クエスト3-8 魔剣クロノス

 


 カチリ



「「「あっ」」」



 スイッチを踏んだような音がした直後、背後から地鳴りのような音が迫る。




「な、ななな何ですかかこの音!?」

「何か、来る……!」

「あ、あっちからデス!」


 サーチライトを使用中のピスが光源を音の方に向けると、巨大な岩石がこちらに転がってきているのが見えた。




「マジかよ……! ぴ、ピス! 先導頼む!!」

「ががががってんデス!」


 足の遅いトルカを担ぎ、フィンと共にピスを追いかける形で岩石から逃げる。


 幸いにも道に凹凸はないが、傾斜があって油断すると転びそうになる。



「シンヤ! フィン! もっと速く!」

「残念ながらこれが全力だ!」

「あああ慈悲深き命の女神様どうか私達をお守りくださいいいいいいいい!!」



 トルカは必死な声で急かし、フィンは半泣きになりながら走る。俺も必死で走る。

 こんなところで死にたかねぇぞ俺はあああ!!!!




「こっちデス!」



 ピスが先導した右側の脇道に、俺とフィンは飛び込むようにして逃げ込む。


 轟音を立てながら転がっていく巨大な岩が通り過ぎたのを確認すると、トルカを下ろして座り込む。



「ハァ……ハァ……死ぬかと思った……」

「私もです……」


 考えてみればこの手の遺跡は罠が付きものなのはよくある話じゃないか……

 ともあれ、魔物だけでなく罠にも気を配らないと先へは進めそうにないな……




 小休止の後、地図の書き込み作業を行う。

 一直線に進んだだけなので作業はすぐに終わり、また歩き始める。



 ランタン2つに松明1つ、そして巨大な懐中電灯のようなピスのサーチライト。


 サーチライトは確固として前方を照らしているが、ランタンと松明の火は時折ゆらりと揺れる。



 地図を見なければどこがどこだか分からない、時間も分からない。

 怖いといえば怖いが、どことなくその恐怖を楽しんでいる自分がいた。

 お化け屋敷とかホラゲーとかが好きな人ってこういう感覚だったりするのだろうか?







 コツリ、コツリと、足音だけが暗い迷宮にこだまする。

 罠に注視しているため、俺を含めて誰も話そうとしない。






 にしても、魔物がいるという割には全然遭遇しないな……?




 探索の最中、フィンが足を止める。


「これは……部屋でしょうか?」



 通路の右手、フィンが照らした場所には、確かに中学校の教室くらいの大きさの空間がある。

 扉は無いが、通路と呼ぶには奥行きが無く、部屋の入り口だけ仕切るように天井が低くなっている。そのまま扉を付けたら完全に部屋そのものだが……扉が無いのはなんでだ?


「ピス、魔物の反応は?」

「僅かながら反応がありますデス。入るのであればどうかお気をつけください」

「分かった、ありがとう。先に俺が入るから、危なくなったら援護を頼む」

「……分かった」「はい」


 サーチアイの前例を考えると、もしトラップの類だとしても俺では作動しないはずだ。




 ゆっくりと部屋の中に入り、周囲を調べる。


 四隅に石でできた棺桶が置かれている以外は、特に何も見つからない。

 床に注意を向けてみると、誰かが足を踏み入れた形跡は見当たらない。

 人が入った形跡は無いとみて良さそうだ。

 天井は……あれ、思ったより高いな。何も見えねぇ。



 棺桶に用心しろ、と言っていた事を考えると、魔物はあの棺桶に潜んでいると考えるのが自然だろう。



 隅々までくまなく探してみるものの、やはり何も無い。

 怪しいところも見当たらないし、ここはハズレか……?



