クエスト5-7 異世界修行

 


「ここは……?」

「な……何だぁ、こいつぁ……?」

「なっ……!?」





 おはようございます。シンヤです。


 異世界転生した先で異世界転移してしまいました。




 目の前に広がるのは、ドットを立体化したようなカクカクの世界。


 空のグラデーションの境目もカクカクしてるし、雲もカクカク。

 目の前の草原も、少し離れた場所にある森も、遠くに見える山や城のような何かも、目の前にある矢印の描かれた木製と思しき看板も、何もかもが約1立方ミリメートルを1ドットとした立体ピクセルアートのようだ。

 好きか嫌いかで言えば好きだけど、今は困惑の方が大きい。





「何だよこれ、全部カックカクじゃねぇか!」

「本当だ……変わってるね、ここ……」



 タンデは何やら草を抜いて土を掘ったり、石を蹴ったりしている。

 ズッカも、タンデが抜いて放置した草をじっと見たり、土を触ったりしている。

 試しに土を触ってみると……なんか……ぷにぷにしてる……



「えへん、えー、あー……聞こえるかね諸君」

「ま、魔術師のおっさん!?」

「ジェインツさん!? 一体どこに!?」



 どこからかラジオのような音質でジェインツさんの声が響く。


「私は今、君達のいる本の世界の外から語りかけている。その様子だと、無事入り込めたようだね」



 本の世界……というより、レトロゲームの中の世界といった方がしっくりくる。

 個人的に本の世界といったら、何もかもが紙製か、色合いが絵本的なイメージがある。何となくだけど。



「俺達はここで何をするんですか?」

「君達にはこれからある場所へ向かってもらい、そこに居る敵を倒してもらう。道に関しては適宜私が示そう。ぃよいしょぉーっ!」


 妙に力んだ声と共に、赤く点滅する光の玉がぱっと浮かび上がる。


 1つ出てきたと思うと、今度は等間隔で次々と同じものが俺達から離れた場所で出現していく。

 上から見ると点線のようになっているだろうそれは、行くべき道を示すかのようだ。



「今送った光を辿っていけば、その場所に着くだろう。ただし、魔物も出現する。魔物に襲われれば傷を受ける。死にそうになったら拾い上げるが、気をつけることだな」


 やはり魔物も出るのか。実戦訓練だから出ないと話にならないけれども。


「よっしゃ! 要するにこの赤いのを辿って、邪魔するやつは片っ端からぶっ飛ばせばいいんだろ!?」


 タンデが赤い光の玉を取ろうとしながら言う。

 光の玉はタンデの手をすり抜け、ただただ点滅しているだけだ。



「タンデ、その認識で構わんがその玉は取れんぞ。諦めたまえ」

「ちぇー、つまんねぇの」

「とりあえず、先に進もうぜ」




 赤い光の玉のある方に従って、道を進む。


 少し歩けば目が慣れて……こねぇ。なんだよこのレトロゲー空間。

 レトロゲーは好きだったので嬉しい気持ちもなくはないが、困惑の方が大きい。

 異世界転生した先で異世界転移ってどういうことなんだ。

 あの本は何なんだ。

 何でよりにもよってドットワールドなんだ。

 後でじっくり聞くとしよう。



「!」



 歩いて少しもしないうちに細い光の柱がいくつか出現したと思ったら、転送されたようにドット調の魔物が出る。

 どこぞのロボットが戦うアクションゲーで、主人公のロボットが転送されたエフェクトがそんな感じだっけか。


「なんだこの動くカクカクは!?」

「おそらく魔物だ! タンデ、ズッカ、行くぞ!」

「わ、分かったよ!」

「おう! 任せとけ!」



 俺は剣と盾を、タンデは短剣2本を、ズッカは短剣1本を手にし、各々構える。



 現れた魔物はワーテルにいたクローラーの半分の大きさの黄色の芋虫の魔物と、ギラついた牙を持つ通常の4倍の大きさのリンゴの魔物、ダッシュリザードの子供のような小さい緑色の恐竜っぽい魔物。

 名前は仮にキャタピラー、キラーアップル、キッズリザードとしよう。



 キラーアップルとキッズリザードは、こちらを確認するや否や一目散に襲ってくる。



「おらぁ!」


 大口を開けて飛び込んでくるキラーアップルに向けてタンデが短剣を差し込み、そのまま地面に叩きつける。


「大人しくしやがれ!」


 タンデはキラーアップルを地面に張り付けるようにして短剣を深々と差し込んで、喉にあたる部分に穴を開ける。


「なんだこれ!? おもしれー!」



 角度的にタンデしか見えないので何が面白いのか分からないが、キラーアップルへの攻撃に夢中になっているタンデに、キッズリザードが迫り来る。



「させるか!」



 咆哮をあげ、タンデに狙いを定めたキッズリザードの突進を、俺が盾で受け止め、弾き返す。

 結構重い衝撃が来るが、この程度ならいける!



