第8話 ブラコン皇子

なにこのご令嬢、びっくりするぐらい体力ないわ。

座学は中身が中身なので、割とどうにでもなるが体力がどうにもならない。


どんなに技術があったところでこれだけ貧弱だと武器を使いようもない。


休憩時間に知っている型を試しに振るったらあっさりと掌が切れた。

豆とかではなく切れた。

まだ木の棒を振ってるだけなのに、自衛ができる日は遠い。


その様子を近くで見ていたエルが話しかけてくる。



「クロリスのそれ、我流?」

「…いえ、以前見たことがあって。私にはまだ扱いきれないみたいです」



見たことがあるどころか習得するのに10年注ぎ込んだ技なのに、全く使えない。



「へー」

「クロリスはなんていうか、ぞわっとするね」

「見たものを真似る技術が高いのでしょう。私も驚いた」



エルとマルク、私、まとめて年少組と周りから言われている。

その年少組以外の声が聞こえて顔を上げると、金髪の美少年が立っていた。


艶やかな髪は手入れをしまくっているご令嬢が涙して羨むこと間違いなし、温和そうな笑顔がはりつけられた顔は絶妙なバランス、長いまつ毛に縁取られた蒼い瞳は深い色合いだ。


なんだかスチルで見たことある人がやってきたぞ。


赤色の騎士過程の修道服は初見だが、それでもわかるこの個性の強さ、私は攻略対象のイケメンに出会う呪いにでもかかってるのかもしれない。



「失礼、騎士過程のシャナクだ」



まあ、そうだろうと思った

いや、待て待て待て!!

第1皇子がなんで修道服着て騎士過程にいるんだ、皇子は王城騎士に剣を習うのが通例だろう!


ゲームの中の知識と噛み合わない。


そもそも第1皇子は15ぐらいまで人質として他国に居たはずだ。

だから1週目では攻略できない2週目以降のキャラのはず、何故ここにいる。



「はじめまして」



エルはまだ子ども感が丸出しで、名前もエレンではなくエルと名乗っているから呼び捨てするのになんの躊躇いもなかった。

だが、シャナクは10ぐらいだ。

名前もそのまま。

将来、スチルでみる目に毒な美貌が既に装備されている。


そもそも国を継ぐ可能性が高い第1皇子とわかって彼を呼び捨てにはできない。


私の引き攣った笑みに気がついたのか、補足までくれた。



「神の家では、シャナク、もしくはシャナクさんで」

「承知しました。シャナクさん」

「それよりも、だ。もう一度見せてくれるか?」



目が笑ってない。

完全に目が笑ってないよ。


そう言えばこいつ重度のブラコンで、第3皇子エレンを猫可愛がりしていた覚えがある。

エルに近付く貴族らしい新たな仲間に警戒しまくりだよ。



「待って待って、クロリスのそれ、痛そう。ちょっと待ってね」



マルクがまるで自分の手のように痛そうな顔をして、手を握ってくれた。


あ、これ、一瞬で治されそう。


この子、治療の心得、光魔法の天才だったから教会に引き取られたんだった気がする。

マルクの手から穏やかな光が溢れて、ゆるゆると私の傷口が塞がっていく。


これ、体感するとすごいな。

ゲームでは確かに回復の魔法で一瞬で治るけど、リアルで見るとマリクを神の使いと崇める人たちの気持ちがわかる。



「はい。気をつけてね」

「マルク、すごいね。ありがとう」

「えへへ」



超攻撃的な私の氷魔法より断然役に立つよね、それ。


仲良くしておきたいけど、今仲良くしてもストーリーが始まるときにはフローラだからなあ。



「もう一度見せてくれるかい?」



後ろになにか見えてる。

ブラコン皇子、後ろになんか従えてるよ。


ため息を誤魔化して短く息を吐くと、さっきのと同じ型をもう一度振るった。



「うん、まだ足が付いてきてないね。筋力が足りないのかな。まあ、まだ幼いからね」

「これから鍛えます」

「そうそう、その意気だ」



シャナクはくつりと喉を鳴らした。



「君がであるうちは応援しよう」



素敵な笑顔だが、なにをどう見ても脅しだ。

笑顔が真っ黒、裏側とかの前に表面も黒い。



「君の将来が楽しみだ、クロリス。また会おう」



シャナクは当然のようにエルの頬にキスをして去っていった。

私に絵心があれば美少年のじゃれあいのスチルがかけたのに残念だ。



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