クエスト3-11 破壊者と追跡者

 



 ディアマンテ遺跡、1F。




 つい最近立ち入ったばかりのその遺跡は、すっかり様変わりしていた。




 無機質ながらもきっちり積み上げられたレンガの壁は破壊され、強引に道が作られている。

 瓦礫が散乱したその様子は、まるで台風が過ぎ去った後のようだ。



「これは……」

「ぐちゃぐちゃ……」

「知性を感じないやり方ですね……」



 知性の無いやり方のおかげで追跡が楽なのは幸か不幸か……



 前回と同じように各自明かりを持ち、追跡を開始する。

 ピスは妖精態に戻り、先頭へ出てサーチライトとバイタルサーチで周辺の様子を調べる。



「魔物の気配はあまりしないデスね……」

「足元に気をつけた方がいいな。油断すると転んでしまいそうだ」



 強引に作られた道を辿っていくと、地下への階段を見つける。


 前回より圧倒的に早く感じるのは、曲がりくねった道を進まなかった故だろうか。





 B1Fも同じように荒らされており、悪路が続く。

 見た感じだと2Fとは少々違うが、迷路のように入り組んだ構造のようだ。

 しかし、荒らされた道を辿る方が早そうなのが何、かこう……ズルしてる気分というか……

 今はそんな事言ってる場合じゃないのは分かってるけど。



「皆様! 近くに魔物の反応がありますデス!」



 先の見えない暗闇の中を足元に気を付けながら歩く中、ピスが警告する。



「分かった」



 武器を構え、慎重に足を運ぶ。



 耳に意識を集中すると、ガサガサと音が聞こえる。


 やたらと歩幅の小さい重装歩兵。

 あるいは、鎧を纏った虫。




 鎧のような重々しさと虫が這い回るような生理的嫌悪感が入り混じったその音は、徐々にこちらへ近づいてくる。



「ピス。ボックスを頼む」

「がってんデス! 歪みし時空に隠れし亜空の箱の扉よ、今こそ開け! ボックス!」



 ピスからメイスを取り出し、ショートソードから持ち替える。



 あの足音は少なくとも、スケルトンやミイラ、ストーングリフのそれではない。

 そもそもストーングリフは浮遊してるし。

 音からして体表は確実に硬いはず。であればメイスの出番だ。



「あ、あれデス!」



 戻ったピスのサーチライトに照らされて、1体の魔物の姿が現れる。


 鎧のような身体にグリーブのような8本の足。

 頭部は兜のように隆起し、長い鋏角は左右で違った発達を遂げており、右は剣のように長く、左は盾のように広い鋏となっている。

 尻尾には鋭く尖った針を持ち、先端からは毒と思しき液体が滴る。



 一言で言うなら、鎧を纏った大型犬2匹分くらいのサイズの巨大な蠍。






「偉大なる力の神よ、か弱き我らをお守りください! プロテクション!」







 フィンがプロテクションを即座に展開する中、鎧の蠍はじりじりと距離を詰める。





「ナイトスコーピオン……ご覧の通り、鎧のように発達した身体と剣と盾のように発達した鋏を持つ蠍の魔物です。弱点は衝撃です。生命力が高くしぶといのでお気をつけください」

「分かった。トルカの魔法で一気にケリをつけよう。時間は俺が稼ぐ。フィン、いざという時はカバーを頼む」

「うん」「は、はい」

「ボクはどうしますデス?」

「フラッシュのスタンバイだ!」

「がってんデス!」







 トルカを詠唱に集中させるため、注意を引きつける。






「そら、こっちだ!」






 挨拶がわりにスリングショットの一撃をお見舞いするも、ノーダメージ故か全く意に介さない。






「だったら!」




 ナイトスコーピオンの右腕めがけてメイスを振るう。


 柔軟性を意識!!





