クエスト5-5 改めて、イチから

 



 ラーバノさんに自らの正体を明かした夜、ロプカ一家にも自らが勇者であることを話した。


「まさかシンヤちゃんが勇者様だなんてねぇ」

「出来れば、これまでと変わらず接していただけると嬉しいです」

「大丈夫さね! そんなコロコロ態度を変えるなんて真似できるほど器用じゃないよ!」


 クレーテさんは笑ってそう言う。

 ロプカ家の夫婦は本質的に似たもの同士なのかもしれない。何となくそう思った。



「君が勇者なら、俺達は勇者の恩人家族になったりするのかな?」

「……いつかまた旅に出るんでしょ。そしたらうちの武器、宣伝しといてよ」


 ザッカさんは陽気に笑いながら、ジッカさんは素っ気なく言った。



「いせかい? ゆうしゃ?」

「よくわかんないけど、すごいね!」


 ゼッカとゾッカはあまり理解していないようだ。



「すごいなぁ、僕と殆ど同じ年なのに、魔王を倒す勇者だなんて。強くなろうとしていたのも、そういうことだったんだね」



 そう言うズッカの口調は、どこか寂しげなものを感じた。

 俺やタンデと違って、ズッカは戦う力を持たないただの村人。隔たりを感じられても仕方の無いことなのかもしれない。

 しれないが……








 ……………………






 ………………




 翌日、俺は教会を訪れていた。


 その道中に勇者様とか言われて囃し立てられたり拝まれたりした辺り、もう話が広まっているらしい。

 伝達スピードが早すぎる。まあいいけど。





 教会の中は思ったよりこぢんまりとしており、少々暗い印象を受ける。

 長椅子のサイズもカルネリアで見たそれよりは短い。


「生きとし生けるものは皆神の子。その心に理ある限り、我々は貴方を導きましょう。今日はどのようなご用件ですかな?」


 出迎えたのは、昨日魔法でムウルの動きを封じていた神父だ。

「おはようございます」

「おはようございます。おや、貴方は昨日の……何やら噂が立っておりますが、あれは真実なのですか?」

「ええ、まあ……」



 神父にも事情を説明する。

 証拠となるギルドカードと勇者の剣も見せる。




「確かに、これはまごうことなき勇者の剣……噂は真実であったようですね。ですが、何やら悪しき力が絡みついているのを感じます。ほんの僅かですが、その力の残滓が貴方にも。これは一体……?」

「この剣には呪いがかかっているのです。魔王によってもたらされた、剣を使えば使用者の成長を阻害する呪いが。残滓に関しては、俺がこの剣を使ったからだと思います。一応手は打ちましたが……」

「なんと……」


 待てよ、教会の神父なら解呪もできるんじゃね?


 カルネリアで教会に立ち寄った時はトルカの事で頭が一杯だったが、RPG的に考えれば呪いを解く施設として教会があるじゃないか。




「ちなみに……呪いを解いたりすることはできます?」


 試しに聞いてみると、神父は難しい顔をする。


「普通の武器についた呪いであれば、お安い御用です。しかし、勇者の剣は神聖なる武器。その魔力を意に介さず厄災をもたらすほどの呪いに、一介の神の使いでしかない私に祓いきれるかどうか……」

「そうですか……」



 ……流石に魔王の呪いとあれば簡単にはいかないらしい。

 やはり大精霊くらいの力が無いと突破できないのだろう。ここは諦めるしか……



「しかし、救いを求める手を振り払うようでは神の使いの名折れ。手は尽くしましょう」



 神父はそう言うと、神父は金色の杖を手に取る。



「おお、偉大なる神々よ! わが主よ! かの者と、聖なる剣にかけられし、悪しき呪いを祓いたまえ!」



 神父がそう言って杖を天高く掲げると、俺と勇者の剣に柔らかな白い光がカーテンのように取り囲む。

 目の前は真っ白だが眩しくはなく、不思議と心地よい暖かさを感じる。

 心持ち身体も軽くなったような……?



