*七つめ。最後の不思議
「一番、嫌なやつ残したよね~」
「嫌なやつ?」
何も知らない
「最後の七不思議は絶対、怖いよ。厨房で自分の頭を料理してる男だもん」
「なんだって?」
それを聞いた耕平は、冗談じゃないとばかりに眉間のしわをこれでもかと深く刻んだ。幽霊を信じていなくたって、そんなものに遭遇したくはない。
「僕は帰らせてもら──」
「怖いから一緒にいてね」
健はくるりと
──食堂は学園の南西にある。
匠はガラス張りの扉を見つめて、コピーキーを取り出した。最後の謎であるせいなのか、謎の中身のせいなのか、一同は慎重に足を踏み入れる。
清潔に保たれている食堂は、自動販売機だけが存在を主張するように明るい光を放っていた。
耳をそばだてると、厨房の方から何やら音が聞こえてくる。カウンター越しに見えるゆらゆらと揺れる青白い光は、今までより強く明るく感じられた。
「この音って」
「料理をしているね」
中華鍋だろうか。よくテレビでお目にかかる中国料理店の、中華鍋を扱っているような慌ただしい金属音が響いている。
匠たちは姿勢を低く厨房に近づき、カウンターからそっと中をのぞき込んだ。
「──っ!?」
音の
「ふざけるな。こんなの、冗談じゃないぞ」
今までのようなギャグ的要素など、微塵も感じられない。
なのに、どうして周防は今までと同じ表情で見ていられるんだ。健ですら、強ばった顔をしているじゃないか。
耕平は体を震わせながらも意を決して再び厨房を覗く。
そこには、血まみれの白衣を着た男性と思われる、首の無い体が中華鍋で頭を炒めている姿だった。
もちろん、火は付いていない。
異様な光景に絶えきれず、耕平はまたへたり込む。あんなの、まともに見ていられない。さすがにこれは怖すぎる。
なんで、ここだけ鮮明に見えるんだ。一番、見たくない幽霊じゃないか。
「ふむ」
しばらく幽霊の様子を眺めていた匠は、顎に手を添え小さく唸る。解決策でも練っているのだろうか。
解決してもらわなければ困ると耕平は匠を見上げた。さすがにここだけは、ここだけはそのままにして欲しくはない。
「君たちは、ここから動いてはいけないよ」
少し思案したあと、健たちに言い残し立ち上がった。
「え?」
「何をするつもりだ」
そんなに堂々と立ち上がって厨房に入るんじゃない! 呪われたらどうするんだと耕平は手を伸ばすが、固まった体では匠を掴むことは敵わず、恐怖で声も出ない。
厨房の幽霊は、唐突に現れた匠に驚いたのか中華鍋の動きを止めた。そして、首入りの中華鍋を持ちながら音もなく滑るように匠に近寄る。
耕平は、あまりのことに小さく叫びを上げた。
匠と首なし幽霊は、言葉を交わすこともなく、しばらく互いに見つめ合う(匠と見合っているのは、もちろん中華鍋の中にある頭だ)。
鍋の中の頭は、三十代くらいの男の頭部だろうか。血の気の無い白い顔が無表情に匠を見つめている。
しかし、匠には恐怖など微塵もないのか、にこりと微笑んだ。
「君、手首の返しが甘いよ」
言われて幽霊は勢いよくホバリングしガスレンジの前で止まると中華鍋を振り始めた。
「大丈夫。出ておいで」
二人に手で促す。
「どういうこと?」
「もしかして、あいつ新人?」
耕平は考察した結論をぶつけてみた。手首の返しが甘いのは、明らかにプロじゃない。
「やっとチャーハンの担当になったのに、海で溺れたみたいだね」
匠の言葉に、二人はゆっくりと首なし幽霊に視線を送った。
「あ~。だから、下は海パンなんだね」
立ち上がってようやく気がついた。健と耕平はあれを見た匠が、よく笑わなかったなと変な感心をした。
「どっちかにしろよ!」
上半身は白衣、下半身はインナーという不気味な様相に別の恐怖をかき立てられたけれども、あれは下着ではなく海パンであったことに脱力する。
「この学園は、こんな奴らばっかりか!」
耕平は、怖がっていた自分が馬鹿らしくてがくりとうなだれた。
「おいちょっと待てよ。海で溺れたのになんで頭が離れているんだ」
「鍋に入れるものが見つからなくて、自分の頭を使ったんだろう」
「どいつもこいつも。まさか、こいつも学園とは関係ないとかじゃないだろうな」
「ん。違うといえば、違うかな」
「なにがどう違うの?」
聞き返した健に匠はしれっと、
「彼、食堂長の親戚らしい」
「はあ!?」
「働いていたのは中華料理店だけどね」
「こことはまったく関係ないじゃないか!」
こんなのばっかりか! 耕平は広い食堂で叫びを上げた。
そうして首なし幽霊は匠の指導で手首の返しをマスターし、満足したのか元気に成仏するのだった。
「つまらないね」
匠は口の中でつぶやいて、やや目を眇める。
もっと面白いと思っていたのに、こうもあっさりと逝ってしまうとは時間が余ってしまった。
仕方が無いと匠は健と耕平に向き直る。
「君たちは寮だったよね」
「うん」
「お前は家だったな」
「なので、二人で帰ってもらえないか。門は閉めてくれるだけでいいから」
そう言って、匠は健と耕平に軽く手を挙げて門に向かった。
「やっと終わった」
耕平は、匠の後ろ姿をしばらく見つめて隣の健に目を移す。
「結局、なんだったんだ?」
「人助け」
「誰を助けたんだよ」
「幽霊に怖がる人」
そう言われれば確かに人助けかもしれない。しかし、七不思議の実体を知れば怖がる人はいなかったんじゃないだろうか。
この時間を返せと言いたいくらいには馬鹿馬鹿しかった。けれどそれは、真実を知ったからであって、知らなかったら今も怖いままだったかもしれない。
いやまて、僕は幽霊なんか信じちゃいない。見たけど信じてはいないんだ。あれはきっと幻覚だ。今日のことは忘れよう。
耕平は頭を抱え、教室に置いてきた上着を取りに戻り、健と共に寮に帰っていった。
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