悪役令嬢は自己保身に忙しい
藤原遊人
第1部 目覚め(幼年前半)
第1話 あれ?私、頭おかしくなった?
ふと、気がつくとそこは汚い部屋だった。埃が積もった床に、なんのシミか分からない色味のついた壁。
端的に言って汚い。人の手が入らなくなって久しいだろうボロ屋で目が覚めた。
「っ、頭いた」
怒涛のように流れてくる誰かの、いや、元自分の記憶に頭が痛い。今流行りの異世界転生ってことだろうけど、如何せんタイミングが悪い。いや、タイミングが悪いからこそ死にものぐるいで記憶を掘り返したんだろうけど。
大きく息を吸ったら、最高に臭い。
なんてイイ環境で記憶取り戻しているんだ。
もっとこうなる前に思い出したかった。本当に最悪だ。
そんな最低な気分のときに、その元凶がやってきた。
私が転移したと言えばいいのか、それとも生まれ変わったと言えばいいのか。とりあえず、フローラ・ラングレーとしての記憶が正しければ、彼は以前に勤めていたメイドの旦那だ。
今回、侯爵令嬢であるフローラがこんな所にいる原因は間違いなくその元メイドだろう。何人にもお世話されるようなフローラがそのような細かいことまで覚えていたことで、元々の私と頭の作りが違うことを痛感する。
「おやおや、お嬢様、お目覚めですかな」
「ええ、いい目覚めよ。シャーロットの旦那様」
前の自分の記憶が正しいのならこれは「☆恋」という乙女ゲームに近似した世界だ。
そしてフローラ・ラングレーはヒロインをいじめてくる悪役令嬢役、もちろん攻略対象たちとは幼馴染というテンプレ通りの配役だった。
そして今は幼少期の悪役令嬢が体験してトラウマになったという誘拐事件の最中だ。
確か、5歳の誕生日会でさらわれていた。
それが庶民へのトラウマになっていて、ヒロインに徹底的な嫌がらせをしていたと記憶している。
今の私ならヒロインの名前が「シャーロット・ベイカー」というトラウマそのものの名前をしていたせいだと追記できる。
最もそんな追記を前世の世界に書きに行くことはできないのは百も承知だ。
そして別に誰も喜ばない情報だ。
「ほう、いい記憶してるじゃねぇか」
「私を誰だとお思い、フローラ・ラングレーよ」
寝かされていたベッドから立ち上がる。寝かされていたベッドだって散々たるものだ。辛うじて虫がいないだけマシといった状態だ。
記憶を取り戻して早々だけど、私は機を見てこの男から逃げないといけない。
この事件の解決に侯爵家は手間取り、フローラは一ヵ月近く行方不明だった。
その間に、5歳児が生涯のトラウマを植え付けられるのだからさっさと逃げられるなら逃げた方がいい。
「だが、その5歳児ちゃまは自分の状況がわかっていないようだな」
「馬鹿、ケガさせないでよね」
「シャーロット」
「あなたも侯爵家としてこれまで利益を享受していた分、おとなしくここで人質になっていなさい」
開けっ放しだった扉から女性が入ってくる。既視感のある女性を見て、プレイヤーとしてゲームをしていたときにはわからなかったフローラの執拗な攻撃の理由に納得する。なるほど、トラウマそのものとヒロインがそっくりだったのか。
ヒロインは茶色の髪のパッチリした目をした少女だった。
目の前にいるシャーロットと同じ、これはトラウマでいじめたりもするわ。とっても納得した。
その沈黙を理解したと取ったらしい二人は汚い部屋を出ていった。
「さて、どうしようか」
逃げ出す以外にもフローラ・ラングレーがこの後、不幸にされずに過ごすための計画が必要だ。
フローラ・ラングレーの未来のパターンはヒロインによって決められているといっても過言ではない。
どの攻略対象のルートにヒロインが入ったとしても、ラングレー家は災害に遭うか、もしくは没落。
なんていうか。
普通に酷い。
なんとしても対策をしないといけない。
なんで、五歳児がこんな対策をしなければいけないんだ。世の中、最低すぎる。うっかりお嬢様らしくない舌打ちをしそうになった。
1、ヒロインに嫌がらせをしない
2、婚約相手をさっさと見つけておく
3、他国に嫁ぐのもあり
4、領内の不平不満への対処
5、飢饉対策
この五本立てで回避の方向にもっていこう。災害は準備するしかないけど、人災の方はこれで回避出来るはずだ。
加えて、護身のために色々と技術を身につけたい。幸いにも前世の自分は武道が強い方だったのだから能力は上げておいて損はないし、フローラと自分の乖離になやまされることもへるだろう。
「まあ、その前に」
どうやってこの誘拐犯たちから逃亡するかが、問題だった。
足に巻かれている鎖は、簡単なもので捩じればとれる程度のものだ。相手がお貴族様の子供と思って、脱出するとは考えておらず、安物を使ったのだろう。
知恵の輪を外すようにさっくりはずして部屋を歩いてみる。
床を裸足で歩けばザラザラする。
不愉快だ。自分としても不愉快だし、フローラとしてはもっと許せない環境だ。
扉に耳を近づけると向こうには何人か大人がいるみたいで、話声がする。とりあえずフローラをさらったものの身代金の受け渡しのやり方を考えていなかったらしい。
犯行が適当すぎ、管理がずさん、馬鹿か。
内心罵倒して、脱走のための捜索を続けた。
このただの5歳児の力で大人が複数名いる部屋を突破するのは賢明ではない。
部屋は小さい。
外が見える窓は高く五歳児がベッドに立ち上がったぐらいでは見えない位置だが辛うじて指は届く。
窓の木枠に手をかけてみたけど、なんと非力過ぎて、体が持ち上がらない!
「貧弱!」
情報収集と筋トレが必要だ。
ばれないように鎖をもとに戻して、もう一度ベッドに座った。
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