 奴はすぐさま方向転換し、盾のような左の鋏角で防ぐ。



 飛び散る火花に伝わる衝撃。



 鈍器による衝撃が弱点といえども、防御力の高い場所では流石に効果が薄い。





 俺の攻撃は、奴の盾のような鋏角に僅かな凹みをつけただけであった。




「はっ!」



 続け様にフィンが放ったハンドアックスの一撃を、ナイトスコーピオンは剣のような鋏角で挟み込んで受ける。





「!? こ、このっ……! そうだ、こんな時は……はぁっ!」





 フィンは斧を引き抜こうとしてハッとした表情を見せ、引き抜くのではなく、逆に盾の縁を使って押し込む。






 飛んできた尻尾の攻撃を盾で弾き、耐えきれなくなって開いた鋏から斧をを押し当てるようにして外す。





「そらっ!」





 その瞬間を狙って足の関節にメイスを振り下ろす。


 いくら防御力は高いといえど流石に関節部は柔らかく、少し怯ませることに成功する。



 続け様にその足の側面に攻撃を当ててよろめかせる。





「シンヤさん、お下がりください!」




 ポールアックスに持ち替えたフィンの声を聴き、後ろに下がる。





「はあっ!」




 フィンが両手で振り下ろしたポールアックスはナイトスコーピオンの背中に直撃し、その頑丈な外殻を叩き斬る。





「トルカ、今だ! フィン、巻き込まれないように下がれ」

「は、はい!」

「荒ぶる怒りよ、爆塵となりて全てを破壊せよ! メガファイア!」





 トルカの後ろへと後退した直後、激しい爆発が巻き起こり、砂埃が襲い来る。




「どうだ!?」

「生命反応、健在デス!」

「フィンとトルカの攻撃を食らってまだ倒れないのか……!?」





 砂煙が晴れると、ナイトスコーピオンが現れる。




 流石に無事というわけではなく、鎧のような体表も盾のような鋏角も大きくへしゃげ、ボロボロになっている。


 破損した兜の部分からは、黒い体皮と赤い目が見える。








「フィン、ピスがフラッシュと共に一気に片付けよう」

「分かりました」

「ピス! 1発眩しいのをぶちかましてやれ!」

「がってんデス! 光よ、我らを隠す外套となれ! フラッシュ!」





 ピスが閃光を放ち、ナイトスコーピオンが怯んでいる隙に2人がかりで一気にカタをつける。





 俺が剣で鎧の隙間から鋏角を刺し落とし、フィンが破損した背中の外殻ごとポールアックスで叩き斬ってトドメを刺す。






 死体処理を済ませ、さらに先へ進む。


 獲得した素材は毒液と鋏角の一部。

 右の鋏角は剣に、左の鋏角は盾にできそうだ。


 ……ってこれじゃそのまんまだな。まあいいか。








「しっかしさっきの魔物、かなりしぶとかったな。今までなら大体の魔物はトルカの魔法で1発なのに」

「ナイトスコーピオンは中型の魔物に分類されますが、その耐久力は大型の魔物にも引けを取りません。酒場でも要注意の魔物として張り紙が出されていました。戦わずして逃げるべし、と」

「そうか……俺、迂闊な事しちまったのかな……すまん」

「……硬かった。でも、倒した。多分、大丈夫」

「そうデスよ、倒せたから万事オーケーデス!」

「お2人の言う通りです。それに、止めなかった私にも責任はあります。シンヤさんが背追いこむ必要はありませんよ」

「何か……気を遣わせてしまったな。ありがとう」



 ……皆に迷惑かけっぱなだよな、俺……



 ……弱気になっても仕方ないか。 









 俺達は更に足を進める。




 ほどなくして、更に下の階層に降りる階段を見つけた。



「……」

「どうした、フィン?」

「いえ……あれだけ好き勝手に壊しておきながら、階段は律儀に降りているのが、なんだか妙だな、と……」

「言われてみれば、確かに……」




 ……………………





 ………………






 B2F。




 やはり滅茶苦茶に破壊されており、道が既に出来上がっている。



 1つ違うところを挙げるとするなら、遠くで何かを壊す音が聞こえること。

 つまり、件の魔物が現在進行形でこのフロアを攻略中である可能性が高いことだ。





「むむっ! 距離は遠いデスが、強い魔物の反応がありますデス!」

「そいつは今どこに?」

「フロアの中央に向かっていますデス。シンヤ様、どうしますデス?」

「追おう。もし奴が大精霊狙いなら、追いつかないとまずいかもしれない」

「がってんデス!」

「トルカ、フィン、意見はあるか?」

「無い……」

「私も、追うべきだと思います。幸いにも、ナイトスコーピオンとの戦いで既にプロテクションは張っていますし、事前準備も問題ありません。ですが、焦っても仕方がありません。周辺に魔物の反応もあります、普段より少し早く、くらいがいいかと……」

