クエスト5-6 テコ入れ

 

 俺達が最初に行った修行は、身体を鍛えることに重点を置いたものであった。


 基礎を作る、といった感じであろうか。




 内容としては、最初のうちは田植えやら木こりやら薪割りやら安全な場所での野草の採取、草刈りなどといった農作業や雑務を、1週間経過してからはそれらを改良前のブレストアーマー程度の重さの鎧を着用して行う。




 元々修行なんてものは映える絵面なものではないが、この段階のものは殊更地味だと言えよう。

 なにせ普通に村人やってるだけだし。



「じいちゃーん、早く次移ろうぜー、飽きたー」




 タンデは3日目にしてご覧の有り様だ。

 前々から嫌いな事や興味の無い事は適当に放り出しそうな性格だなぁと思っていたが、ドンピシャだったようだ。



「だめだよタンデ、ちゃんと真面目にやらなきゃ」



 一方のズッカは真剣にこなしている。


 特に野草の採取においては、俺とタンデよりも判別がしっかり出来ている。

 当人よろしく、母からの英才教育らしい。

 一方で力仕事はやや不得手のようだ。





 俺はというと……




「はっ! ……あれ」

「力みすぎじゃな。もっとしなやかに動かすんじゃ」

「分かりました」



 ……目下苦戦中である。ちなみに今やっているのは薪割りだ。

 こう、スパっと中々綺麗に割れず、木が斧にしょっちゅう引っかかる。


 農作業をなめてかかっていたわけではないが、予想以上に重労働で中々きつい。村長が修行に選ぶのもよく分かる。



「はっ!」


 しなやかに!




 俺の振り下ろした斧は、薪をスパっと綺麗に割った。

 おお、これは中々気持ちがいい。



「そうそう、そういう感じじゃ。薪はまだまだあるぞい」

「分かりました」



 これまでの筋トレとは別のベクトルでしんどいが、ここで根を上げるほど堕ちてはいない。

 そもそも、こんなところでギブアップするようでは、皆を助けることなんか土台無理な話というものだ。


 単純な反復活動でしかなかったこれまでの特訓と比べれば、バリエーション豊かで割と楽しいかも。




 ……………………





 ………………




 2週間に渡る農作業や雑務による修行を終えると、次は基礎的な動作訓練と筋トレを行う。



「良いか。武器というのは、言うなれば拳の延長線上にあるものじゃ。それと、最後に頼れるのは、やはり己の拳じゃからのう」



 基礎的な訓練というのは、要するに格闘術の習得だ。

 パンチやキックといった格闘術の基礎的な動きを、2週間かけて叩き込まれる。


「そんな軽い拳ではいかん。身体全体の力を拳に集約するのじゃ」


 ……これも中々一筋縄ではいかない。

 見ているだけだと簡単そうに見えるが、実際はそう上手くはいかないことを、改めて身をもって思い知る。



 筋トレに関しては、足場の悪いところを走り込むこと以外は前までやってたものとほぼ同じなので割愛させていただく。





 ……………………






 ………………





 修行を始めて1ヶ月が経った。



 レベルの変動は無いが、1ヶ月前より身体が軽くなっている。

 とはいえ、修行前のレベル10の状態には遠く及ばない。



 まだまだ先は長そうだ。







 それはさておき、次の修行は武器の扱いの習熟。

 この修行ではラーバノさんの力も借りるらしく、俺達はラーバノさんの店にいる。



「使いこなしたい武器を選びな。俺としては主力となる武器と、それとは別にもう1種類習得しておくことをお勧めするぜ。あとこれは俺の経験則だが……何を使うにしても投擲は習得しておいた方がいざという時に役に立つな」

