クエスト3-7 エンカウント

 


 ディアマンテ遺跡。



 かつて世界を股にかけた冒険者、アルサルの遺した秘宝が眠る場所。





 数多の冒険者がそうしたように、俺達もその遺跡へと足を踏み入れる。



 遺跡までの道中? 特に何もありませんでした。ファフニールもいなかったし。

 ほんと無駄に気をもんだっての。






 ディアマンテ遺跡の内部は入り組んでおり、天井までは5、6m、通路の道幅は9mほど。レンガのようなものを一面に敷き詰められた床や壁は平坦で歩きやすい。


 俺は松明を、トルカとフィンはランタンに火を灯し、探索を開始する。




 隊列はピスを先頭にし、トルカを真ん中にした横並び。

 ピスが先頭なのは、バイタルサーチとサーチライトで敵を探しつつ、地形をスキャンしてマップを作るためだ。

 まあ地図に書き起こすのは俺の役目なんだが。


 横並びなのは前後どちらから敵が来ても対処できるようにするためだ。



 入ってから最初に出迎えたのは分かれ道。

 T字に道が分かれている。



「どうします?」

「今のところ、どちらとも魔物の反応の数はあまり変わりませんデスね」

「うーん……」



 考えても仕方ないので、ここは直感に委ねる。



「右だ!」





 前方はフィンとピスが、後方は俺とトルカが特に気を配って歩いていく。

 ピスのバイタルサーチがあれば大体分かるのだが、念には念を、といったところだ。



 限られた光源、先の見えない闇。

 恐怖と緊張と興奮が、心臓の鼓動を速める。


 風穴の洞窟の失敗もあって怖いといえば怖いのだが、それだけで終わらないのは俺がかつてRPGゲーマーだったが故なのかもしれない。

 生ダンジョンとかワクワクしない?




 トルカは普段通りの調子だが、フィンは不安そうな表情でしきりに周囲を見渡している。


 フィンの実力なら怯えることもないと思うが、これは本人の心構えの問題だからなぁ……






 ……………………






 ………………







 進んでは書き込み、進んでは書き込み、分かれ道はとりあえず右を選び、行き止まりに当たったら戻り……それを繰り返し、昔懐かしのダンジョンゲーを想起し始めた辺りで、ある程度フロアの形が浮き彫りになる。



 ダンジョンなだけあって全体的に入り組んでおり、まるで迷路だ。

 道幅は一定で、広い場所にはまだ出ていない。

 魔物とは遭遇せず、たまにそれらしき残骸があるだけで、見つけた宝箱も全て空箱だった。


「ここも、空っぽ……」

「やっぱり1Fは全部やられてるようだな……」

「多くの冒険者が探索しているとなれば、こうなるのも致し方無し、ですね……」



 その時だった。




「うわああああああ!!」



 遠くで誰かの悲鳴がこだまする。



「行くぞ!」

「うん」「は、はい!」

「こっちデス!」





 ピスの先導を頼りに急いで声の方へ向かう。



 広間に辿り着くと、その奥に集まる武装した骸骨、スケルトンの群れがある。数は1、2、3……6体。

 スケルトンのいる辺りが妙に明るいのは、松明かランタンが落ちているからか?



「く、来るな! 来るな!!」



 少年と思われるその声の主の方へ、スケルトンは集まっている。

 放置すれば死ぬのは明白だ。


 俺とフィンが前衛、トルカを後衛に隊列を組み直し、指示を出す。



「トルカ、まずはファイアで1体狙え。フィンはいつも通りプロテクションだ。ピスはフラッシュの準備を」

「うん」

「はい!」

「がってんデス!」


 とにかく奴らの注意をこちら側へ逸らす。

 そうしないと助けるのは無理だ。



「唸れ炎よ! ファイア!」

 偉大なる力の神よ、か弱き我らをお守りください! プロテクション!」



 プロテクションが展開されると同時に火の弾が飛ぶ。


 1体のスケルトンの頭蓋が弾け飛び、残りのスケルトンの注意がこちらに向く。



「よし来た! ピス、頼む!」

「がってんデス! 光よ、我らを隠す外套となれ! フラッシュ!」






 ピスの画面部分から強烈な光が放たれ、視界を白に染め上げる。






「皆、今の内だ!」

「うん。貫け、白き凍原の矢よ! フロスト・アロー!」

「はい!」





 トルカが冷気のレーザーを放ち、次々とスケルトンを凍らせる。

 それを俺とフィンが砕いて倒す。





 スケルトンは生前のものと思われる技を駆使して襲いかかってくるが、事前動作がやたらもっさりしている上にフラッシュで視界を奪ったおかげで当たる方が難しいレベルだ。






 奴らの弱点は腰椎。背中の骨の、肋骨と腰辺りの骨の間くらいにある、上半身と下半身を一本の骨で繋いでる場所。




 そこを破壊すれば上半身と下半身を分断でき、ほぼ無力化したも同然となる。上半身はまだ動くが、胸を押さえて魔核を引き抜けば沈黙する。




 トルカが凍らせたスケルトンの腰椎を破壊し、肋骨の一部を踏み潰して魔核を奪う。




「これで終わりd……ってうわっ何だこれ!?」




 俺が魔核を引き抜いた瞬間、魔核はドロドロに溶け始めた。


 き、気色悪っ!?





