第2話 侯爵令嬢は脱走に忙しい

おとなしく筋トレをして指示に従うこと3日、いまだに身代金の受け渡しの連絡すらできていないらしい。

最低だ。

何も連絡がなければ侯爵家も反応できない。


お金をかけているのだろう長い髪の毛をもてあそびながらため息をついた。

私が暇だと逃げ出したりして危険だろうということで与えられた絵本は童話集だった。

とりあえず読んだが、今後すごく役に立つ!という内容でもなかった。



「なんで、さらわれた先で”私”を思い出しているんだ。最悪すぎる」



誘拐される前ならいくらでも対策ができたのに、誘拐された後に「はい、じゃあよろしく」は無責任極まりない。

私を誘拐したこいつら同様に無責任で、最低だ。


犯人は4名、シャーロットとその旦那、そして男が二人。

暴行等はシャーロットが止めているらしい。


私にもしもがあった場合、シャーロットたちだけでなく家族、そして出身村ごと焼き払われかねないと言っていた。


でも早いところ逃げないと危険だ。

前世の記憶のとおりなら、5歳児が生涯無関係な人間を苛め抜けるぐらいのトラウマが植え付けられる。


ラングレー家の没落を予期してまで、ヒロインに対して嫌がらせをするあの逞しさが身につくレベルだ。

暴行と一言書かれていたが、フローラ・ラングレーは見目の良い幼女だ。

ただの殴る蹴るだけだとは思えない。


食事もパン一つを朝晩のみ、筋トレしたところで栄養がなければ筋肉もつかない。

食事もトイレも見張られている上に、常に部屋の前には男を含めた大人が2名以上いる。


まだ脱走手段は見つからない。


何もせずに考えていると余計な憶測生んで危険なので、童話集を膝の上に開いて考えている。

童話のお姫様は大抵王子様が助けに来てくれてハッピーエンドだが、フローラ・ラングレーは侯爵令嬢、そして令嬢の文字に悪役が付く。


助けは来ない、自力で何とかするしかない。



「お前、なにも思わないのか?」



扉を開けて入ってきた男、シャーロットの旦那ではない男だ。

一番下っ端なのか、よくご飯を持ってくる人だ。

年齢も若く、まだ20にはなっていないように見える。


カモフラージュのための童話集から目を上げて、彼を見やると困ったように言葉をつづけた。



「両親から引き離されて、知らない狭い部屋にいて、普通なら泣いたりするだろ」

「泣いたところで、王子様がやってきてくれるわけではありませんもの。それに」

「継母のことか?」



フローラ・ラングレーとしての記憶を思い返しても、現在のラングレー家でいい対応をしてくれるのは父親だけだった。

奥方はフローラの実母ではなく、後妻、そしてフローラを可愛がるような性格ではなかった。


フローラはいつも一人でご飯を食べて、使用人に遊んでもらっていた。



「ええ、お義母様は常日頃から私を疎ましく思っておいででした。今回の件、身代金を伝えたところで本当に用意してくださるかどうか。義理の妹も弟もいて、長子は用済みと思っていてもおかしくはありませんわ」

「はぁ、こんなに達観してる5歳児、可哀そうだよな。俺の弟妹なんて、畑の横で走って転げまわって遊んで、何も考えてないのに」



どうやらお世話をしているうちに私に情が湧いたらしい。


よいしょという声で私の横に座ると少年はため息をついた。

彼は彼で苦労しているらしい。

でも、利用できる。


そう考えるのは悪役令嬢の性なのか、私は大概性格が悪い。



「それが、子どものあるべき姿ですわ」

「5歳児に言われてもな」

「あなた、お名前は?」

「フランク、シャーロット母さんの息子。長男」



想像はついていたが、家族ぐるみの犯行だったみたいだ。

もう一人の男はシャーロットにお兄さんと呼ばれていたから、シャーロット、旦那、長男、兄の4人の犯行か。



「そう、いい名前ですわね。英雄譚の騎士様と同じ名前ですわ」

「うん、そこから取ったって」

「わたくしはフローラ・ラングレー、フローラは花の名前ですわ」

「それに、聖女の名前でもあるだろ?」

「ええ、お母様がつけてくださった大切な名前です」



他愛もない雑談に付き合うことになった。

でもフランクと仲良くなるのはきっと役に立つ。


悪役令嬢らしくそんなことは表面に出さず、微笑みを浮かべた。

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