「……シンヤ、どう?」

「あるのは棺桶だけだな。他は何も」

「じゃあ、次いこ」

「棺桶に用心しろ、ってニルスの相方も言ってたし、そうするかな……フィン?」


 部屋の外から中を覗くフィンを呼ぶ。


「え、あ、はい、何でしょう?」

「……気になるのか?」

「あっ、いえ……すみません。では、行きましょうか」



 気にしてるな……一応地図に印付けとくか。詰まったら棺桶も探してみよう。あんまり触りたくないけど。





 棺桶部屋を後にして、通路を更に進む。


 地図を見た感じだと、碁盤目のようにきっちり区切られた通路の外周を回っているような感じだ。


 途中で2箇所、先程と似たような部屋を見つけたが、片方は空箱が置かれた部屋、もう片方は既にもぬけの殻の棺桶の部屋だったのでスルー。あの分だと何もなさそうだし。



 進んだルートが凵の字に近づいてきた時、ふと異臭が漂ってくる。


「トルカ、フィン、何か変な匂いがしないか?」

「……うん。なにか……くさい」

「臭いは分かりませんデスが、この先に微弱な生体反応がありますデスよ」

「微弱な反応ですか。にしてもこの匂い、何だか鉄のような……まさか……!」



 フィンの表情が急変するのを見て、臭いの原因の目星が付いた。

 血だ、血の匂いだ!



「行こう、手遅れになるかもしれない! トルカ、ちょっと失礼!」

「ん」

「急ぎましょう、シンヤさん!」

「反応はこっちデス!」



 トルカを担ぎ上げ、大急ぎで匂いの元へ向かう。




「!!」

「これは……」



 俺達から見てTを反時計回りに90°傾けた交差点。

 そこには、3人の冒険者の無惨な死体が転がっていた。



 上半身を潰された戦士らしき男、逆に下半身を潰され、泣き別れ状態の女魔法使い、右半身がぺしゃんこになった軽装、恐らくシーフか弓使いの男。


 それは巨大なハンマーか何かで潰されたようで、骨は砕け、それが皮膚を貫いて露出して……これ以上は言うだけ悪趣味だ。



「酷い……」

「生体反応、消失しましたデス……」


 フィンは顔を背け、ピスは悲しげにそう呟く。



「シンヤ?」

「見なくていい、これは……」



 トルカをそっと下ろし、死体に背を向けさせる。



 かつての世界では葬式には何度か行ったことはあるが、ここまで凄惨な死体は見たことが無かった。


 恐怖だか生理的嫌悪だかよく分からないものが押し寄せてきて、猛烈に気分が悪くなる。心臓が早鐘を打つ。吐き気がする。

 た……耐えろ……!