 魔核を投げ捨て、別の凍ったスケルトンを斬る。






 俺が2体、フィンが4体仕留めて、スケルトンは全滅した。


 浮き出る実力差。



「これで全部か……」



 改めて広間を見渡すと、地面に転がった松明に照らされて、倒れた少女と膝をついた少年の冒険者を見つける。

 どちらも栗色の髪をした、トルカと同年齢くらいの2人。

 少し生意気そうな顔立ちの短髪の少年と、背中の中ほどまで伸びた、ふわっとした髪の少女。




「大丈夫ですか!?」

「おれはいい! シフォを……妹を助けてくれ!」


 少年は、駆け寄ったフィンに縋るように言った。



「分かりました。少し待っていてください。回復魔法には覚えがあります」

「本当か!?」

「おいあんた、妹が心配なのは分かるが自分の心配もしろ。薬草は?」

「……切らした」

「……」



 鞄から薬草を取り出し、しゃがんで少年に手渡す。

 ぶっちゃけカルネリアで調子こいて買いすぎたのでちょっとくらい渡しても……大丈夫だろ……



「……いいのか?」

「喋る暇があったら食うなり塗るなりしろ」

「わ、分かった」



 少年が薬草を使用したのを確認すると、少女を治療するフィンの様子を覗いてみる。

 フィンの気が散らないように、少し遠くから。



 フィンは少女に毒消しを飲ませ、少し様子を見る。

 少女の表情が少し和らいだのを確認すると、祈るようにして手を組む。



「慈悲深き命の女神よ、かの者に癒しをお恵みください……ヒール」



 フィンが静かに唱えると、手に緑色の光が集まる。


 先程まで休憩していたトルカも、回復魔法が気になったのかフィンの近くに座って眺める。





 慈愛と母性を感じさせる、優しい光。



 ゆっくりと手を解くと、掌に集まったその光を少女の傷口へと当てる。




 少女を苦しめた無残な刺し傷はあっという間に塞がっていき、さっきまで傷があったとは思えないほどに元通りに戻った。

 少女の顔も穏やかな寝顔へと変わっている。



「これで大丈夫です。あとは貴方……あれ? 傷が塞がってますね……?」

「ああ、こいつには俺が薬草を分けたんだ」

「そうでしたか、わざわざすみません……他にはぐれた仲間などはいませんか?」

「いや……おれ達だけだ」

「分かりました。妹さんはじきに目を覚ますでしょう。ここは危ないですから、目覚めたら早急に脱出してくださいね」

「……」


 腑に落ちない表情の少年の前に俺はしゃがみ、目線を合わせて話す。



「お前にも事情はあるかもしれんが、命あっての物種だ。何をするにしても死んだら終わりだ。違うか?」

「そ、それは……」

「そういうことだ。悪いことは言わない、薬草切らしてるんだからこれ以上の探索はやめとけ。ほら松明。帰り道は分かるのか?」

「それくらい分かるっての!」

「じゃあその言葉を信じるぜ」



 松明を手渡して立ち上がると、少女が目覚める。



「シフォ!」

「兄ちゃん?」

「この人達が助けてくれたんだ」

「あ、ありがとうございます! その、お礼は何もできませんが……」

「お礼なんていらねぇよ。同じ目に遭いたくなければさっさと帰りな」



 トルカは少女に歩み寄ると、髪や服の汚れをパッパと手で払い、彼女のものである杖を拾って渡す。



「……ん」

「あ、ありがとう……」

「うん……」


 トルカは少し照れ臭そうにそっぽを向いた。




「じゃあ、おれ達は行くよ。ありがとう。そうだ、あっちの方に2Fへの階段があった」

「本当か! それは助かった。気を付けて帰れよ」

「はい、皆さんもお気を付けて」



 2人を見送って探索を再開……の前に、スケルトンの処理を行う。


「アンデッドの魔物には、然るべき処理の方法があります。私に任せてもらえませんか?」

「分かった」


 フィンは1体のスケルトンの側に爪先立ちした正座のような格好になり、手を合わせる。



「慈悲深き命の女神よ、彷徨える魂に、どうか救いの手をお差し伸べください……」



 フィンがそう呟くと、スケルトンはぼんやりと光ったように見えた。



 スライムのような魔核は光の粒子となって大部分が消滅し、ビー玉ほどの大きさのものだけが残る。



「……すげぇ……」

「この手のアンデッドは凡そ、祓いを受けてない死体に、怨念を核にして魔力が結びついて魔核を形成して動いているんです。ですから、怨念を祓えば結びつきが崩れて動かなくなります」