「そらっ!」



 キッズリザードが怯んだところを、剣を振り下ろして叩き斬る。


 キッズリザード一瞬は赤く点滅する。


 そこもゲーム式かよ!


 ダメージの与え具合がきっちり目視できないから分かりづらいな、これ。




「ズッカ! 俺と一緒にキッズリザードの対処を頼む! タンデはキラーアップルの処理が終わったらキャタピラーの対処に回ってくれ!」



 ……あ、やべ。仮名称伝えてないのに指示出しちまった。


「わ、分かったよシンヤ! やぁっ!」


 ズッカはキッズリザードに攻撃を加える。

 分かってくれたのはいいが、戦闘経験が無いためか及び腰で、動きもぎこちない。


「キャタピラーってどれだよ!?」

「あの黄色い芋みてぇな虫だ!」

「任せろ!」



 タンデは案の定聞き返したが、改めて言い直すと快諾してくれた。


 キラーアップルはタンデ1人で十分だろうし、キャタピラーは動きが遅い。この中で一番厄介なのはそこそこ速く力も強めなキッズリザードだろう。



「うわっ何だこりゃ!?」

「タンデ! このっ!」

「たあっ!」



 タンデの素っ頓狂な声に気を取られつつも、何とかキッズリザードの攻撃を受け流し、攻撃を叩き込む。

 ズッカもそれに続く。



 キッズリザードは弱っているような様子を見せず、ズッカに体当たりを繰り出す。


「うわぁ!?」

「させるか!」



 かつてフィンがやっていたように、キッズリザードとズッカの間に割り込んで攻撃を受ける。


 うまく衝撃を逃さないと体力を持ってかれるな、これ……!

 ラーバノさんからその辺は教わり、練習もしたが、流石に実戦となると同じようにはいかない。



「シンヤ、大丈夫?」

「問題ない! そらっ!」



 盾で殴りつけ、剣を振り下ろし、ズッカが追撃する。



「これで……うわっ!?」



 連続攻撃を受け、ズッカのトドメの一撃を受けた直後、キッズリザードは小さく爆発して消えてしまった。

 そこもゲーム仕様かよ!




「おらぁぁぁ!!」



 声の方に振り向くと、左腕にキャタピラーの吐いた糸が絡みついたタンデが、吐いた糸を切っていないのを利用してキャタピラーをまるでモーニングスターのように振り回し、地面に叩きつけていた。


 キャタピラーはもさく爆発して消える。

 タンデの左腕に絡まっていた糸も消えた。




「ようし、これで片付いたな!」


 タンデはそう言って短剣をしまう。

 俺とズッカも構えを解き、武器をしまった。


「にしても、魔物が爆発して跡形も無く消えるとはな……」

「最初はびっくりしたけどよ、何か気持ちがいいな!」

「でも、剥ぎ取りは出来そうにないね」

「いい調子だ。そのまま魔物を蹴散らして、先に進みたまえ」


 話していると、ジェインツさんの声が聞こえてきた。

 ジェインツさんの言う通り、ガイドとなる光の玉の方向に従って俺達は歩き出す。




 ……………………




 ………………





 思いの外スムーズに草が揺れるドットの草原を歩き、本物そっくりだけどどこか荒いドットの川を越え、俺達は葉っぱにどこか歪さを感じるドットの森の中を歩く。



 様々な魔物との戦闘がそれこそ山のようにあったが、時折ピンチになりながらも片付けていく。

 時折回復アイテムのつもりか薬草や壺が出たりするが、取った瞬間に消えて傷が一瞬で塞がる。痛みのフィードバックも無い。


「何じゃこりゃぁぁぁぁぁ!?!?」


 と、効果が判明した時のタンデの叫びようがすごかったのを覚えている。





 今のところは何だかんだでうまくやれているが、問題もある。

 ズッカが戦闘慣れしていないことや、連携や武器の切り替えがスムーズにいかないこともあるが、それよりも……



「それにしても、本の中に入るとは、不思議な魔法もあるもんじゃのう。長生きはするもんじゃわい」

「本の中に入るというより、中に入れる本と言った方が正しいですね。ところで貴方が組み手の相手したりとかしないんですか?」

「1人ずつなら出来んこともないが、いっぺんには無理じゃ。わしゃ昔っから加減がまーーーったく出来んでのう、かつて今のこの子らよりずっと強かった冒険者だった弟や息子の修行にも付き合ったんじゃが……半身を動かせんようにしてもうた」