「素人にそれは詰め込みすぎじゃろうて」

「そんなもんですかい?」



 ラーバノさんは村長と話しながら、様々な訓練用の武器を並べる。





 俺が手に取ったのは片手剣と盾、それから弓。

 攻守のバランスが取れた剣と盾の組み合わせと、後衛からの攻撃を可能にする弓。

 トルカとフィンは明確に役割が決まっているので、フレキシブルに動いて調整できるようにする。

 ソロでの活動においてもこの方がやりやすいだろう。



 タンデは短剣2本に弓、ズッカは短剣とブーメランを選択した。



「では、改めて修行に移ろうかの」




 それから、村長とラーバノさんから武器の扱いをみっちりと教えられる。




 武器修行初日、俺たちの前に出されたのは木製のダミー。

 武器に合わせているのか、短剣がメインのタンデやズッカと剣がメインの俺で微妙にに形が違う。



「よし、こいつを斬ってみろ」


 それぞれ各々のやり方でダミーに斬りかかるが、かすり傷程度しか付かない。

 訓練用の武器であるとはいえ、熟練度が0に近い状態ではそうなるのも自明の理である。



「全然斬れないや……」

「最初はそんなものじゃ。じゃが、いずれはそれでこのダミーを真っ二つにできるようにしてもらうぞい」




 それぞれの武器の扱い方と戦い方を、俺は主にラーバノさんから、ズッカとタンデは村長から教わる。





 こちらはサンドラールでフィンから剣術を教わっていただけあって、格闘術の修行の時よりはスムーズにこなせている。



「お前さん、思ったより手慣れてるな。誰かから教わったか?」

「ええ、旅の仲間から教わりました」

「なるほど、道理で形はある程度出来ているわけだ。それは良いことだが、全体的に動きが遅いな。もっと素早く繰り出せるように意識してみな」

「分かりました」






 修行の間、3日おきにダミーを斬って経過を見た。



 最初のうちは碌にダメージを与えられなかったが、修行を続けるにつれて、どんどん与えるダメージが大きくなっていった。

 数値化するなら俺の場合1、2、5、7、10……と言った感じだろうか。




 素振りを繰り返し、組手式の練習も交え、並行して筋トレも継続し、特訓を積み重ねていく。




 感想としては、事前に修行した格闘術が思った以上に意味を成している。武器は拳の延長線上……という村長の言葉が、鍛錬を積むほどによく分かる。


 流石に全部一緒ではないが、身体運びや体重及び力の乗せ方、分散の仕方など、拳と剣で似たような箇所は結構ある。



 無論、剣だけでなく弓もきっちり練習している。

 こちらはやや苦戦気味だが、どうにもできないことはない。


 精霊剣を使う練習も開始したものの、こちらは流石に独学だ。

 試しにラーバノさんに持たせてみたらどちらもハンマーになった以上、こればかりは教わるのは無理そうだし。





 ズッカとタンデは、フィンのバスターブロウのような物理技の習得に入っている。


 魔力の無い俺にはそんなことはできないので、その分弓の習熟に力を入れた。





 武器修行は2ヶ月に渡って続き、その最終日に再びダミーを斬る。



「おらぁ!」

「はっ!」

「えいっ!」



 俺達が攻撃を加えたダミーは、見事真っ二つになった。

 ……いや、タンデは3等分だ。両手に持った短剣で2回攻撃したようだ。



「ガッハッハ! やるじゃねぇか!」

「ふむ、これなら次の段階に移れるのう」




 俺はふとダミーの切断面を確かめる。



 タンデやズッカと比較して、俺が斬ったダミーの切り口はやや荒い。


 いわゆる西洋剣……というより両刃剣というのは、日本刀のような片刃剣と比べて斬撃には向いていないと聞いたことがある。

 俺が使っていた両刃剣よりタンデやズッカが使っていた片刃の短剣の方が斬るのに向いているのかもしれないが、ちょっと悔しい。






 ……………………





 ………………






 修行を始めて3ヶ月目の朝。



 修行期間は折り返し地点に突入したが、未だにレベルは1のままだ。



「さて、昨日の夜も言ったが……今日からは実際の魔物を相手にする、実戦形式の修行も行なっていくぞい」


 空手道場もどきの部屋にいる俺達の前でそう話す村長の隣には、ジェインツさんがいる。

 館では薄暗くてよく分からなかったが、彼のローブは夜の闇の様な色をしており、赤い文字のような模様がびっしりと描かれている。身長は村長と同じくらいだった。

 そんな彼は、小脇には魔導書らしきものを抱え、杖を持っている。


「実戦か!」

「実戦か……」


 タンデとズッカは同じ言葉を呟くも、その反応は真逆だ。

 タンデは待ってましたと言わんばかりの表情だが、ズッカは緊張した面持ちで唾を飲み込む。

 俺は2人の中間くらい。




「実戦による修行とジェインツさんとは、どのような関係があるのですか?」

「ああ、それは彼の提案じゃ。本来は森でひたすら魔物を狩ってもらう予定じゃったが……」

「荷物を漁ってたら御誂え向きの魔導書が出てきたのでね、協力を申し出たのさ」


 ふとジェインツさんがその魔導書を試したいだけなんじゃないかという考えが出てきたが、何も言わないことにした。



「ちょいと準備がかかるから、装備の確認でもしとくれぃ」


 ジェインツさんはそう言うと、魔導書を開いて地面に置き、杖を持って詠唱を始める。



 その間に装備をチェックする。

 今日は実戦であることは事前に通知されているので既に準備は整えているが、チェックは入念に行った方がいい。


 自前の剣よし! レンタルの盾よし! 同じくレンタルの弓よし! 鞄よし! 薬草よし! 毒薬よし! 痺れ薬よし!


 よーし、準備OK!



「準備ができたぞ」


 ちょうどチェックが終わった段階で、ジェインツさんが声をかける。


 俺達の目の前に開かれた状態で置かれた本は、ページから白く眩い光を放っている。



 ……なんとなく、この世界に飛び込んだ時の事を思い出すのは何故だろうか。




「で、これどうすんだ?」

「その本に触れたまえ」



 俺達は言われた通りに本に触れる。




「うわっ!」

「うぉあー!? なんじゃこりゃぁぁぁ!?」

「ひ、光が……!」



 本に触れた瞬間、輝きがより一層増し、目の前を真っ白に染め上げる。


 やがて触れた手を掴んで引きずり込むように、俺達は本の中へと吸い込まれる。



「おわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「お、落ちてるー!?」

「説明くらいよこせよなぁぁぁぁぁぁ!!」




 目の前に広がるのは、真っ白な世界。



 トンネルのような空間を、俺達は真っ逆さまに落ちていく。








「へぶっ」

「あだっ」

「がっ……!」



 タンデ、ズッカ、俺の順番で地面に落ちる。


 高所からの落下の割にダメージはなかったが、ギャグ漫画のように全身を打ち付ける非常にダサい着地をしてしまった。

 本当にギャグ漫画なら人型の穴が空いてそうだ。





「ここは……?」

「な……何だぁ、こりゃ……?」



 起き上がり、顔を上げてみる。



「なっ……!?」




 目の前に広がっていたのは、ドット絵が立体化したかのようにカクカクした草原であった。




 これって……異世界転s……






 異世界転移だこれ!!


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