【短編】妖しい、僕のX'mas ~「妖しい、僕のまち」クリスマス閑話~
詩月 七夜
妖しい、僕のXmas
クリスマスイブ。
この
人と人の姿をした
在来地区にある降神町商店街では、あちこちの店でクリスマスセールが行われ、それを目当てに訪れるお客さんで大賑わいになる。
町の南にある新興の大型商業施設でも、クリスマスにちなんだ様々な催しが開かれ、きらびやかなクリスマスツリーがあちこちに設置される。
降神新駅の駅前通りでは、並木にイルミネーションも配置され、訪れる人達の目を楽しませていた。
色とりどりの光に包まれた街並み。
行き交う幸せそうな人々の笑顔。
誰もが、ご馳走やプレゼントを抱えて、自宅や友人たちとのパーティー会場に急ぐ「最も幸せが多い夜」…そんな聖夜を前に、僕…
祖父ちゃん祖母ちゃん、父母は、商店街の年末福引が当たり、どっかのホテルで一泊中。
今頃はディナーショーでも楽しんでいるはずだ。
冬休みに入った妹の
何故か恨めし気に僕を見ながら、後ろ髪を引かれるような歩調だったが…何か心残りでもあったのだろうか?
唯一、一緒に夜を過ごす相手だった飼い猫のナベシマも、目下、お決まりの家出中である。
よって、僕一人、家で留守番になったわけである。
ちなみに今年のクリスマスイブは連休に当たり、僕自身は明日一日、年次休暇をとったのでクリスマス当日もお休みだったりする。
「はあ…静かな夜だなぁ」
降神町役場特別住民支援課に勤めている僕は、日ごろ、
普通のイメージでは、役場仕事というとデスクワークをイメージされる人が多いと思うが、
人も通わぬ深山大海に出向き、人知を超えた能力を持つ妖怪を相手に交渉して人間社会適合セミナーの受講を勧めたり、受講したらしたで、そのバックアップも行うことも多い。
それどころか、敵対する人と妖怪同士の揉め事に首を突っ込むことや、神霊
特にここ数年は様々な事件や出来事があり過ぎて、毎日がジェットコースターのようだった。
正直、命の危機に瀕したことも、一度や二度ではない。
我ながら、本当に良く生きていたと思う。
(それでも、この仕事は辞められないけどね)
座椅子に身を預けて、ふと天井を見やる。
僕は、幼い頃から、不思議と「妖怪」という存在に惹きつけられるものを感じていた。
祖父ちゃんや祖母ちゃんが話してくれた不思議な存在…「妖怪」
その何とも妖しい怪異達の逸話は、どれを聞いても胸が高鳴った。
無論、中には怖い話もあった。
しかし、それも次第に興味に変わり、幼心に彼らに出会いたくなったこともある(それが元で、大きな騒ぎを起こしてしまったこともあったが)。
それから、少年期を終えるまで、僕の中で妖怪の存在は鳴りを潜めつつも、常にくすぶり続けていた。
だから。
彼らが実際にこの世に姿を見せた時に、大学で迷わず「民俗学」「神秘学」を専攻することにした。
我ながら、全く潰しが効かない学問だと思ったが、妖怪達に付き合っていく現在では、とても役に立っている。
思えば。
その時から、僕は「妖怪に関わる仕事に就きたい」と思っていたのだろう。
だから、降神町役場に特別住民支援課が出来たと聞いた時には、自分でも驚くほど興奮したのを覚えている。
「役場に入って、もう二年か…何だか、あっという間だったなぁ」
一人そう呟く。
役場の採用通知をもらい、誰しも敬遠していたハードかつマニアックな部署に一も二もなく希望した変わり者…最初、役場の先輩や同期のみんなすらも、そんな風に僕を見ていたに違いない。
実際、社会に出たばかりで右も左も分からない僕は、何度も失敗し、何度も周りに迷惑を掛けた。
正直、
だが、その度に
慰めもあったが、叱咤激励もある。
ある一件で、自信を喪失してしまった僕は、ある先輩から面と向かって「この仕事を続けるのか」と問われたこともあった。
それに僕は迷っている自分を踏まえて、答えた。
「だから、辞めません。せめて、迷いがなくなるまでは」
それは、今も変わらない。
歩む先には、困難が山積みだ。
でも、僕には…
「さて、と…そろそろ晩御飯の支度をしようかな」
柱時計は午後六時を回っている。
晩御飯といっても、どうせ僕一人しか居ないから、残りものや簡単なおかずで済んでしまう。
「あったかいうどんでいいかな」
そう言いながら、炬燵から立ち上がった時だった。
バルン!バオオオオオオオオオオオオオオオオン!
バババババババ!
