲームでしかない「☆恋」ではどうでもいいところだったんだろう。
神様が居ました。
神様は世界を作りました。
神様は世界を眺めて、楽しそうに過ごす動物たちを羨ましく思いました。
神様は自分に似た生き物、人間を作りました。
人間と仲良くしたかった神様は争い始めた人間に絶望しました。
神様は天の楽園へ行き、世界には人間が残りました。
神様がいなくなった世界に、邪悪な悪魔が現れました。
悪魔は世界を壊し始めました。
悪魔を倒すため邪悪を祓う聖女が現れました。
聖女は、聖女を助ける7人の勇者とともに悪魔を倒しました。
7人の勇者はそれぞれ国を作りました。
聖女は教会を作りました。
ここまでいえばわかるだろう、そのうちの一つがこの国だ。
まあこんなものは大概が実話1%、都合の良い寓話99%だろうから実話ではない。それがわかっていながら矛盾だらけだと思わずツッコミを入れたくなる。
「クロリスはすごいね。僕は疑問を持ったことなかった」
「うーん。人間が争うのが絶望するほどなら神様が治めて争わないように仕向けたら良かったのにとか。争いが原因で悪魔が現れたのに、勇者と聖女が国をわける意味もわからないなぁと思って」
それまでの世界が壊されて、その元凶をせっかく仲良く8人で倒したのに、世界を7等分する意味がわからない。
国が同じなら戦争は起きなかった。
私もうっかりヒロインが攻略対象とくっ付いたことで発生する戦争にまきこまれないのであれば、ヒロインと攻略対象の慶事に心からの拍手を送れただろう。
「国が一つでも争いはあるけどな」
ぽつりとエルが囁いた言葉は現実を突きつける。そうだった、国同士の戦争が起きなくても、ルートによっては内乱が起こる。
「そうですね。人の持つ負の感情が争いを生みます。ですから、自己を高めて人に優しく、聖女様の教えに忠実にありたいものです」
そう言って建国神話を教えてくれた修道士は柔らかい笑顔を浮かべた。それ以上なにも言い募ることができず黙った。なぜなら、きっと彼は本心から言ってる。
もう少し位の高い修道士になると教会の薄暗いところに直面してもっと擦れたことを言うのだけど。
「さて、そろそろお時間です」
「今日のご飯は豆スープ以外がいいな」
「贅沢いっちゃダメだよ、エル」
こんなに可愛らしくても片方は俺様我儘大魔王になるし、もう片方は上っ面だけの天使になる。世界はこんなにも世知辛い。
ため息をつきながら荷物を片付けていると、扉の横から真っ白な髪のマルクが顔をのぞかせた。
「クロリスも。大丈夫、ご飯は美味しいよ」
そう天使のように微笑みながら差し出された手に、今は嘘はない。
「ありがとう。行くよ、マルク」
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