「うわーお」

「教会の僧侶に一応直してはもらったが、完治はせんかった。そっから2人とも縁切りみたいなもんじゃ。そっからいろいろ試してみたんじゃが、利き手でない左手とちょっと痛めとる左足だけで打ち込んでようやく加減っぽくなるくらいじゃからのう……」

「じゃあ何で受けたんですか」

「それでも、何か出来んかと思っての。直接戦わんでも何か出来るじゃろ」

「まあ、そうですね」

「それにしても、魔法とは便利じゃのう。こんな事も出来るとは」

「これは元々、冒険譚が記されたただの本でした。それに魔法使いがある魔法を試したところ、中に入れるようになったのです」

「ほぉー」

「面白がった魔法使いが改良して、自らが主人公となって冒険するように作り変えました。今のようにレベル上げの修行に使われるようになったのは、これが一度何処かの国の騎士団の手に渡ってからですね。訓練用に術式を書き換えたりしたようです」

「すみません! ジェインツさんも村長もちょっと静かにしてもらえますか!! 今戦闘中なんですけど!!」

「そうだぜじいちゃん! 邪魔すんなよ!!」


 そう、しょっちゅう喋るジェインツさんと村長の会話が筒抜けで、戦闘中に喋られるとすっごく気が散ってしまうのだ。

 何か重要なワードがポロっと出てきそうなのが、それをより加速させる。これは俺だけだが。



「ごめんち」

「いやーすまんすまん。つい暇での」

「話すのはいいけど戦闘中はやめろよじいちゃん!」

「わしが修行の邪魔をしちゃ話にならんの。これからは気をつけるぞい」

「頼みますよ……」



 幸い今戦っていたのはレッドビートルと名付けた、赤黒く乗用車のように巨大なヘラクレスオオカブトのような虫。ひっくり返して優勢だったので問題は無かったのだが、畳み掛けられていたらマジで死にかねない。



 レッドビートルにトドメを刺し、どうにかここは切り抜けた。





 ……………………






 ………………





 森の中を進みながら、戦闘中以外の時にジェインツさんが村長に話していたこの本世界の情報を頭の中で纏める。


 俺達が今いるこの本は元々ただの冒険譚……ここはいいや。


 どうやらこの本の世界の中にいる魔物を倒すと、外でやるのと同じようにレベルが上がるらしい。

 先に進めば進むほど強さも経験値量も上昇するが、死ぬとこの世界に一生取り残されてしまう。

 こちらとあちらとではお互いに会話ができ、使用者に限り外から本の世界に干渉ができる。全滅前に俺達を本から取り出す、といった芸当も可能だ。



 ちなみにこの本を起動すると、起動させた者は常に魔力を消費し続け、切れると強制的に追い出される。ドットとかダメージ表現とかアイテムドロップとか、色々とレトロゲーム調なのは細部の描写を省いて消費魔力を減らすためだそうだ。

 この本がゲーム、俺達中に入った人間がプレイヤーなら、起動者はバッテリーの役割を果たす、といったところか。



 魔物に関しては概ね本の外の世界にいるものと同等。絶滅種がいたり、新種がいなかったりと、多少の相違はあるようだ。

 それから、こっちの魔物にはスタミナや疲労という概念がなく、たとえあと一撃まで追い詰めても動きが鈍ったりはしない。加えて外傷も出ないので、どのくらいダメージが蓄積したかを把握する方法が無い。


 この仕様のせいであとどのくらいで倒せるかの判別がつかないのが厄介だ。

 雑魚相手ならともかく、格上やボスクラスとの戦闘になればかなり厳しいだろう。





 そうこうしているうちに森を抜け、町らしきものが見えてくる。ガイドも町の方に続いている。

 やはり建物もドット調であった。



「あれは……町?」

「美味い食い物とか置いてそうだな! 急ごうぜ!」

「あっ、待ってよタンデ!」


 あの分だと恐らく味わう前に消えると思うがな……




 走るタンデをズッカと共に追いかけると、急にタンデが立ち止まる。


 前を見ると、妙に刺々しい兜を被ったドット調の騎士……騎士? が、道を塞ぐようにして立っている。


 スピード重視であろう軽装の鎧を身につけ、その鎧も刺々しいデザインをしている。腰の両側にはこれまた刺々しいデザインのレイピアを差しており、その下には矢筒のようなものが取り付けられている。軽装に対してやや不釣り合いな厳つい兜はフルフェイス仕様で、表情を伺い知ることはできない。