「それもそうか……分かった、それで行こう」



 周辺の警戒を怠らず、気持ち早め程度に追いかける。



 魔力がどうこうは俺には分からないが、殺気立った何かがあちこちにいるピリピリした雰囲気は俺にも伝わってくる。


 現地の魔物からしたら住居を荒らされてるようなものなので、無理もない。





 いつ魔物が襲ってきてもおかしくない状況の中、あくまで慎重に歩を進める。




「周りにいるはずなのに襲ってこないのも不気味だな……」

「魔物も混乱しているのかもしれません。自然災害に見舞われたようなものですから」



 そうか、住居荒らされたとなったら襲ってる場合じゃないか。


 このまま下に降りる事ができればいいんだがな……





「皆様! 魔物の群れが近づいてきますデス!」



 ごめんなさいフラグ回収してしまいました。







 壁の隙間、天井の隙間、瓦礫の隙間、床の隙間……




 ありとあらゆる隙間から、影のような黒いものが液体のように流れ出る。




「な、何だこれ!?」

「これは……シャドウです! 倒された魔物の魔力が集まって形を成した魔物……純然たる物理的攻撃は一切通りません! 気をつけてください!」

「わ、分かった!」



 まずいぞ、物理攻撃無効となれば俺は一切の迎撃手段を持たないことになる!


 ……いや、ファルコンソードがあるから一切無いというのは厳密には誤りだ。だがしょっぱい威力のこの武器ではどのみちまともなダメージは与えられない。






 墨汁のような黒い液体はあちこちから流れ出ると、様々な姿へと変化し、俺達を取り囲む。







 巨大な腕を持つ猿のような二足歩行の魔物、翼と角を携えた悪魔のような魔物、巨大な手の魔物。それらが各2体、合計6体。




 それらはすべて紙のようにペラペラだが、その意味不明さがかえって不気味だ。






 ストーングリフの時と同じように、俺とフィンがトルカを挟んで背中合わせになる。


 トルカはフィンの側を向いており、ピスは俺の側に控える。







「フィン、これ……燃える?」

「火属性の魔法は問題なく通ります。氷属性は少し相性が悪いかもしれません」

「……分かった」

「シンヤさんは無理せず身の安全を優先してください。シャドウの攻撃は魔法と同義です。魔法は体内の魔力によって軽減できますが、魔力の無いシンヤさんは一切軽減ができませんから」

「りょ、了解!」



 シャドウは一斉に襲いかかってくる。



「唸れ、双頭の炎よ……」




 物理攻撃が無効ならば、まともに攻撃できるのはトルカだけだ。


 トルカを守る……ん? 魔力が魔法防御を兼ねるならトルカはかなりダメージを軽減できるってことか?


 とにかく詠唱の邪魔はさせん!



「ツイン・ファイア!」



 トルカの放った2つの火炎弾は猿型シャドウの一体に命中し、燃やし尽くす。



 次の詠唱を行うトルカの背後を飛行型シャドウが狙ってくる!




「させるか!」





 反射的に剣を振るが、実体の無いシャドウに攻撃は通らず、すり抜ける。



「ちっ……!」



 くそっ、何も出来ないのはあまりにもどかしい……!



 せめて妨害だけでも、とベルトポーチを漁ってみると、未使用の聖水が見つかる。




「フィン、奴らに聖水は効くか?」

「分かりませんが、全く通用しないことは無いかと!」

「よし」



 聖水を手にした直後、手型のシャドウが変形して騎兵槍のように鋭くなり、俺のプロテクションを突き刺し、傘のように広がって一気に破壊する。




「なっ……!?」




 一瞬のうちに手の姿に戻ったシャドウは俺の右足を掴む。



「っ……!」



 強烈な力と焦げるような熱が襲い来る。





「この! どけっ!」




 ほとんど反射的に聖水の瓶を投げると、手型のシャドウは怯んで足を離す。

 手型のシャドウは沸騰したお湯のように沸き立つ。




「もう1発!」



 更に聖水の瓶を取り出してぶち撒けると、沸騰のような現象は加速してシャドウはどんどん小さくなっていき、やがて消滅した。




「1体倒すのに聖水2本か……!」




 残る聖水はあと3本。




 自力対処できるのは1体が限界だ。





 そしてすばしっこい飛行型シャドウに聖水を当てるのは恐らく不可能……




「偉大なる力の神よ、災厄から守りし盾を我らにお貸しください! ガードウォール!」



 襲い掛かる猿型シャドウに向かって聖水を投げようとした時、目の前に防護壁が張られる。



「大丈夫ですか!?」

「すまん、助かった!」


 2人の方を見ると、飛行型シャドウが飛び回ってトルカの魔法を回避している。


 このままでは無駄な消費が増える一方……




 ……そうだ!