突然、イブの静寂を引き裂く爆音が鳴り響いた。
その大きさたるや、近所迷惑なこと甚だしい。
そして、認知したくないが…あの爆音にひどく聞き覚えがあった。
ピンポーン
今度は玄関のチャイムが鳴った。
僕は固まったまま、耳をそばだてる。
ピンポーン、ピンポーン
チャイムが鳴り響く。
僕はゴクリと喉を鳴らした。
そして、咄嗟にテレビを消し、電灯を消す。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン
ピピピポポポーーーーーンンン!
チャイムが連打音になった。
僕は座布団を頭から被って、部屋の隅にうずくまった。
「聞こえない聞こえない、なーんにも聞こえない!」
そうこうしていると、派手に玄関が蹴破られる音が響く。
ビクッとなった僕の耳に、聞きなれた女性の声が聞こえてきた。
「ホラ見ろ。家の中は真っ暗じゃねぇか。連休だし、出掛けてるんだよ、きっと」
声の主は、間違いなく
スピードレース「スネークバイト」で無敗を誇る「峠の女王」にして、走り屋達のまとめ役である。
「いいや、間違いなくいる。あいつのスケジュールは、とっくに把握済みだ」
もう一人は
役場の先輩で、仕事仲間である。
ついでに言えば、妃道さんと揃うと、もれなく「トラブル発生」がテンプレだ。
二人は、ズカズカと廊下を進み、僕のいる今のふすまを開けた。
「…」
「…」
真っ暗な中、二人の目が室内を見回す。
僕は身を固くした。
だが、
「やっぱ、いねぇじゃんか」
「…ああ。クソ、おかしいなぁ」
二人は当てが外れたようにそう言いながら、出て行った。
ふすまが閉まった音に、僕は押し入れの中で僅かに安堵の息を吐く。
二人がここに現れた目的は簡単に推測できる。
どうせ、また街中で鉢合わせて、お互いに挑発し合い、結果、レース勝負で決着をつけようということになったに違いない。
都度都度それに巻き込まれている僕としては、絶対に見つかる訳にはいかない。
「二人共、悪い人じゃないんだけどな」
そう小さく呟いた時、
「ありがとうよ」
そんな声が聞こえ、僕は硬直した。
恐る恐る見上げると、押し入れのふすまの隙間からこちらを見下ろす二対の赤い目が見えた。
その様は、まごう事なきホラーである。
そ、そんなバカな!
確かに二人共、部屋を出て行ったはずだ…!
ハッ!
そうか!
さっきのふすまが閉まった音はフェイクだったんだ!
思わず悲鳴を上げそうになる僕を押し入れから引きずり出すと、間車さんは獲物を捕らえた雌豹のように舌なめずりした。
「見ぃつけた♡」
「あわわわわ…」
ガクガク震える僕に、目線を合わせてしゃがむ間車さん。
「いけないなぁ、ボク。せっかく美人の先輩が来てやったのに、居留守を決め込むなんて」
うわぁ…顔は笑ってるけど、目が笑ってない。
「な、なな何の用ですか!?」
「おう。ちょっと頼みたいことがあってさ」
「レースの立ち会いならお断りですっ!」
「…お前、
想像通り図星だし。
それに、妃道さんが肩を竦めた。
「あたしは一応止めろって言ったんだぜ?でも、このバカがさ」
「あー!妃道てめー、一人だけいい子ぶる気か!?」
「アホか!レースの立ち会い頼むのに、夜の民家を襲う方がおかしいってんだよ!」
「『巡が立ち会うなら、勝負を受けてやる』ってお前が言うからだろうが!」
すると、妃道さんの顔が真っ赤になった。
「ち、違う!そんなこと言ってねぇ!」
「言ーいーまーしーたー!『
目をキラキラさせるわざとらしい間車さんの演技に、妃道さんのこめかみから「ぶちっ!」という音がした。
「フカシこいてんじゃねーぞ、てめー!あたしの【
妃道さんの背後に、燃え盛る炎が浮かぶ。
バイクに乗ってもいないのに、凄まじい業火だ。
「ケッ!上等だ、ゴルァ!【
対する間車さんも、ポケットに手を突っ込みながら、ヤンキー顔負けのガンつけを始める。
「んじゃあ、ゴルァ!!あぁン!?」
「っダボがァ!!っくらすぞ、アァ!?」
僕の自宅の居間が、レディース同士の抗争の場になりつつあるその時。
両者の頭を「わしっ!」と掴んだ者がいた。
「何をしている、二人共」
まさに地獄から聞こえて来たような低い声に、冷や水を浴びたように二人が固まる。
見れば、文字通り角を生やした黒塚主任がそこにいた。
ひえええええ!