 ということは、今のがその祓い、ってやつか。

 要は成仏させれば中核が無くなって物言わぬ死体に逆戻り、ってところだろう。


「なるほど……祓いがされてない時の魔核は何でベチャっとしていたんだ? 普通の魔核は大体すげぇ硬いけども」

「簡単に言えば、魔核として不完全なのです。壊れた器を強引にくっつけているような感じですね」

「へえ……」



 一度死んだものが動いてるってのはまあそういうことでもあるのか。



「にしても随分小さくなったもんだな……」



 ビー玉程度の大きさになった魔核を拾い上げ、まじまじと眺めてみる。

 あの時のようなスライム状ではなく、しっかりと硬い。


「アンデッドの魔核は大体が怨念ですからね……それが消えたとなれば、残るものは僅かです」

「なるほどね……」

「では、残りのスケルトンも処理いたしますので、しばしお待ちください」

「分かった」

「シンヤ、それ見せて」

「ん? ああ。はい」



 フィンが祓いを行い、トルカが魔核を眺める中、スケルトンの武器や防具に使えそうなものが無いか探してみる。

 が、どれもこれも錆びてボロボロで、使えそうなものは無かった。

 まあ白骨化されるまで放置された死体なら当然か……。

 そうだ、今のうちに地図書き込みやっておくか。



「ピス」

「はいデス!」

「マップを出してくれ、書き写す」

「がってんデス!」


 図で見ると結構な距離を走ったように感じるのは、普段の探索の足取りがやや遅めであるせいだろうか。





 祓いと地図書き込みを終えると、再び探索へと戻る。



 少年の指した方向は、曲がりくねっているが分岐点は無い道が続いていた。



「それにしても、あの子達は何故子供だけでこんなところにいたのでしょうか……」

「ふたりぼっち、だから?」



 トルカの放った言葉に、俺とフィンは凍りつく。

(おそらく)平和な環境に育った俺達にとってはあまり考えたくない事例だが、こんなところへ遊び目的で入るような感じの奴だったとも思えなかった。



「親が病気で治療代……いやこれも大概か……」

「冒険者である親にお弁当を届けに来た……とか……でしょうか?」

「フィンのは、違うと、思う……」





 ……………………






 ………………





 そんな感じで時折会話しながら進むうち、広い場所に出る。

 あの2人と出会った場所よりは狭い空間。

 その中心には上へ上るための階段が鎮座しており、その周囲には休憩中と思われるいくつかの冒険者パーティが見受けられる。



「よう、また会ったな」



 周囲を見回していると、誰かから声をかけられる。

 銀髪に紫の目……あっこいつマジックミサイル野郎じゃん。

 その隣には商隊護衛の時に姿を見かけた獣人……草原の民だっけ? の女槍使いもいる。

 彼女は仮眠をとっているようだ。



「お前は……」

「へんなひと」

「違うね、俺は人呼んでマジックミサイルの伝道師、ニルス・バンカード!」

「お前毎回その名乗りやってんの?」


 俺の言葉とトルカのウザそうにする視線を無視してマジックミサイル野郎……もといニルスは話を進める。



「2Fに上るなら気をつけろよ。ここらの魔物は冒険者達に狩り尽くされてるが、上は魔物が残っている。それに、3Fへのあだだだっ!?」


 隣で仮眠をとっていたと思しき兎耳の……草原の民だっけか、その女槍使いが唐突にニルスの頬をつねる。


「そう簡単に情報を喋らない! 情報も重要な交渉材料ってアタシに教えたのは貴方でしょ!」

「分かった! 分かったから離してくれキャロ! もげるから!」



 睨みつけたまま手を離すキャロと呼ばれた女槍使いと、少しは加減しろよ、とこぼしながら頰をさするニルス。

 教えたルールを教えた側が破ってどうすんだよ。



「アタシからはくれぐれも棺桶と牛頭の巨人には用心しなさい、とだけ言っておくわ。ああは言ったけど、顔見知りの死体をみるのは気分のいいものじゃないしね」

「分かった、ありがとう」

「マジックミサイルを覚えたくなったらこのマジックミサイルの伝道師「うるさい」

「で、では私達はこれで……」



 ニルスの言葉をトルカがぴしゃりと遮り、俺達は2Fへと上る。




 ……………………






 ………………







 2Fは道全体が少し広くなっており、纏う雰囲気も少し変わっていた。

 元の暗さは変わらないはずなのに、何故かこちらの方が暗い気がしてくる。

 あと心なしか1Fより埃っぽい。




「行くか……」

「はい」「うん」




 俺達は歩き出し、探索を始めた瞬間、




 カチリ




「「「えっ」」」





 スイッチらしきものを踏んでしまった。


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