第6話 計画は前準備が重要である

誘拐事件に巻き込まれた娘を出迎えるにしてはひどくそっけない。

ひっそりと灯りのつけられた廊下を歩きながらそう思った。


私専任の侍女として仕えているマリエッタぐらいしか、歓迎していない気がする。



「心配したぞ」

「ご心配おかけしました、お父様」



さきほどまで血にまみれていた私はマリエッタによって綺麗にされて、銀色の髪も短くなっていた。


血が染みて、とてもではないがそのままにしておけなかったのだ。

洗ってもその部分だけ痛む上に、色素が薄いせいか色が変色してしまっていた。


そうマリエッタは嘆いていた。


家用のワンピースに身を包み、令嬢らしく礼をする私に父が若干顔をゆがめた気がした。

継母は遠慮なく嫌な顔をしている。

弟や妹は夜遅いということでいない。



「事件を解決に自身で行動したらしいな」

「いえ、大層なことはしておりません」

「そうか、今日は疲れただろう。ゆっくりと休むといい」

「はい、お父様」



形式ばかりの礼をすると自室に戻ることになった。

突如多くの記憶や出来事が流れてきて、これまでのフローラの行動をはっきりと思い出せない。


おそらく不自然だっただろうけれど、事件のショックで動揺しているとでも思ってほしい。



「ねえ、マリエッタ」

「どうしました、お嬢様」

「私、変かしら」

「お疲れになっているだけだと思います。本日はゆっくり休まれてください」

「ありがとう」



はちみつ入りのホットミルクを飲んで、ふかふかのベッドに横になったらあっという間に夢の世界に旅立った。


夢だとわかりきっていても、悪夢は目覚めない厄介なものだ。



「お嬢様」



ふつりと途切れた悪夢から覚めると近くには心配そうなマリエッタが立っていた。



「マリエッタ…、そう、もう朝かしら」

「ですが、本日は、いえ、しばらくはゆっくりと旦那様が」

「いいえ、私はそうしてられないの」

「お嬢様」

「私、お父様にお願いがあるの」



まずは実力を身に着けるところから、身を守れないただのお嬢様が領地視察なんて夢のまた夢。

視察するだけで迷惑だ。

体力だけでももちろんダメ、学力だけでももちろんダメだ。


ここにいれば令嬢スキルが上がることはあっても、他は上がらない。

見識も広がらない。


娘が事件に遭ったためと王城に出勤せず家にいた父は質素なワンピースでやってきた娘を仕事の途中にも関わらず、対応してくれた。

父親はフローラのことを特に悪く思っているわけではないらしい。



「お父様、わたくし、しばらく修道院で過ごしたいと思いますの。クロリスとして」

「なにを」

「私は今回の件で、わたくしの知識、体力すべてにおいて足りないことがわかりました。学びますわ、ラングレー家として恥ずかしくないように」

「つまり、お前は学問、剣術を学べる男性修道院に行きたいということだな」

「はい。クロリスとして行かせてください。ちょうど髪も短くなり、ずっととは申しません。この髪の毛が元の長さになるまで、お願い致します」



この国の修道院は神に祈りをささげるための集まりというだけでなく、お金のない家に生まれた才能のある人たちが集まる場所でもある。

聖騎士を選抜する場でもあるから、剣も魔法も学べる。


それに朝会っただけの仮にも義母の対応はすごかった。

いっそ清々しい。

誘拐犯たちとの日々の方が穏やかなぐらいの毎日が始まる予感しかしない。



「義母のことを気にしているのか」

「…今回で、いろいろ学びましたから。わたくしはいずれ、ここを出る身。もしものとこにも生きていけるよう、お父様、お願いします」

「急に、大人びてしまったな」

「お父様」

「クロリス、1年の間、ラングレーを名乗ることを禁じる。1年ののち、フローラ・ラングレーとして戻ってきなさい」

「ありがとうございます」



手続きに1週間はかかるという父親の言葉に頷いて、残された時間を準備にあてた。

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