あれはまごう事なき「鬼婆モード」!
「あ、あああああああ
歯も噛み合わんばかりに震える間車さんがそう言うと、金色の目をした鬼女は、薄く笑った。
「十乃の家と私のマンションは割と近くてな。よおく聞こえたぞ?近所迷惑なお前達のバイクのエンジン音がな…!」
凄絶な主任の笑みに、さすがの妃道さんも盛大にキョドる。
「そ、そそそそりゃあ、悪かったね!じゃあ、とっとと引き上げるか、間車!?」
「あ、ああ、そうだな!そうしよう!そうしようったらそうしよう!」
壊れた絡繰り人形のように転進する二人の肩を、主任の手がムンズと掴む。
「もう一つ」
ミリミリと音を立てる二人の肩。
その肩越しに、ギギギ…と振り向く二人。
そこで、二人の顔は文字通り恐怖にひきつった。
一体、そこに何を見たのか。
後日、二人は震えたまま黙するだけだったので、今も分からない。
或いは、分からない方がいいのかも知れない。
僕からは見えなかったが、とにかく主任の声はこれまでになく低かったと記憶している。
「先程『レース』とかいう単語も聞こえてきたのだが…聞き間違えということでいいか、間車?」
間車さん達のレース勝負が引き起こす有象無象のトラブルと、その尻拭いに奔走する羽目になる黒塚主任。
そこにどんな構図が生まれるかは、語るまでもない。
主任の問い掛けに、二人はロックバンドのライブに参加したファンのように、激しく頭を前後に振って頷いた。
「…よし、ならば、手伝え」
「へ?」
「手伝うって…何を?」
二人がそう言った瞬間、
ズドォン!
不意に庭先でそんな轟音がする。
「な、何だ、今の音!?」
慌てて軒先に出ると、そこには巨大なモミの木がそびえ立っていた。
「ふう…この辺でいいかな?黒塚姉ちゃん」
額を拭いながらそう言ったのは、
どうやら、この巨木を抱えてやって来たらしい。
「ご苦労様です、釘宮氏。そこで十分でしょう」
ニッコリ笑い、労をねぎらう黒塚主任に、僕は呆気にとられたまま、尋ねた。
「しゅ、主任…この木は一体!?」
「これか?これは
「
力也さん(
た、確かに、力也さんが管理する山なら、こんな立派なモミの木も生えているだろうが…
「理由は知らんが、何でも、お前へのプレゼントとのことらしい。立派な木だ。有り難く頂戴しておけ」
「そうだぜ。こんな立派なツリーは、町内でもねぇぞ」
そんな空からの声に、僕は夜空を見上げた。
そこには、サンタクロースの帽子と赤いジャケットを着た
「飛叢さん!?その恰好は…?」
「へへ、即席だけどサンタクロースに見えるだろ?トナカイはいねぇがな」
そう言いながら、飛叢さんは着地すると、袋の口を開いた。
中にはきらびやかなイルミネーションとクリスマスオーナメントがごっそり入っている。
「こ、これは…?」
「うちの会社で余ったツリーの飾りですわ」
そう言いながら、モミの木の影から
「鉤野さんまで!?」
「メリークリスマスですわ、十乃さん」
パーティー帰りなのか、今夜の彼女は、珍しく青いイブニングドレスに身を包んでいる。
長い髪もきれいにアップし、いつもより輝いて見えた。
僕は困惑しつつ言った。
「そろそろ教えてください、これはいったいどういうことなんです?」
「難しい話ではないでござるよ」
そう言いながら、口を挟んできたのは、
「大きなモミの木に余ったツリーの飾り…せっかくその二つがそろったので、有志一同でクリスマスツリーを肴にパーティーをしよう…という運びになったのでござる」
全員が沈黙する中、僕は尋ねた。
「…教えてください、余さん。そこで一体何をしてるんですか?」
全員の視線の先で、美恋の部屋の窓から顔を覗かせていた余さんがフッと笑う。
「『乙女の秘密が香る花園の探索』…でござるかな」
ザァリッ!!バリバリ!!
シュルル…ギュウウウウウウウウッ!ピン!!
