第5話 兄の意地

フランクにぃさんに教えてもらって「人に言えない理由で隠されている貴族の男の子」とあそんだ。

兄さんもクロリスも「内緒だ」というばかりで、クロリスのことを教えてくれなかった。


おとぎはなしのような銀色の髪の毛はわずかな光のもとでもきらきらと輝いて、とても美しかった。

きぞくのお姫様はきれいな王子様とけっこんできるなんてすごいなあ。



「あ、えいへいさんえいへいさん」

「ん?あぁ、君はベイカーさんのとこの」

「うん、今日ね、お花畑で遊んだの」

「そうか、そうか」

「はい!きれいなお花、あのね、あのね、花束だけどブレスレットなの」

「へぇ、凝ってるね…ん?」



花束の中の一つの腕輪を見て、衛兵さんが急に怖い顔になった。



「シャムちゃん、お花畑、どこのお花畑?」

「あっちの丘、いーっぱい咲いててきれいだったの」

「シャムちゃんは、あ、今日、ちょっと危ないからお兄さんたちと一緒にいようか」

「どうして?」

「今日はこの町の近くに悪い奴がいるかもしれないんだ。シャムちゃんは可愛いから危ないかもしれない」

「わかった」



フランクさんがくれた簡素な服から元のドレスに戻った。


外に出たからか、それとも見つかったら殺されるかもしれないという緊張感からか、疲労感がすごい。

ベッドに寝そべると相変わらず埃だらけの天井にクモが這っていた。



「疲れたかい?」

「でも、初めてで楽しかったです。ありがとうございます」



部屋には入ってきたフランクさんに気が付いて慌てて起き上がる。

当然のように隣に座るとフランクさんは人の好さそうに笑った。

笑うとシャーロットによく似ている。


でも犯罪者だ。



「フランクさんはなぜ誘拐を?」

「親がやると決めたからね、それに弟妹だけでもいい学校に行かせたい」

「そうですか」



その妹さんはあまりに力が大きかったために孤児院からでもいい学校に行けますなんてとてもではないが、言えない。

それに知っているのは不自然だ。



「どうした?今日はあまり長居できない。そろそろ戻ってくる」

「フランクさん」

「?」

「ありがとうございました」

「シャーロットも楽しんでいたし、よかったよ」



そういうとフランクさんは部屋をでていった。

近いうちに走るかもしれない、そう思って早いがベッドの上で目をつむった。


いつの間にか眠っていたのか、窓の外は暗い。

騒々しい音がして、不在にしていたほかの男2人がやってきたことに気が付いた。


手荒く扉が開かれると、おそらくシャーロットの旦那のほうが私の鎖を引っ張った。

すでに痕になっていて痛いってのに最低な男だ。



「おら、起きろ。移動だ」



毛布にす巻き状態にされて、荷物のように担がれた。

ようやく解放なのか、それとも包囲網が迫ってきていることに気が付いての逃亡か、どちからは知らないが文句すらいえない。

さるぐつわまでご丁寧に用意している。


そのまま荷物と一緒に馬車に放り込まれて、移動が始まった。

荷台にいるのはフランクさんだ。

貧弱そうな棒をわきに携えているが、正直、彼に武器は似合わない。


それにしてもせっかく助けを呼べそうだったのに、余計なことを。

私からしたら悔しいが、彼らからしたら当然の対応だ。

そうしてしばらくして場所は急に止められた。



「この夜中にどこにいくつもりだ」

「荷台を改めさせてもらう」



関所か、パトロールか知らないが、衛兵に引っかかった。


よし!


ようやく誘拐犯から逃れられる、そう思っていた。


何か押し問答が外であって、荷馬車の幌が急にはねのけられた。

衛兵の持つ明かりが、荷馬車に飛び乗ってきた目の前の誰かの剣で反射した。


待て待て待て、これ、さすがに殺される。


衛兵の制止の声が当たりに響く中、やけにはっきりと聞こえた。



「金にならないなら殺してやる」



暗がりで、シャーロットの旦那なのか、それとも兄なのかはわからない。

私を殺そうとしている、それだけは理解できた。

す巻き状態の私が避けられないのも確実だ。


予定を狂わせたせいで、悪役令嬢は本編にでることなく亡くなる感じか。

まあ妹がいるし、必要なら妹が悪役令嬢をやるだろう。


配役の人間なんていくらでも代われるだろう。


やけにゆっくりした速度で振り下ろされる剣を見つめた。

動ければこんな剣、はじけるのに悔しいな。

そう思ってみていたら、突如、その光景はさえぎられた。


急に早くなる世界と、聞こえ出す周りの音。

目の前に倒れるフランクさんを呆然と見つめた。



「なんで、って、きみは、いいたそうだね」



さる轡で何も話せないから無言でうなずいた。

なぜ私に振り下ろされる予定の剣をフランクさんが身を挺して止めたのか、意味がわからなかった。


ほだされているといっても、ちょっと気にかけている程度だったはずだ。



「そう、あにのいじ…かな」



それだけいうとフランクさんは目を閉じた。

とめどなく流れる血は私が包まれている毛布にも染みてくる。

突き刺さっている剣は輝かず鈍色で闇に紛れている。


犯人を制圧した衛兵はサル轡を外してくれて私に問いかけた。



「もう大丈夫だ。名前を言えるかい?」

「ふ、フローラ、フローラ・クロリス・ラングレー」



厄介な誘拐事件はこうして幕が下りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る