「フィン、そっち側にガードウォールを張ってくれ」

「今の状態では中に入られてしまいますよ!?」

「……内側の攻撃はすり抜けるんだよな?」

「えっ? ええ……」

「ならばいける。策はある」

「わ、分かりました! 偉大なる力の神よ、災厄から守りし盾を我らにお貸しください! ガードウォール!」

「ファルコンソード!」



 フィンが俺とは逆方向にガードウォールを張ったのを確認すると、ファルコンソードを展開する。


 飛行型シャドウは運良くガードウォールの外側に出る。




 さて、ここからはグリフォン戦の応用だ。



「トルカ、一旦魔法を撃つのはやめて、撃つギリギリで待機していてくれ!」

「……分かった。唸れ、双頭の炎よ……」



 ファルコンソードを突きの態勢で構え、集中する。




「キャプチャー・ウィンドッ!!」



 引き込む突風を巻き起こし、飛行型シャドウを引き寄せ、壁に激突させる。




 ……そのつもりだったが、軽そうな見た目に反して思ったほど引き寄せは上手くいかず、せいぜい数秒動きを止める程度であった。



「ツイン・ファイア!」



 だが流石はトルカ。

 その数秒の隙を見逃さず、飛行型シャドウを見事撃墜してみせた。




「あとは、あっち……!」




 反対側にいる猿型シャドウを倒し、さっきと同じやり方で飛行型シャドウを倒し、その場の魔物は全て片付いた。




「倒せたか……っと!?」


 安堵した瞬間、右足が急な脱力感に見舞われ、バランスを崩す。



「シンヤさん!」


 フィンに抱えられる形で支えられ、地面に寝かされる。



「これは……シャドウの攻撃を受けたのですね?」

「あ、ああ……」


 見ると、シャドウに掴まれた右足は焼け焦げたかのように黒く変色し、痕が残っている。



「今治療しますね。慈悲深き命の女神よ、かの者に癒しをお恵みください……ヒール!」



 フィンの手から放たれる優しい光は、黒く変色した足を元に戻していく。

 ……この感覚は中々慣れそうにない。





「これで大丈夫です。小休止を挟んで、追いかけましょう」

「ああ」

「見張りはお任せくださいデス!」




 フィンの言う通り、小休憩を挟む。

 トルカは蜂蜜を摂取し、フィンは楽な姿勢を取る。

 俺も伸びをし、フィンの真似をした。






 休憩を終え、再び追跡を開始する。



 シャドウを倒したことで実力が知れたのか、魔物は襲いかかってこなくなった。





 ……………………





 ………………







 階段のある広間には癒しの泉らしきものがあったが、それは無情にも破壊されていた。


 こういうところだけ知恵回しやがって……




「これがある……ってことは、次が最下層か」

「そのようですね」

「よし、行こう」





 階段を降りた先にあったのは、瓦礫と化した巨大な扉。


「偉大なる力の神よ、か弱き我らをお守りください! プロテクション!」



 フィンがプロテクションを貼り直した後、扉を越えて中に入ると、そこは最上階と同じく広い空間があり、その奥には大きな祭壇らしきものがある。


 床はグリッド状にオレンジの光の線が走り、少し明るい。









「グフフフフ……ようやく来たか、我らが主アシュバルグ様に楯突くヒトガタ共は。遅過ぎてここもグチャグチャにしてしまうところだったぜ」




 祭壇の前にいたのは、風を纏った人型の魔物。


 フィンよりも大きい体躯、肥大化した筋肉による過剰な逆三角形の体型、巨大な腕。

 頭に生えた3本の角と肩に1本ずつ生えた角は風を纏う。



 鬼、あるいはオーガと表現できそうなその魔物は、こちらを見てニヤリと笑う。




「俺様は魔王アシュバルグ様のしもべにして四天王最強の力を持つ男、ワールヴェント様だ! 貴様らをズタズタにして、アシュバルグ様に献上してやる!」




 し、四天王……!



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