屋根の上に現れた
その途中で、不意に現れた
そのまま、モミの木の枝に引っ掛かったマフラーの一片を肩越しに掛けると、柏宮さんは「必殺仕○人」ばりにマフラーを一弾きした。
その振動が伝わると同時に、ビクンと痙攣してから動かなくなる余さん。
「まったく…女の子の部屋を漁るなんて、どこまでも破廉恥な奴ね」
「ホント『365日乙女の敵』よね」
憤慨し、腕を組む二人に、僕は引きつった笑いで言った。
「お、お二人もいらしたんですね」
「ハァイ♡十乃君。メリクリ~♪」
「ご無沙汰してます。いつぞやはお世話になりました」
ネコミミのままミニスカサンタコスチュームの三池さんが投げキッスをし、シックなスーツ姿の柏宮さんが丁寧にお辞儀する。
僕は気を取り直して、主任に尋ねた。
「だ、大体事情は分かりましたが…本当にここでパーティーをするんですか?料理も何もないですけど…」
「その心配は無用よ~」
「料理ならホラ、この通り♪」
独特のしゃべり方で登場したのは、赤いドレスにエプロン姿の
何やらいいにおいを漂わせながら、台車を押してやって来る。
その傍らには、巨大な肉の塊を担いだ
それだけでない。
「「役場女子職員軍団お手製クリスマスディナーフルコース、ただいま到着~!」」
「美味しい鹿肉もたくさん獲ってきた」
むふん、と胸を張る摩矢さんの横で、織原さんが早瀬さんに耳打ちする。
「ク、クリスマスに鹿肉ってアリなのかしら…?」
「な、何だか、サンタさんに怒られそうだね…」
おどおどしつつ、そう答える早瀬さん。
そんな二人に、雄二が言った。
「何でもいいじゃん!今日は特別な夜だし、パーッといこうぜ、パーッと!!」
そう言いながら、雄二は僕に片目をつぶって見せる。
唖然としていた僕は、苦笑した。
「よーし、じゃあ早速飾りつけを始めようぜ!上の方は俺と釘宮、鉤野、三池、鉄砲の姉ちゃんに任せとけ!」
そう言いながら、飛叢さんが宙に舞う。
「うん!任せてよ!僕、一回こんな大きなツリーを飾ってみたかったんだ!」
「構いませんけど、振り落とさないでくださいね」
陽気に笑う釘宮くんと、苦笑する鉤野さん。
「にゃふふふ、木登りなら大得意だよ!」
「右に同じ」
「むっ…じゃあ、競争する?」
「余裕」
火花を散らせる摩矢さんと三池さん。
「じゃあ、下の方は俺らがやるッス!腹も減ったし、とっとと片付けちまおうぜ、皆!」
雄二がそう言うと、間車さん、妃道さん、柏宮さん、早瀬さん、織原さんが頷く。
「よーし…おい、妃道!勝負はコレでつけるぜ!」
「チッ、仕方ねぇな。んじゃあ、より多くの飾りをつけた方が勝ちってことで…!」
「わ、私もマフラーを使えば何とか…」
「私達は、一番下かな…」
「だね。お料理が冷める前に終わらせちゃお!」
それに声援を送る二弐さん。
「みんな、ガンバ~!」
「早くしないと、全部私が食べちゃうわよ~?」
各々のやり方で協力、時に競争しながらツリーの飾りつけに入る一同。
それを見ながら突っ立っていた僕の横に、主任が並んだ。
「余氏が、ああは言ったがな。理由はもっと別にある」
「えっ?」
思わず、主任の横顔を見上げる僕。
「今夜、お前が一人で家にいると知ったら、どういうわけか、皆が申し合わせたようにパーティーの準備を始めたのだ」
「…」
僕は胸が一杯になった。
束の間の静かな夜。
だが、それもあっという間のジェットコースター。
あれよあれよと妖怪が集い、僕の家は宴会場に早変わりだ。
僕は飾りつけが進むツリーを見上げた。
こんな巨木を切り倒すのは、相当な労力だったろう。
たぶん、新人研修で起きたある事件に関してのお礼のつもりなのか。
(素敵なプレゼント、有り難うございます、力也さん)
そう胸のうちで、力也さんに感謝する。
「
そう言うと、主任は微笑した。
「そうだ、まだ言っていなかったな」
「?」
「メリークリスマス、十乃」
僕は少しはにかむと、笑いながら言った。
「メリークリスマス!」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
人と妖怪が、一緒に住むことが出来る世界…それは、きっと幻想郷だろう。
いくら科学が進歩したとはいえ、人は闇夜に恐怖し、妖怪や怪異はその闇夜に根源を持つ。
両者が理解し合い、お互いに納得できるような完全な形での人妖共存の実現は、とても困難だ。
だが、そこに辿り着けなくても、近付くことは出来る。
小さな一歩一歩だが、僕はそれをこの目で目の当たりにしてきた。
それを、今は信じたい。
いや…信じよう。
歩む先には、困難が山積みだ。
でも、僕には…同じ夢を追うこの仲間達がいる。
それは、どんな高価なものにも勝る、最高のプレゼントなのだから。
【短編】妖しい、僕のX'mas ~「妖しい、僕のまち」クリスマス閑話~ 詩月 七夜 @Nanaya-Shiduki
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