「シンヤさん、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが……」


 心配してくれるフィンだが、彼女も辛そうな顔をしている。

 死体を見ても平気ってのは相当極まってるから、ある意味真っ当なのかもしれないが……


「な、何とか……これも祓いってやつをするのか?」

「は、はい」

「手伝えることはあるか?」

「無防備になるので、周囲を見張っていてくれませんか?」

「分かった」



 トルカとは反対の方向に立ち、神経を尖らせる。




 聞こえてくるのは、フィンが祓いを行う声と音。



「何か、来る……」

「えっ?」


 耳に意識を集中してみるが、何も聞こえない。



「ピス、何か反応はあるか?」

「遠くデスが、確かに反応はありますデスね。これは……ちょっとヤバいかもデス……」

「ま、マジか……」



 その時、僅かだが俺にも聞こえてきた。


 ズシン、ズシンと、人ではない巨大な何かが歩く音。


 その足音はどんどん近く、大きくなる。



「おいこれちょっとまずくないか!? フィン、祓いはあとどのくらいだ!?」

「今終わりまし……こ、これは……!?」

「分からない。俺達が来た方からだ、急いで逃げるぞ!」

「は、はい!」



 トルカを担ぎ上げ、走る。



 身体というやつは、重大な危機を前にすれば多少の不調は跳ね除けてくれるらしい。

 さっきのショックによる気持ち悪さは嘘のように消え去り、いつも通りの調子で走れる。

 俗に言う火事場の馬鹿力というやつは、こういう事を指すのだろうか。





 ズシン、ズシンという足音は更に迫り、こちらを睨みつける眼光と荒い鼻息、そして猛獣にも似た唸り声が聞こえてくる。



 俺と逆の方向を向くように担いだトルカが、ランタンでそれを照らす。



 一瞬振り返った時、揺れる炎に照らされて、巨大な追跡者の姿が露わになる。



 5mを超える巨大な体躯に、立派な角。

 自身の身体ほどもある巨大な戦鎚と重厚な鎧には返り血がべっとりとこびり付いており、先程の惨状を引き起こした存在であることは想像に難くない。





 戦鎚を振り回しながら執拗に追い回すそれは、牛の頭を持った巨人、ミノタウロス。

 獣人の女槍使いが言っていた牛頭の巨人は、おそらくこいつだ。



 奴は見た目に反して足が速く、徐々に距離を詰めてきている。

 何か策を編み出さなければ、時を待たずしてさっきの冒険者と同じ道を辿ることになる。





「シンヤさん、部屋を見つけ次第そこに飛び込みましょう! あの体躯なら入ってはこれない筈です!」

「分かった!」

「ここから後少ししたところに部屋の存在を確認しましたデス!」

「でかした!」



 とは言ったものの、ミノタウロスはすぐそこまで迫っているしすぐ後ろで戦鎚が唸る。

 派手にすっ転んでくれれば時間を稼げ……待てよ、あれをまたやってみるか!




「トルカ! 風穴の洞窟でやったみたいに地面を凍らせえるんだ!」

「! ……分かった。貫け、白き凍原の矢よ……!」





 意図を理解したトルカが詠唱を行い、俺の背中に冷気が漂う。


 風穴の洞窟でやったスケートリンク作戦だ。



「フロスト・アロー!」



 後ろを見る余裕は無いが、地面が凍りつく音は聞こえる。

 あとは奴が引っかかってくれるかどうか……!




「皆様! 部屋が見えてきましたデス!」




 ピスがそう言った直後、ミノタウロスの足音が止まり、一呼吸置いて倒れこむような轟音と埃混じりの突風が背後から吹き抜ける。




 どうやら成功したようだ。


「こっちデス!」



 通路の脇にあった部屋に急いで飛び込み、身を隠す。



 ミノタウロスは立ち上がって雄叫びを上げると、そのまま地響きを立てながら通路を直進していった。

 どうやら奴は俺達が直進して逃げたものと勘違いしたようだ。




「ふぅ……」

「た、助かった……」




 トルカを下ろし、フィン共々地面にへたり込む。





 その時だった。





 部屋の出入口の天井、そこから轟音とともに石の壁がシャッターのように降り、通路への道を塞ぐ。





「何っ!?」

「そ、そんな!?」

「閉じ込められてしまいましたデス!」



 石の壁に刻まれた文字らしきものが真っ赤に光り、それに呼応して周囲の壁が次々と板状に剥がれ、宙を浮遊する石板が俺達を取り囲む。

 石版には壁同じような文字が刻まれており、これまた壁と同じように発光している。



「ストーングリフの大群……!? ……なるほど、私達の行動は予測済みだった、ということですか……」

「……倒せば、いい」

「……ストーングリフに魔法は通りません。トルカちゃんは身の安全を最優先に動いてください」

「…………分かった。シンヤ、松明、持つ……」

「ああ、頼む」




 フィンがプロテクションを唱え、俺とフィンはトルカを挟んで背中合わせに構える。




 ストーングリフの数はおよそ20体。

 やれるか……? いや、やるんだ……!




「そらっ!」



 剣は肘から振る!!



 フィンの教えを意識した一太刀は、ストーングリフをバラバラにする。



 ストーングリフはさして硬くはなく、中心さえ捉えれば俺でも一撃で破壊できる。



「はっ!」



 ……フィンのように一薙ぎで複数を叩き割ったりはできないが。




 トルカから離れすぎないように注意しながら、手裏剣のように飛んでくるストーングリフを次々と叩き割る。



「そらっ! せりゃあっ!」

「ふっ! はっ!」




 叩き割る感触と小気味良い音は気が晴れるような爽快感があり、何だか癖になりそうだ。





 だが、奴らだってそう何度も割らせてはくれない。





 急激なカーブで回避したり、攻撃を当てにくい角度から急襲したりしてくる。

 一撃でプロテクションを破壊する威力は無いものの、あちこちにヒビを入れてくる。



「くそっ、ちょこまかと……うぉっ!?」



 かと思えば、今度遠距離から光線も放ってくる。そろそろプロテクションが壊れてもおかしくないレベルだ!

 野郎チキン戦法取りやがって……!



