第5話 兄の意地
フランクにぃさんに教えてもらって「人に言えない理由で隠されている貴族の男の子」とあそんだ。
兄さんもクロリスも「内緒だ」というばかりで、クロリスのことを教えてくれなかった。どうして母さんじゃなくて兄さんと知り合いなの?とか、お貴族様なのに街の子たちと同じような服を着ているのはなんで?とか。
聞きたいことはたくさんあったけど、兄さんもクロリスもそれを望んでなくて、ただ魔法のような手つきであっという間に花冠を作るクロリスの手元を見ながら、お姫様になったようなつかの間の夢を楽しんでいた。
クロリスの帽子から覗く銀色の髪の毛は、まるでおとぎ話の王子様のようにきらきらと輝いて、とても美しかった。
きぞくのお姫様はこんなきれいな王子様とけっこんできるなんてすごいなあ。
「あ、えいへいさんえいへいさん」
「ん?あぁ、君はベイカーさんのとこの」
「うん、今日ね、お花畑で遊んだの」
「そうか、そうか」
「はい!きれいなお花、あのね、あのね、花束だけどブレスレットなの」
「へぇ、凝ってるね…ん?」
花束の中の一つの腕輪を見て、衛兵さんが急に怖い顔になった。
「シャムちゃん、お花畑、どこのお花畑?」
「あっちの丘、いーっぱい咲いててきれいだったの」
「シャムちゃんは、あ、今日、ちょっと危ないからお兄さんたちと一緒にいようか」
「どうして?」
「今日はこの町の近くに悪い奴がいるかもしれないんだ。シャムちゃんは可愛いから危ないかもしれない」
「わかった」
やるべきことはやった。
フランクさんが貸してくれた簡素な服から元のドレスに戻った。ドレスが良いものとはいえ、そろそろ別のものに着替えておきたいけど、そうしたらフランクさんが私に肩入れしていると明言するに等しい。服を替えたいはできない相談だろう。
外に出たからか、それとも見つかったら殺されるかもしれないという緊張感からか、疲労感がすごい。
ベッドに寝そべると相変わらず埃だらけの天井にクモが這っていた。
「疲れたかい?」
「でも、初めてで楽しかったです。ありがとうございます」
部屋には入ってきたフランクさんに気が付いて慌てて起き上がる。当然のように私の隣に座るとフランクさんは人の好さそうに笑った。
笑うとシャーロットによく似ている。
素朴で人のよさを感じさせる笑み、でも彼は列記とした犯罪者だ。
「フランクさんはなぜ誘拐を?」
「親がやると決めたからね、それに弟妹だけでもいい学校に行かせたい」
「そうですか」
その妹さんはあまりに力が大きかったために孤児院からでもいい学校に行けますなんてとてもではないが、言えない。
それにそんな誰も知らない未来のことを知っているのは不自然だ。
「どうした?今日はあまり長居できない。そろそろ戻ってくる」
「フランクさん」
「?」
「ありがとうございました」
「シャーロットも楽しんでいたし、よかったよ」
そういうとフランクさんは部屋をでていった。
近いうちに一世一代の大博打を打つかもしれつい、そう思ってまだ時間は早いがベッドの上で目をつむった。
いつの間にか眠っていたのか、窓の外は暗い。
騒々しい音がして、不在にしていたほかの男2人がやってきたことに気が付いた。
手荒く扉が開かれると、おそらくシャーロットの旦那のほうが私の鎖を引っ張った。すでに痕になっていて痛いってのに最低な男だ。
「おら、起きろ。移動だ」
起こされた意味がわからない。毛布にす巻き状態にされて、荷物のように担がれた。
ようやく解放なのか、それとも包囲網が迫ってきていることに気が付いての逃亡か、どちらか理由は知らないが文句すらいえない。
さるぐつわまでご丁寧に用意している。
そのまま荷物と一緒に馬車に放り込まれて、移動が始まった。荷台にいるのはフランクさんだ。貧弱そうな棒をわきに携えているが、彼に武器は似合わない。
それにしてもせっかく助けを呼べそうだったのに、余計なことを。私からしたら悔しいが、衛兵に異変があったとしたら、誘拐犯である彼らの対応は当然の対応だ。そうしてしばらくして馬車は急に止められた。
「この夜中にどこにいくつもりだ」
「荷台を改めさせてもらう」
関所か、パトロールか知らないが、衛兵に引っかかった。
よし!
ようやく誘拐犯から逃れられる、そう思っていた。
何か押し問答が外であって、荷馬車の幌が急にはねのけられた。衛兵の持つ明かりが、荷馬車に飛び乗ってきた目の前の誰かの剣で反射した。
待て待て待て、これ、さすがに殺される。
衛兵の制止の声が当たりに響く中、やけにはっきりと聞こえた。
「金にならないなら殺してやる」
暗がりで、誰がやけを起こしたのかは見えない。でも、目の前の男が私を殺そうとしている、それだけは理解できた。す巻き状態の私が避けられないのも確実だ。
予定を狂わせたせいで、悪役令嬢は本編にでることなく亡くなる感じか。フローラになって時間が浅いせいか、怖いとか悔しいというよりも諦めが湧いてくる。
まあ妹がいるし、必要なら妹が悪役令嬢をやるだろう。乙女ゲームの悪役配役の人間なんていくらでも代われるだろう。
やけにゆっくりした速度で振り下ろされる剣を見つめた。私として動ければこんな剣、はじけるのに悔しいな。
そう思ってみていたら、突如、その光景はさえぎられた。
急に早くなる世界と、聞こえ出す周りの音。目の前に倒れるフランクさんを呆然と見つめた。
「なんで、って、きみは、いいたそうだね」
さる轡で何も話せないから無言でうなずいた。
なぜ私に振り下ろされる予定の剣をフランクさんが身を挺して止めたのか、意味がわからなかった。
ほだされているといっても、ちょっと気にかけている程度だったはずだ。
「そう、あにのいじ…かな」
それだけいうとフランクさんは目を閉じた。
とめどなく流れる血は私が包まれている毛布にも染みてくる。
彼に突き刺さっている剣は輝かず鈍色で闇に紛れている。
犯人を制圧した衛兵はサル轡を外してくれて私に問いかけた。
「もう大丈夫だ。名前を言えるかい?」
「ふ、フローラ、フローラ・クロリス・ラングレー」
厄介な誘拐事件はこうしていくつかの心残りを置いて、幕が下りた。
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