「ーーーーーーーーー」



 何かを喋っているようだが、レトロゲームよろしく効果音で喋る。敢えて言葉にするならザザザ、だろうか。

 この手のものは上か下に台詞が顔グラか名前と共にテロップで表示されているものだが、それが無いので何を言っているか分からない。

 ズッカもタンデも困惑して顔を見合わせている。


「シンヤ、あの人が何喋ってるか分かる?」

「いや、さっぱり……」

「ーーーーーーーーーー」



 取り敢えず棘騎士を仮名称としよう。そいつはレイピアを抜き、構えた。



 二刀流ということはなく、腰を落とし、低く構えてレイピアの剣先をこちらに向ける。


 晴れやかな青空の中、俺達の周囲にピリっとした、緊張感のある空気が流れる。




「ーーーーーーーーーー!!」


 通りたければ俺を倒してみろ、ということだろうか。



「タダで通す気は無いってことか……!」

「何だか知らねぇけど、やるってんなら相手になるぜ!」



 俺達も武器を抜いて構える。



「うらぁぁぁぁ!!」

「せやぁっ!」






 先陣を切って突撃したタンデの攻撃を最小限の動きでかわし、合間を縫うようにして反撃を行う。



「くそっ!」

「そらっ!」



 攻撃の手が止まったタンデが下がり、間髪入れずに繰り出した俺の攻撃も、同様にかわされて反撃される。




 金色に鈍く輝くレイピアの剣先は、盾による防御も身体を捻った回避も追いつかない、絶対に当たるタイミングで俺やタンデの身体を突き刺してくる。


 一撃が軽いのが唯一の救いか。




 とにかく攻撃も回避も無駄がない。こちらが武器をふりかざせば、着地点を読まれて回避され、すかさず反撃を叩き込まれる。



 駄目だ、攻撃すればするほどダメージが……!





「え、えっと……せいっ!」



 後方からズッカが投げたブーメランを、棘騎士が弾き上げる。



「今だ! 左右から仕掛けるぞ!」

「おう!」




 攻撃を弾いて一瞬無防備になったその瞬間を狙い、俺は棘騎士の左から、タンデは右から同時攻撃を仕掛ける。



 棘騎士はもう片方のレイピアを抜いて応戦するが、俺たち2人を抑え込むパワーは無い。


 2人がかりとなれば回避も間に合わず、攻撃が通るようになっていく。


 手数優先でガンガン剣を振り、ダメージを与えていく。

 なるべくタンデに合わせて攻撃を行うが、二刀流であることを差し引いても一撃が速い。これは種族差か? それとも技術?



「ズッカ!!」

「やぁぁぁぁぁぁ!!」



 タンデがズッカの名を呼び、ズッカは短剣を両手に構えて突撃する。





 それに反応した棘騎士はタンデの攻撃を跳ね上げ、ズッカに向けて右手に持ったレイピアの刃を射出する。


 そんなのあるのか!?





「うわっ!?」



 射出した刃は命中こそしなかったが、ズッカの足を止めるには十分だった。


 棘騎士は俺の攻撃をいなしつつ、矢筒のようなものに右手に持ったグリップだけのレイピアを収める。

 カチリという音がした直後、引き抜かれたレイピアには再び刃が付いていた。


 あの矢筒のようなものに入っているのは刀身のスペアってことか……!



 だが、こちらは3人、相手は1人。



 改めてズッカも攻撃に加わり、数の利を生かした攻撃の応酬は防ぎきれず、棘騎士を何度も赤く点滅させ、ダメージを与えていく。


 なるほど、集団のゴブリンが恐ろしいわけだ。どんどん攻撃が入る。


 相手に疲労という概念が無い以上持久戦に持ち込まれると不利だ、一気に畳み掛ける!




「ーーーーーーー!!」



 更なる攻撃を仕掛けようとした時、棘騎士が何かを言いながらレイピアを天に掲げた。


 直後、暗雲が立ち込め、棘騎士に雷が落ちる。






 ピスのフラッシュにも似た強烈な光と、耳をつんざく無駄にチップチューンじみた破裂音に、思わず耳を塞いで顔を背ける。




「ーーーーーーーーーー!!」



 それらが収まり、棘騎士の方を見ると、奴は帯電したレイピアを片手に高笑いのようなモーションを行い、構え直す。

 もう片方のレイピアは鞘の中だ。



 さっきまでの青空は暗雲に包まれ、棘騎士の纏う雰囲気が変わる。





 それはまるで、ここまではほんのお遊びだと言っているようだった。


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