「シンヤさん! こっちはあらかた片付きました!」

「こっちは残り5体だ!」

「分かりました! 陣形を変えましょう!」

「陣形を?」

「はい、部屋の隅に陣取って迎え撃ちます!」


 奴らはフィンが大体片付けてるし、迎撃能力はフィンの方が高い。

 となれば当然俺の方に来る。

 端に陣取ればフォローがしやすくなる、ということか。



「分かった!」

「トルカちゃん、こちらへ!」

「うん」



 トルカを端へ下げ、俺とフィンでトルカを守る。



 ストーングリフはフィンは勿論トルカすら無視して俺を狙ってくる!



「やべっ!?」



 度重なる集中砲火で、とうとうプロテクションが破壊されてしまった。





「シンヤさん!」






 5体のストーングリフが一斉に光線をチャージし始める。


 ま、まずい……!




「プロテクション!」



 思わず顔を覆って防御するが、何も当たった感触が無い。


 目を開けてみると、目の前には大きくヒビの入ったプロテクションがあった。


 あれ、さっき割れたはずじゃ……?



「咄嗟に出したので耐久力は貧弱ですが……大丈夫ですか?」

「ああ、助かった。ありがとう。じゃ、一気に決めるぞ!」

「はい!」



 動きの鈍ったストーングリフをフィンと共に畳み掛ける。

 プロテクションはギリギリだ、グダグダやってられねぇ!


「そりゃあああ!!」

「はぁっ!」




 俺の剣とフィンのポールアックスが唸りを上げ、ストーングリフを叩き割る。




 俺が2体、フィンが3体のストーングリフを倒し、全てのストーングリフは物言わぬ瓦礫と化した。







「これで全部か……」


 扉の方を見てみると、文字の赤い光は消え去り、壁が音を立てて上に戻っていき、再び出入口が顔を出す。



「良かった、開きましたね……ひゃっ!?」




 直後、何かがドサリと落ちてくる。


 見ると、それは大きな宝箱。初の未開封モノだ。



「お宝か……?」

「生体反応は無いので、ミミックではないようデスよ」



 あ、やっぱりあるんだ、ミミック。




「開けよう、シンヤ」

「よーし、ちょっと待ってな」




 腰くらいまでの高さがある宝箱をゆっくりと開ける。 




 期待を込めて、いざご開帳!



「これは……」

「剣……?」




 取り出してみると、それは概算で1.4mほどもある剣。

 全体が黒い金属で出来ており、どことなく時計の針を彷彿とさせるデザインの両刃剣だ。

 一言で言うなら……厨二臭がする。

 重量はかなり重く、片手はおろか両手で持ってもキツい。




「それは……魔剣クロノス……!」

「魔剣……?」

「クロノス……?」



 フィンの口から出た名に、俺とトルカが首をかしげる。




「魔神を封じ込めた剣で、手にした者は敵対する者の時の流れを遅くすることができますが、人格を乗っ取られる……と聞きます」



 強大な力を得る代わりに人格を乗っ取られる……うーん、ますます厨二っぽいなこの剣。



「でも俺が持っても特に何ともないぞ?」

「その手の武器は魔力を糧にしたり、魔力を侵食して身体を乗っ取る性質があるみたいなのです」

「つまり、魔力を持たない俺ならデメリット無しで使えるってこと?」

「いえ、えっと……確かに、侵食はされませんが、力を行使することも、できない……かと……」



 フィンの言葉からどんどん自信が無くなっていく。



「つまり……ただの武器でしかない、と?」

「……はい……」



 フィンは気まずそうな顔で頷いた。



 はー、なんてこった。

 いるかこんなもん。後で売り飛ばすか。




「ピス、こいつを保管しておいてくれ。帰ったら売り払おう」

「がってんデス! 歪みし時空に隠れし亜空の箱の扉よ、今こそ開け! ボックス!」



 ピスに魔剣クロノスをしまい込むと、俺達は部屋を後にする。





 まったく、骨折り損のくたびれもうけって感じだぜ……







 ……………………






 ………………






 魔剣クロノスを入手し、さらに探索を続ける俺達。

 ミノタウロスに気を配り、ダンジョンを進んでいたが……






「……まだ……?」

「おかしいですね……」

「ピス、本当に無いのか?」

「はい、全く見つからないデス……」

「マジか……」




 3Fへの階段が、無い。

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