悪役令嬢は自己保身に忙しい
藤原遊人
第1部 幼年期前半
第1話 あれ?私、頭おかしくなった?
ふと気がつくとそこは汚い部屋だった。
「っ、頭いた」
怒涛のように流れてくる誰かの、いや、元自分の記憶に頭が痛い。
大きく息を吸ったら、最高に臭い。
なんていい環境で記憶取り戻しているんだ。
最悪すぎる。
そんな最低な気分のときに、その元凶がやってきた。
フローラ・ラングレーとしての記憶が正しければ、彼は以前に勤めていたメイドの旦那だ。
今回の糸を引いているのはその元メイドだろう。
前の自分の記憶が正しいのならこれは「☆恋」という乙女ゲームに近似した世界だ。
そしてフローラ・ラングレーはヒロインをいじめてくる悪役令嬢役、もちろん攻略対象たちとは幼馴染というテンプレ通りの配役だった。
そして今は幼少期の悪役令嬢が体験してトラウマになったという誘拐事件の最中だ。
確か、5歳の誕生日会でさらわれていた。
それがトラウマで庶民が恐ろしくヒロインに徹底的な嫌がらせをしていたと記憶している。
今の私ならヒロインの名前が「シャーロット・ベイカー」というトラウマそのものの名前をしていたせいだと追記できる。
最もそんな追記を前世の世界に書きに行くことはできないのは百も承知だ。
そして別に誰も喜ばない情報だ。
「おやおや、お嬢様、お目覚めですかな」
「ええ、いい目覚めよ。シャーロットの旦那様」
「ほう、いい記憶してるじゃねぇか」
「私を誰だとお思い、フローラ・ラングレーよ」
寝かされていたベッドから立ち上がる。
手足にご丁寧に鎖が巻かれているが、機を見て逃げないといけない。
この事件の解決に侯爵家は手間取り、フローラは一ヵ月近く行方不明だった。
その間に、5歳児が生涯のトラウマを植え付けられるのだからさっさと逃げられるなら逃げた方がいい。
「だが、その5歳児ちゃまは自分の状況がわかっていないようだな」
「馬鹿、ケガさせないでよね」
「シャーロット」
「あなたも侯爵家としてこれまで利益を享受していた分、おとなしくここで人質になっていなさい」
姿もそっくりだったのか。
ヒロインは茶色の髪のパッチリした目をした少女だった。
目の前にいるシャーロットと同じ、これはトラウマでいじめたりもするわ。
納得した。
その沈黙を理解したと取ったらしい二人は汚い部屋を出ていった。
「さて、どうしようか。幸いにも時間はある」
逃げ出す以外にもフローラ・ラングレーがこの後、不幸にされずに過ごすための計画が必要だ。
フローラ・ラングレーのパターンはヒロインによって決められているといっても過言ではない。
第1皇子ルート、第1皇子シャナクとヒロインがくっつく場合は他国の年上に嫁がされる。
第2皇子ルート、第2皇子ハリスとヒロインがくっつく場合は皇子の外遊についていき、その途中で賊に襲われ死亡
第3皇子ルート、第3皇子エレンとヒロインがくっつく場合は第3皇子の手回しによりラングレー家没落
騎士ジークルート、ジークとヒロインがくっつく場合は他国と戦争がはじまり、国境沿いのラングレー家はすぐに敵国に落とされ、安否不明。
神官マルクルート、マルクとヒロインがくっつく場合は飢饉が起こり、これまで贅沢をしていたラングレー家は領民に襲われ、その際に死亡。
隣国の王子ルート、隣国ファノン王国アイザックとヒロインがくっつく場合は、ラングレー領との交易を止められ、ラングレー家没落。
なんていうか。
最悪だ。
なんとしても対策をしないといけない。
なんで、五歳児がこんな対策をしなければいけないんだ。
世の中、最低すぎる。
ヒロインが第2皇子を選んでくれたら、単に体調不良で外遊不参加で回避できるが、それ以外はあらかじめの対策がいる。
1、ヒロインに嫌がらせをしない
2、婚約相手をさっさと見つけておく
3、他国、ラングレー家が接しているのはファノン王国だからファノン王国との仲を良好に保つ必要がある。むしろ同年代の王子がいたはずだからそこに嫁ぐのも私の身分が考えたらありだ。
4、領内の不平不満への対処
5、飢饉対策
この五本立てで回避の方向にもっていこう。
加えて、護身のために色々と技術を身につけたい。幸いにも前世の自分は武道が強い方だった。
「まあ、その前に」
どうやってこの誘拐犯たちから逃亡するかが、問題だった。
動きを制限する鎖は、簡単なもので捩じればとれる程度のものだ。
子供と思って安物を使ったのだろう。
知恵の輪を外すようにさっくりはずして部屋を歩いてみる。
床も埃っぽく裸足ではザラザラする。
不愉快だ。
扉に耳を近づけると向こうには何人か大人がいるみたいで、話声がする。
さらったものの身代金の受け渡しのやり方を考えていなかったらしい。
犯行が適当すぎ、管理がずさん、馬鹿か。
内心罵倒して、脱走のための捜索を続けた。
このただの5歳児の力で大人が複数名いる部屋を突破するのは賢明ではない。
部屋は小さい。
外が見える窓は高く五歳児がベッドに立ち上がったぐらいでは見えない位置だが辛うじて指は届く。
窓の木枠に手をかけて、
体が、持ち上がらない。
「貧弱!」
情報収集と筋トレが必要だ。
ばれないように鎖をもとに戻して、ベッドに座った。
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