 光が消え、視界が開けると、申し訳なさそうな神父の顔が目に飛び込む。

 やはり無理だったようだ。



「……申し訳ございません。私では貴方にかかった残滓を振り払うのが精一杯のようです」

「いえ、こちらこそ無理難題をふっかけてしまってすみません」



 っと、本来の目的はこれじゃなかったんだった。

 重い空気を変えるためにも、本題に入ろう。



「話は変わりますが、この大陸にいる大精霊について何か知っていますか?」

「大精霊ですと、ミザン島に火の大精霊がいると聞いたことがあります。この島から行くには遠いので、別の島を経由する必要があるでしょう」

「分かりました、ありがとうございます」

「いえいえ、お役に立てて何よりです」









 教会を出ると、村長の家へ向かう。



「おうシンヤ! お前勇者ってやつらしいな! それで今日も狩りやるか!?」


 勇者の事に関してそうもあっさり流したのは少なくともこの村じゃお前が初めてだ、タンデ。


「いや、今日は村長に用があって来たんだ」

「なーんだ、狩りじゃないのか。じいちゃん呼んでくるから、ちょいと待ってな」


 露骨にテンションを下げたタンデが一度家の中へ戻る。


 ドタドタした足音とタンデの声がこっちにまで聞こえてきた。



「入っていいぞ」

「お邪魔します……」



 村長の家はロプカ家とは違って、天井はこれまでの旅で見たり入ったりした建造物と殆ど同じ高さの木造の家だ。

 村長故か家具などが少しばかり豪華に見えるが、この村特有の開放感のある家の造りはここも同じだ。


 日の当たる縁側のような場所の一角では、ノコロが猫のように丸まって寝ている。



「おお、シンヤ君か。よく来たのう」



 村長はのほほんとした口調で歓迎する。

 どこにでもいる普通のお爺さん、といった雰囲気で、昨日ムウルを一瞬で倒した張本人とはとても思えない。


「村長、今日は貴方にお願いがあって来ました」

「ふむ……お願いとな?」

「俺に、戦いを教えてください。後で詳しく話しますが……俺は魔王を倒す使命を帯びて、別の世界からこの世界にやってきました。ですが、今の俺では力不足なのです」

「えっ?」



 素っ頓狂な声を出したのはタンデだ。



「そういえば、昨日ラーバノが言っておったのう」

「オレは聞いてないぞシンヤ!」

「後で話すから少し静かにしていてくれ」

「修行をつけるのは大いに結構。しかし、お前さんはその力で何を望む?」


 のほほんとしたものからキリッとしたものへと、村長の纏う雰囲気と目つきが変わる。


「散り散りになった仲間を探し出し、危機に陥っていれば助け出します」

「その後はどうする?」

「勇者の使命を果たすため、大精霊の力を借り、魔王を倒します」

「その先は?」

「元の世界に帰るか、それともこの世界に残るかは分かりません。ですが、穏やかに暮らそうと思います」


 村長はそれを聞くと、しばらく黙り込んだ。


「ふむ……良いじゃろう。弟子を取った事は無いが、尽力するぞい。では早速始めるとするかの。あっさり半月コースとじっくり半年コース、どちらにするかの?」

「じっくり半年コースでお願いします」

「了解じゃ。ではまず、ジェインツの館へ行って……えー、何ていう魔法じゃったかの……」

「レベル・リセットですか?」

「おお、それじゃ。それを受けてきてくれんかのう。まっさらな状態の方が、技術は浸透しやすいからの」

「分かりました。では、一度失礼します」

「戻ってきた時は勝手に入っていいぞい」





 村長の家を後にし、ジェインツの館へ。







「見えるものだけが全てではない……」

「すみません、ジェインツさん」

「なんだまた君か。今度は何だ?」


 ジェインツさんは俺の姿を見るや否や、フランクな態度になる。


「レベル・リセットをもう一度お願いしたいのです」

「また? まあ別にいいけど……ほいじゃ準備してちょ」



 前回と同じく魔法陣に立つ。



「ぺぺぺぺぺ ぺぺぺぺぺぺぺ ぺぺぺぺぺ ぺぺぺ……レベル・リスタート!!」




 前回もそうだが、何故この人の詠唱はこんな適当なんだろうか……




 それでもきっちり起動しているようで、前回と同じく未知の感覚が俺の身体を駆け巡る。



「終わったぞ」

「すみません、ありがとうございます」

「あんま厳選ばっかしてちゃダメよん?」

「は、はい」



 いや厳選したつもりは……というか何故オカマ口調……






 ギルドカードを更新してレベルが1に戻ったのを確認すると、再び村長の家へ向かう。




「ただいま戻りまし……あれ、ズッカ?」


 家の中には、先程はいなかったはずのズッカがいた。

 代わり……かどうかは知らないが、村長が席を外している。



「やあ、シンヤ。実は僕、村長に修行をつけてもらうことにしたんだ」

「ズッカもか?」

「うん。魔物が村を襲った時、何もできないのはとても歯痒かったし、辛かったんだ。そんな思いは、もうしたくないし、いつまでもこのままじゃだめだと思って、村長にお願いしたんだ」

「そうか……俺も修行を受けるんだ。そういうことなら、一緒に頑張ろう」

「うん」



 思えば、対等な立場で一緒に鍛錬する存在というのは今までいなかったな。



「オレも鍛え直そっかな……」



 俺とズッカの様子を見ていたタンデが、ぼそりとそう呟いた。



「おー、揃ったか。では、始めるとするかの」




 ……………………




 ………………




 やってきたのは、村長の家の裏手にある空手道場のような施設。


 この手の部屋には毛筆によって書かれた四字熟語を額縁に入れたものが飾られてそうなものだが、そういったものは無い。

 なんというか……殺風景だ。



 俺の両隣にはズッカとタンデが、前には村長がいる。



 ヒマなのか修行にタンデもついてきたのだが、成り行きでタンデも修行を行うことになり、こいつもレベル・リセットを受けてレベルを戻した。


 何でオレも、といった感じで反発してはいたが、その割にはまんざらでもなさそうだったのは一体……まあいいや、集中しよう。




「修行に入る前に……真の強者というのは、得てして3つの優れたものを持っている。1つは強靭な身体、1つは優れた技、1つは強き心だ。その3つを備えてこそ、真の強者といえよう」


 心・技・体……ってやつか。


「そして、強き者への道は1日にしてならず、その道のりの果てにはたかが半年ごときではたどり着けん。修行で得た先にあるものは終わりではなく、始まりじゃ。よいな?」

「はい」

「は、はい!」

「おう!」



 タイミングは合わなかった。




「ほっほっほ、元気があるのは良いことじゃ。では、早速やっていくとするかのう」





 そうして、俺の……いや、俺達の修行は幕を開けることとなった。






「おぉ、そうじゃ。泊まり込みで行ってもらうからのう」

「それは先に言ってくださいよ……」



 修行を始める前に、ズッカ共々ダッシュで家に戻る俺であった。

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